【番外編】her one and only

【番外編5 前編】~her one and only~最愛の人



朔良は「男を見る目がない」と友人からいつも言われていた。


朔良も自分で良い恋愛が出来ていないとわかってはいると口では言うものの、その反面それこそが恋なのだとも心の中では思っていた。


苦しくて辛い……だからこそ、幸せな瞬間は何よりも甘いんだって思っていた。


それをわかっていない友人達は本当の恋を知らないんだって、無意識に見下していたような気もする。


彼女がいる人なのに一緒に遊んでしまったり、はっきりと付き合っていなくても裸で交わることもある。


遊ばれていると感じてしまってもヒステリックな女になりたくなかった。


彼氏の浮気に気付いても本命の余裕みたいな態度ぶって、半分公認みたいなこともしてしまった時もあった。


今思い返せば、都合の良い女どころか、自分の方こそ二番手三番手だったかもしれないと思うが、当時は気付かない。


辛いことにひたすら絶え抜き、喚くことなく、冷静に待ち、余裕を見せる。


そして体を求められる。


そんなことが良い女なのだと曲がった思考を持っていた。



ひたむきにまっすぐに朔良のことを好きだと言ってくれる男が現れてきたこともあった。



しかし、朔良はそういう男達と恋することはなかった。



何を根拠に、自分のどこが好きなんだと疑うのだ。


私なんかの何処が良いのだ、と。


父親がいなくなり、母親は程なくして父親を忘れてしまった。


病気で仕方がないものだったとしても、朔良は本物の愛とは何なのだと、自分に問いかけたくなるのだ。


学校で明るく振る舞っていても、そうでもない時の自分もいるし、皆を励ますこともあっても、自分で精一杯の時だってある。


一途に朔良の良い所だけを挙げて「だから好きだ」と言われても、朔良は「この人は私のことを全然見ていなくて、何もわかっていない」という結論になる。



友人のしつこい勧めにより、浮気もしない誠実な人と交際した時もある。


朔良の嫌がることを一切せず、朔良の望むこと全てを叶え、朔良の思う通りにしてくれる彼だったが、朔良はつまらないと感じる。


そんな瞬間のたび、これに満足できないなんて、自分はワガママで、幸せになる資格もないダメ人間なのだと痛感する。


そんなダメな自分なのに、付き合っている相手がいい人だと申し訳ない気持ちになるという悪循環。



本当の本音を言えば、相手に申し訳ないフリをして自分の嫌な人間性を隠して、自分自身をも騙した。


つまるところ、朔良は自分の思い通りになる何の障害もない恋愛に飽きたのだ。



そして結局は半笑いで煙草をふかし、「お前って、めんどくさい女だよな」と言ってくる男に魅かれた。


その男に彼女という存在がいたことを知っていたが、心奪われ、誠実だった男とは別れ、障害のある恋に酔いしれた。


何より自分を否定してくれる彼は朔良のことを理解してくれていると感じた。


自分のダメな部分を知っていてくれて、それでも一緒にいてくれることがどれほど楽で心地良いことか。


何故なのか。


自分を肯定してくれる人より、否定してくれる人を好きなってしまうなんて。



友人に「男の見る目がない」という評価は当たり前だと笑ってしまう。


自分はダメな人間だと認めつつ、自分はこういう人間なんだと、追われるより追うことが自分の性分に合っているのだと、結局は酔いしれる。


危ない男との恋愛は盛り上がった。


セックスはいつも以上に快楽を得る。


そして終われば胸いっぱいに切なさが支配する。


裸のまま、ベッドの上で呆然と天上を見る。


このあと男が彼女の元に帰っていってしまうカウントダウンを感じながら。



「ねぇ?」



ベッドの縁に腰掛け、だるそうに煙草をふかす裸の背中を見た。



「あ?何だよ」


「……明日、飲み会に誘われてるんだ。まぁその実態はほぼ合コン的なんだけど」


「へぇ〜」


「人数合わせだけどね」


「あっそ」


「……うん」


「で?」


「ふふ、気になる?」


「別に?」



こちらを見ることもなく、男はやはり半笑いの顔を見せる。


朔良は裸のまま転がり、男の太ももに頬を乗せ、見上げて甘える。



「えぇ〜、人数合わせの参加でも良い男いたら私もヤル気スイッチ入っちゃうかもよ?お酒も入ってるし」


「はははは、マジかよ〜」


「……ヤキモチ焼く?」


「別に?」



軽く言って、朔良の言葉を流す。


おそらく、本当にどうでもいいのだと思う。


朔良は笑っていたのをやめ、こちらを見ない男のフェイスラインを目を細めてただ見上げた。


その端正な顔を見て、余裕な態度と、どこか飄々とした仕草に、ときめきを募らす。



「…………ねぇ……本当に明日合コン行ってもいいの?」


「好きにしろよ。俺はお前の彼氏じゃねぇのに」


「……だよね」


「……それに、」



煙草の火を消して男は朔良にもう一度のしかかった。



「俺より良い男なんてそうそういねぇよ?」



なんて余裕のある笑顔か。


彼氏でもないのに何で体の関係を持ったのか。


朔良は最初のキッカケも思い出せない。


相手が朔良のことをどうでもいいと思っていたとしても。



触れ合う熱に朔良をたまらず、あぁ……と切ない吐息をもらした。



一途に相手を想うこの切なさが本物の愛なのだ……と朔良は想った。



だけど朔良の想う本物の愛はいつだって幸せになれない。


そして朔良の恋はいつも同じ結末を迎える。



朔良に限界が来るのだ。


男に捨てられるか、朔良から逃げ出すか。



いつも恋をする度に涙を流した。


そして泣いて終わる。



何がダメなのか、何がいけないのか。


こんな繰り返しで、自分に『永遠』に続く『変わらない』『幸せ』なんてものが訪れる日なんてくるのだろうか。


『永遠』も『不変』もそんなものは幻だ。



ある日、男とドライブしていた時……朔良にその限界がきた。



この人といても、苦しいだけだ。


軽い口論の末に、町中の道路の真ん中で朔良は構わず車から降りた。


その場で降りるなんて自分の大嫌いなヒステリックな大げさな女のようで嫌だったが、それはキッカケにすぎず、本当に『限界だった』という言葉が当てはまる。


外は雨だったが関係ないと朔良は車から離れる。


雨の中で泣いて、傘も射さずに歩いて、一瞬にしてズブ濡れになって涙を誤魔化した。



そんな時だった。



「……サクちゃん?」



朔良は長いこと会ってなかったイトコと再会した。


朔良の価値観が変わっていく。


いや、戻っていく。



……——



「ソウ?」


「……」


「……ソ〜ウ〜」


「……」



ソファーでクッション抱えて三角座りをしていた朔良はテレビを見ていたのを創の背中に視線を移した。



創と一緒に暮らし始めてからしばらく経ち、二人とも仕事を始めた。


新しいこと、変化したことばかりで戸惑うこともあり、多少のスレ違いとストレスで言い争いもあったりしたが、別れに至るほどの大きな喧嘩は今のところない。



ただ強いて言うのであれば、朔良にとって創は今まで恋してきた男のどれでもなかった……ということに不思議な心境を感じている。


優しかった元彼は朔良の思う通りにしてくれて、セフレのような関係の男は朔良の思い通りにはならない。


創はどちらでもない。


朔良にとって創は、よくわかならい男だった。



「ソウ?」



創は返事もせず、ジッとパソコンに向かう。



誠実な男なら作業を中断して朔良の呼びかけに反応してニッコリと笑って「何?」とちゃんと聞き返してきた。


あやふやな関係だった男は朔良のことなどお構い無しに無視をする。



創も朔良の望む反応を常に返してくれるわけではない。


しかしこれは決して気まぐれに無視しているわけでもない。



創は資料を眺めたあとパソコンに向かって、持ち帰ってきた仕事に夢中になっている。


集中し始めると創は周りが見えないらしい。


だから無視をしているわけじゃないと朔良はわかっている。


何かに夢中になっている顔を見るのは嫌いじゃない。


でも場合によっては面白くないことでもある。



「ソウ!!」



自分に注意を引きたい朔良は仕事をしている創に後ろから抱きついた。



「わっ……サクちゃん!?ビックリした……どうした?」


「呼んだのにソウさんが無視するから」


「えっ!?噓……ごめん。気付かなかった」



至極真面目に創は謝る。


朔良を想ってくれていることは伝わるが、創は根本的に女を喜ばすことというのにあまり長けていないのだ。


意地悪したくなった朔良は不意打ちにキスをする。



「え……ちょ……」



戸惑う創に構わず、誘うように唇を啄ばむ。



次第に創の手も朔良を引き寄せ、創からも積極的に熱い舌で応える。


シャイなくせに、すぐにその気になる創のことを可愛いと思えて、朔良は創のそんな所も好きだった。


自分がダメ人間になっていくような、諦めのような、苦しいような、自分のことが凄く大嫌いになっていた…そんな時に創と再会できて良かったと思っている。


理由もなく自分も周りの人も物も風景も全部、夢中に好きになっていた時の幼い頃の自分と共に過ごしてくれた人。


そして今も……



「ねぇ、ソウ?」



キスに夢中になっていた創は思い出したように赤い顔で朔良とのキスを止めた。



「ご……ごめん。呼んだ?」


「うん」



朔良は創に抱きつきながら、彼の喉に自分のおでこを嵌めた。


これが最近のお気に入りである。



「明日、会社で飲み会あって誘われてるんだけど……行ってもいい?」



行ってもいいのか、ダメなのか、それともどっちでも好きにしていいのか。


創の反応を待つ。


合コンではなく、会社の付き合いだから、創が頭ごなしに反対するとは思わないが、朔良の交遊関係にどんな風に思って、どんな風に口にするのかが気になった。



創は朔良の顔を覗きこむ。



「それってお酒も出てくるよね?」


「そりゃあ出るよ」



創が心配しているのかと朔良は思った。



「明後日はちゃんとお休み?飲みすぎはダメだよ?サクちゃん、すぐはしゃぐし……周りに迷惑かからないように気を付けてね。帰り、お迎えは必要?」


「……」



朔良が予想した心配とは少しズレていると思ったが、創らしいと思って笑った。


創といることは苦しみではない。


だけど単調ではない。


そして何より心地よい。


それは創のことが好きなだけでなく、彼の傍にいると不思議と自分のことも好きになれるから。




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