feel as if…
Lunation~ feel as if… ~言わなくても良い…そう思っていた
◇◇◇◇
「ソウのやりたいことって何?」
朔良のストレートな質問に創は胸の痛みを感じた。
それを躊躇うことなく言えたのなら、苦労はない。
創は朔良の質問に曖昧に頷きながら、朔良のノートパソコンを触った。
朔良が新しく買ったのだ。
今日はパソコンの環境設定などを頼まれて、朔良の実家へ遊びに来た。
「今日はアヤ姉ちゃんはいないの?」
次々とウィンドウを開けながら創は作業を進める。
話も反らした。
「ん?お姉ちゃんはもともと旦那と二人で暮らしてるからいないよ?」
朔良の年の離れた姉が結婚していたのは知っていたが、創はてっきり一緒に住んでいるものだと思っていた。
だから創は戸惑いの声を出した。
「え……じゃあこの家…」
他界した父、病院にいる母親、結婚した姉。
創の言いたいことがわかったのか、朔良は笑って頷いた。
「二年前から此処は私一人が住んでるよ!まぁ、アヤ姉も時々帰ってくるし……お母さんが時々病院から帰って来るとき用に、此処は残してるんだ」
「そっか……そうだったんだ」
「でも……このマンションもそろそろ売るかもしれないかな?」
「……」
それは母親の容態が思わしくないということなのか。
手紙のやりとりをしていて、少しずつお互いの知らないことを教え合えているものだと思っていたのに、肝心なところを教えてもらえていなかったことを知った創は黙った。
朔良に悪気がないだけ、余計に創の心は曇った。
「いやーソウがいて助かった!」
沈黙になる前に、朔良がパソコンで作業する創にそう言った。
「そう言ってもサクちゃんもこれから仕事でパソコン使うんでしょ?こんなんでこれから大丈夫?」
「まぁ使うソフトだけでも理解してたらなんとかなるよ」
映像関係で、ちょっとしたCMや番組のテロップなどの仕事を決めた朔良はカラッと笑ったのに対して、創は少し心配となった。
「それはどうかな……はい、多分ネットもこれで繋がるよ」
「おぉー!サンキュ!!」
朔良はパソコンを覗くようにして、重心を創に寄せた。
近くなった距離に創は少しだけ動揺したが、それを悟られないように少し天を仰いだ。
朔良はネットが繋がったのを確認するために適当なホームページを開けた。
ちゃんと出来ていることがわかると、創に向かって笑った。
「ありがとう!!すっごく助かった!!」
「そ…そう。良かった」
「ソウはなんでパソコン使えるの?天文学部じゃなかったっけ?」
「……うん、天文学部。でもパソコン使うよ。」
「てか勉強も天文でサークルも天文とか!!ソウも中毒だね!!」
「やってる内容が違うからね」
「って、あれ?天文って理系?文系?」
首を傾げた朔良に創は笑いながら「理系」と答えた。
「理系だから、パソコン使えるんだね」
「サクちゃん、微妙に理系を偏見してるかも」
「だってソウは使えてるじゃん?」
「そうだけど…」
「授業では望遠鏡とか使うから機械に強いってこと?」
「いや、僕の専攻コースは観測というより
宇宙論とか……そんな感じ」
「ん?研究?」
「うん。シミュレーション天文学。計算した小宇宙をコンピューター化して検証とかする」
「うん!わからん!!」
朔良の素直な感想に創は笑った。
バカにされた気分になった朔良はムッと口を尖らせ創の横腹を小突いた。
軽く殴られたそれは、むしろじゃれ合いの一種のようなものだったから創は余計に声に漏らして笑う。
「あ!そうだ!!ソウは星が好きなんだから、それを仕事にしなよ!!」
良いことを思い付いたと言わんばかりの朔良の表情に、創は返事をしなかった。
朔良の実家は静かすぎて、余計に無言の時間が目立った。
だから朔良は一瞬だけ焦った。
「あれ?嫌だ?」
「……嫌じゃないよ、むしろ……やりたいくらいだよ」
何かしたいことがあるかと聞かれたら、好きなことを思い付く。
創もまた同じである。
しかし仕事にすることは思い付くだけではダメなのだ。
創の思いも知らずに、言葉だけ聞いた朔良は目をキラキラとさせた。
「そうだよ!!ソウに合ってるよ!!…ん?でも、星の仕事って何があるの?」
「えっとね」
「学者?博士!?」
「ははは、それも楽しそうだね」
「えっ!?研究する!?しちゃう!?」
テンションを上げて話す朔良に創は終始小さな声にして笑った。
「研究するにしても、飛び抜けて賢いわけでもない僕には……難しいよ」
一部の天才にしか許されない職業は創にとっては、ただの夢物語である。
朔良は悩むように首を捻った。
「えーっと、じゃあ星の仕事って何?…………あっ!」
「ん?」
「こないだ映画やってた!!宇宙飛行士とかは!?格好良い!」
無条件で夢を見れる朔良が創には眩しすぎて、ただ笑うことしか出来なかった。
だから朔良はやっぱりムッと顔をしかめて、創に飛びかかった。
「何が可笑しいんだっ!!」
「わっ…」
創は咄嗟に朔良の身体を捕まえたが、その勢いに押されて後ろに手を付けて何とか踏みとどまった。
「創は星の仕事がしたいの!?したくないの!?」
創の体に乗っかる形にいる朔良は真剣な顔で創にそう問い詰めた。
キスがしたくなる距離に創は一瞬だけ息を止めたが、視線を反らして朔良の肩を掴み、少しだけ押し退けた。
「サクちゃん、……プラネタリウム」
「え?え?」
上手く言葉にならなかったのは自覚してたから、創は小さく咳払いをしてからもう一度朔良を見た。
創はハッキリと言葉を発した。
「プラネタリウムで働きたい……って考えてたんだ」
「プラネタリウム……」
復唱した朔良は更にグッと身を乗り出して、創に顔を近付けた。
「ステキ!ソウ、それすごくステキだよ!!」
キラキラと目を輝かせる朔良とは反対に創の顔は徐々に暗くした。
「それが簡単に出来るのなら……ね?」
「え?なんで?」
「会社と違って施設なんだから決定的に数が少ないし、人気の職場なんだ」
「あー、やっぱ人気なんだ?」
「うん。地域によっては市や県の物だから公務員じゃないと従業員になれない」
「公務員かー!!試験しなきゃじゃん!!」
「うん、そうだね……でも……」
「でも?でも、頑張ってるんでしょ?」
「……」
「え?」
「今は他の企業も並行して就活してる」
自分の情けなさに創は朔良の顔をまともに見ることに耐えられなくなった。
「やりたいことはあるようで、ない。あるけど具体的にはわからない。プラネタリウムも現実的に出来るかなって思って調べてみたけど、実際は皆同じことを考えてて……簡単な話じゃなかった。やりたいことと出来ることが違いすぎて、真っ直ぐと進めないんだよ」
好きなことは進学の時に再確認して、学生の間にやりたいことを見つけたらいいと、高校の先生に言われたけども、もし学生の終わりに差し掛かっているのにやりたいことの具体的なものを見つけられなかった場合、どうすればいいのであろうか。
もしくは現実を知って、諦めて違う道を選ぶという怠惰な悲しみをどうやって扱えばいいのだろうか。
「ソウ、あのね」
「うん?」
「私、テレビ好きじゃない?」
「うん、子供の頃はたくさんのビデオ見るの付き合わされた」
だから朔良はちゃんと自分の好きなことを仕事に出来たのだと、創は偉大に感じる。
「実はね……初めは映画監督になりたいなーっとか思ってたの」
「え!?」
「去年一昨年、時々映画撮影のバイトしてて……でもそこで厳しすぎる労働にイヤになっちゃった」
「……厳しいの?」
「厳しいよ!寝る時間ないもん!」
朔良は何故か少し照れながら笑い、話を続ける。
「そのあとCM制作の就活も始めてみるけど、やっぱ人気だし、てかそれこそ才能とかセンスが物言う世界で……」
「うん」
「でも今回の内定もらった場所はヤケクソでも妥協でもなくて、私の中で納得できて『やりたい』って思える仕事だよ。ここでなら頑張れるって。だから応募もしたし、そこで働きたいって向こうに返事した」
「そっか」
「だからソウも……形は違っても納得して好きになれる場所を仕事に出来たらいいね。出来たらなるべく今も昔も好きな物で」
朔良はやっぱり少しだけハニカんだ。
「うん、それが星だったら尚更ステキだね」
「……うん」
創は朔良の言葉の意味がわかった。
言葉の意図もわかった。
創を励ましてくれているのだと。
素直に穏やかな幸せな気持ちとなる。
創のその暖かい気持ちは目の前の朔良に触れたいという欲求に変わった。
机の上のマウス近くにあった朔良の手に手を重ねてみると朔良の大きな目が見開かれた。
そのまま抜き取られないように創は握る力をソッと強める。
「サクちゃん」
「あ……え、……ソウ」
「ありがとう」
「……うん」
朔良は赤い顔で頷いた。
そのまま擦り寄るように創は朔良と額を合わせた。
至近距離で朔良の顔を見つめた。
「ねぇ」
「…………うん、何?ソウ」
「……いい?」
全て言わなくても朔良は創の言っていることを理解した。
理解したから、より頬を赤くした。
そして創は朔良の返事を待てずにキスをした。
朔良とのキスはこれが初めてではないのに、初めて以上に緊張して心臓が鳴り続ける。
ゆっくり、ゆっくり。
唇を重ねる度に握る力を弛め、指と指をゆっくり一本ずつ絡めていった。
交互に絡んだ指でもう一度強く握り直した。
そして朔良の舌を絡みとった。
強く吸えば朔良の鼻から声が漏れた。
それを聞いただけで創は堪り兼ねて朔良に覆い被さった。
「待って」
創が乱した呼吸で顔をもう一度寄せると、同じく呼吸が荒い朔良に止められた。
押し退けるように朔良の手は創の胸に添えられて、その胸は余計にバクバクと走った。
「……駄目?」
切ない気持ちでそれを口にすれば、朔良が手の甲で自分の顔を隠した。
その仕草が創の気持ちをよりもどかしくさせた。
「ソウ……待って。駄目」
「……」
「その……まだ……駄目。今は…」
「……わかった」
創は自分の物分かりの良さに落ち込んだが、朔良が止める理由も何となくわかる。
今のまま抱いてしまうには、あまりにも中途半端である。
創は体を起こし、朔良の腕も掴み、引き上げた。
起こした朔良の体をそのまま自分の胸の中に包んだ。
「サクちゃん、もし僕がちゃんとしたら……」
「えぇ?ちゃんとしたらって何が?」
朔良の頭に頷を乗せるように包んで抱き締めているから、朔良が笑うとその振動で髪に伝い創の肌に触れて、くすぐったい。
だけど創はギュッと離さなかった。
朔良が可笑しそうに笑っているのに釣られて、創も少し笑ったがもう一度言い直した。
「いいから聞いて?もし僕がちゃんとしたら…」
「うん」
「……その、」
「……うん」
ドキドキして口の中が乾いたけど、朔良が背中に手を回しギュッと抱き締め返してくれたから、創はほんの少しだけ勇気が出た気がした。
「その時は……」
「……うん」
「その時になったらサクちゃんに伝えたいことがあるから……僕の話を聞いてくれる?」
朔良は頬を創の肩に乗せ、創を見上げた。
「今は?今は言ってくれないの?」
そう言った朔良の悪戯な笑顔に創は照れて笑った。
「今は……」
「うん」
「……うん、次会う時までには……就職先決まってたらいいね」
「え~?決まるんですかぁ~?」
ふざけた感じで笑って言った朔良への仕返しに強く強く抱き締めた。
「いたたたた!苦ひぃ!苦ひー!!ごめん!ごめんってば!」
クレームをしつつも楽しそうに朔良はケラケラと笑う。
抱き締める力を弛めるとすかさずキスをした。
キスを堪能して唇を離せば、朔良の頬は上気していた。
「ソウは……ズルい」
創は聞こえないフリをして、またキスをする。
言葉にしなくても、創と朔良は同じ気持ちなんじゃないかと思えた。
少なくとも創はわざわざ言わなくても充分今のままでも幸せだと思った。
そう思っていたのだ。
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