【番外編5 後編】~her one and only~最愛の人
◇◇◇◇
「カンパ〜イ!!」
定時上がりに数人の先輩だけが会社に残り、あとは予約したお店に皆で集まり、早々に乾杯をした。
「お……サクラちゃん飲むね〜」
チームは違うけど、同じフロアの先輩である男性社員に「いいね、いいね!!」と盛り上げてもらった。
名前は何だっけ?と朔良は必死で思い出そうとするが、諦めた。
「はい!!お酒大好きなんで!!」
「マジ?強い?」
「ザ・酒豪っす」
「マジか〜、じゃあ酔わせられないじゃんか」
「なかなか酔いませんね……あ、でも最近弱くなった気がします。学生の時は飲んでも飲んでも平気だったけど。何でしょう?年ですか?」
「なんだそれ!!年って!!お前まだ全然若いから!!まぁでも、学生の時のが強かった気がするってのはなんか俺もわかる」
朔良は学生の時、潰れることなくダウンした友達を介抱する方に回ることが多かったことを思い出す。
だがしかし、最近は介抱されることが多い。
『サクちゃん、ほら……水』
それは創があまりお酒を飲まないからだろうか。
家で飲むことが増えて、帰り道の心配をする必要がなくなって際限もなくなったからだろうか。
「なんだぁ〜サクラちゃんはお酒強いのか〜。酔わせて色々聞き出そうと思ってたのに」
あ……まずいと朔良は脳裏の片隅で危険信号を出す。
朔良はこういう瞬間の男の人の冗談と下心の境目の判断することが得意だった。
本当に気の置けない、くだけた関係になりたいと思って聞いてきたのか、そうでないのか。
男の人の中でストライクというわけでなくても、こういう発言による相手の反応で下心を積み重ねていいのかの判断をする人がたまにいるのだ。
会社。
先輩。
楽しい飲み会。
朔良も瞬時にこのあとの反応や行動を考える。
「あははは!!何聞くつもりだったんですか?」
笑って返すのは助長させる可能性があるから、いけないとわかっていたが、咄嗟の判断が出来ずに朔良は笑う。
笑った朔良を見て、こうした冗談はいける子だと判断されたのか先輩もニヤッと笑ってほんの少しだけ顔を近付けた。
「いや〜酔ったついでに乱れてもらって……」
二人の向かい隣に座っていた朔良と同じチーム先輩である律子が小学生の授業のように真っすぐに手を挙げて大声を出した。
「課長〜っ!!ここに新人社員にパワハラ、セクハラ、アルハラのトリプルコンボをかまそうとしてる先輩がいま〜す」
律子の発言に周りの皆がドッと爆笑をし、「止めてあげろよ〜」「何してんだよ〜」「逃げろ逃げろ!!」とそれぞれから自分達にジョークを飛ばした。
男の先輩も「勘弁してくださいよ〜」と笑った。
朔良はホッとして、冗談に紛れて「じゃ、私は逃げま〜す」とおどけた口調で腰を上げた。
運良く、それは更なる爆笑をさそうことが出来た。
…ーー
お開きとなって、お店の出入り口で社員が集まる。
朔良は邪魔にならないように一人離れて電信柱がある端まで避けて、久々にアイフォンを開きメッセージを確認すると、いくつかのメッセージの中に創のものもあった。
『聞くの忘れてたけど、二次会とかもある?遅くなりそうなら何時かまた連絡ください』
朔良は固いメッセージにフッと笑みをこぼした。
幹事が二次会についての説明をしていたが、朔良は帰ろうかと思った。
朔良は『今から帰る』と返事をした。
学生の時なら時間も電車も休みも気にせず、とりあえず二次会には積極的に参加してきたのにと、どうでもいい思い出を巡らせていた。
今の通勤は自転車であるから、電車なんて尚更関係ないことであるのに。
酔ってはいないものの、最近に比べたら今日はたくさんお酒も飲んで疲れを感じているせいかもしれないと朔良は考えていると、
「あれ?サクラちゃん……帰るの?」
後ろから先ほどの先輩が声を掛けてきた。
「あ……はい。お酒飲んでるんで……自転車乗れないから、あんまり深夜に歩きたくないんで、今のうちに帰ります」
「え〜タクシー使えば大丈夫でしょ?」
タクシーという発想に相手が自分よりも社会人として先輩である実感をする。
朔良は首を振った。
「いえ、すみませんが……今日はありがとうございました」
「あ、そういえば家……この近くなんだっけ?送ろうか?」
多分、こんな今日一日で家に上がろうという魂胆はまだないだろう。
かと言って、まっさらな親切心ともまた違うだろう。
好感度を上げるためなのか、朔良の住所を把握しておきたいのか、このあとで合流するであろう二次会での話しのネタを作るためなのか……。
こんな駆け引きをモテていたと勘違いしていた過去の自分を思い出しては恥じる。
モテるというのはこういうことではない。
だがしかし、その過去の自分の方がもっと駆け引き上手だったような気もしないこともない。
朔良が返事に迷っていると手の中からメロディと振動が生まれた。
電話がきたのだ。
「え……、ソウ……」
先輩に一言「すみません」と断ったあと朔良は電話に出た。
「もしもし……ごめん、どうかした?もう帰るよ!!」
『あ……いや……その、……えっと……もう外?』
創の優しい口調は電話越しでは拍車を掛けて、もどかしい。
「うん、もうお店出てる」
『……そっか、あー……えっと……』
「え?何?ゴメン、聞こえない」
『サクちゃんの職場近くのコンビニに……またまた丁度来てて……、もし近くだったら』
「行く!!」
『え?』
「コンビニってどのコンビニ?」
創から所在を聞き出した朔良は電話を切って、振り返った。
「ごめんなさい。お迎えが来たのでやっぱり帰ります!!」
「コンビニで待ち合わせ?」
キョトンとしたあと、先輩は少し首を傾げて笑ってそう聞いてきた。
電話の会話がたまたま聞こえてきたのだとわかっていても、盗み聞きをされたようで、なんだか少し不快に感じてしまった。
「ならそこまで送るよ」
笑顔でそう提案してきてくれたことに多分そこまで悪気もないだろうし、これ以上断ることに角が立つかもしれないと思い、それに創が来てるならと大丈夫だろうと朔良は了承した。
約束したコンビニまで近付くと中で雑誌を読んでいた創を見つけた。
ガラス越しに手を振るとその影の気配に気付いたのか、創は雑誌から顔を上げた。
朔良の目を見たあと、その視線は横に流れた。
先輩を捉えたのだとわかったあと、朔良は少し創の反応が楽しみになった。
もしかしたらヤキモチをやいてくれるのではないかという、意地悪な気持ちとなったのだ。
コンビニから出たきた創は朔良に対し、目を細めて優しく笑った。
「おかえり」
その笑顔を見て、ここにきて酔いが一気に回って朔良は急に目眩がした。
足がおぼつかない感じに一歩前へとふらついた。
「え……わっ!?サクちゃん!?」
倒れなかったものの、創に支えられる形となった。
創は朔良に「大丈夫?」と確認したあと、傍にいた先輩に会釈した。
「こんばんは。すみません……ここまで送ってくれたみたいで」
「え……あ、あぁ」
先輩も薄々、お迎えとは彼氏なのではないかと予想していたが、創が普通に声を掛けてきたことに少しだけたじろいだ。
「家もこの近くなので、良かったら寄っていきますか?お礼にお茶でも……」
「あ……いやいや、大丈夫!!俺、これから二次会に合流するから」
「そうですか。では、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」
朔良の代わりに挨拶を済ませた創は朔良の手を引いて歩き出した。
創の対応に、朔良は自分が恥ずかしかった。
過去の自分を懐かしむようなことを考えていたくせに、創を少し試して楽しもうとした自分の幼稚さに、まだ成長していないと思わされた。
そして、気付かされる。
お酒が弱くなったのは年でも何でもなく、創の傍にいたら弱くなるのだと。
甘えられる人であり、甘えさせてくれる人だとわかっている。
高級品をねだるような我が侭を振りかざしているわけでなくても、朔良は創に甘えていると気付いた。
安心できる人。
少しつまづきそうになるのを耐えて、朔良は手を引っ張る創に一生懸命着いていった。
朔良は違和感に気付き、創の後ろ姿を見つめた。
普段、創はこんな町中では自分から手を繋がない。
ましてやこんなに朔良を無理に引っぱり、早歩きになることは有り得ない。
いつもなら、もっと朔良に合わせてゆっくり歩いてくれる。
「ソウ……怒ってるの?」
「……」
返事もせずに、朔良の手をきつく握ってひたすら歩き続ける。
無言も続いたが、自分達の家まで無事について朔良は一息ついた。
「はあぁ……ただい……」
玄関で靴を脱いだ瞬間、朔良は地に足が着かなくなった。
そこまで酔っていたのかと思ったが、足が着いていないのは物理的事実だと理解した。
創に抱き上げられていた。
「え……ソウ」
寝室へ進んだ創は些か乱雑に朔良をベッドの上に降ろした。
軽くバネでバウンドして、安いベッドは音を鳴らした。
「ソウ……ちょっと……」
創は朔良を組み敷いては噛み付くようなキスをした。
キスをしながらシャツのボタンを外して、その肌に吸い付き、花を散らす。
「あ……」
朔良の声にも構わず、創の手は朔良のベルトへ伸ばした。
「待っ、ソウ……」
「……いいから」
強引にストッキングもショーツも下ろそうとする創に、朔良も諦めた。
脱がしやすいように少し腰を浮かせる。
創の呼吸と舌が朔良の肌を撫でる度に、指が侵食していく度に、朔良は快感に粟立つ。
「……少し飲み過ぎじゃない?」
「あ……違…」
「昨日言ったのに……迂闊すぎるよ……朔良……」
「……んぅ…」
創の質問に対しても鼻から抜けたような返事しか出来なかった。
湿っていく水源にも食いつかれる。
普段の創は遠慮がちに朔良の顔を窺いながら肌に触れていくが、今日の創はいつもよりも荒っぽく強引だ。
薄暗い部屋で僅かに捉えられた創の瞳は鋭く朔良を見下ろして、そのまま朔良を見つめながら自分のベルトを外し、ファスナーを降ろし始めた。
「ソウ……怒ってる…の?」
「…………怒ってないよ」
朔良は嘘つきと言いたかったが、創が朔良の中へと沈めていくから、代わりに色付いた息を吐き出した。
「……っ、朔…良」
切なげに弛緩した顔で見つめられて朔良は堪らず伸縮に波打つ。
「あ……朔良……朔良……」
創が朔良の名前を呼び捨てにするのは、二人が繋がる時だけ。
それは初めてした時に朔良がお願いしたことを今も律儀に守っているからなのか、最初の時の刷り込みによる癖なのか朔良にはわからない。
ただ優しく『サクちゃん』と呼ぶ創も、淫らに『朔良』と呼ぶ創も、どちらも同じだけ愛しいことに変わりないことだけはわかっていた。
好き
自分の中にシンプルに残る思い。
そう想える人が傍にいてくれるのは滅多には無いのも知っている。
とても貴重で、とても大切。
…―――
朔良の上に倒れ込んだ創の頭を抱えて、その髪と背中を撫でた。
息切れに上下する体幹に触れ、幸せを体感し、息をゆっくり吐き出して噛み締める。
「……ソウ…」
名前を呼び終わると同時に創は少し這い上がり朔良にキスをする。
これから始めるんじゃないかと思えるほど丁寧で濃厚だった。
優しいいつもの創のキス。
「……ごめんね、ソウ」
「……ん……何が?」
「もう男の先輩と一緒には帰らないから……本当に、ごめんね」
「だからヤキモチ焼いてないって!!」
焦ったように創は少し早口でそう言った。
怒ったかは聞いたが、ヤキモチを焼いたかは聞いてはいないのに…と朔良は堪えるように笑った。
Loose&Lunation 駿心(はやし こころ) @884kokoro
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