【番外編】First love

【番外編4】~First love~初恋



夏の夜。



「電気消すよ?」



創の呼びかけに朔良は返事もせずにいそいそと先にベッドへ入ってニコニコと頷いた。


そして暗くなった部屋で、創は朔良にそのままオヤスミのキスをする。



一緒に寝る時にいつのまにか決まった二人の何となくの決まり。


少しずつ増えていく、二人の時間と言葉。


おかえり、ただいま。


オヤスミ、おはよう。


いってらっしゃい、いってきます。


ごめんのキスも。


ありがとうのキスも。



いつもは挨拶程度に触れたらすぐ終わるが、今日はどことなく離れがたく、もう少しだけキスを続けた。


そのキスはまどろむどころか舌先の神経まで冴え渡っていく。


しかし気持ちを抑えて朔良に眠りを誘うようにゆっくりと啄ばむようなキスを繰り返す。



「ねぇねぇ。ソウ……」


「ん?」



一緒に寝る時は眠りに落ちるまでポツリポツリと話をすることがある。


創のキスの隙間から朔良が聞いた。



「自分の初めてのキスとかって覚えてる?」


「……………え?」



キスをしながら朔良は創の瞳を見つめる。



「初デートの時とか?」


「……」



創はキスを続けて間を埋めた。



「ん……ソウってば」


「……ん……」



創は過去の恋愛を語りたくないし聞きたくないタイプであるが、朔良は興味があるタイプなのか時々思い付いたように気まぐれに聞いてくることがある。



疾しいと思われたくないから努めて話す創であるが、キスに関しては朔良に言いたくない気持ちがある。


だから聞こえないフリをしてキスに丁寧さを増す。


このまま朔良が眠るまで貪るほどのキスをしてやろうかと考えたが、それはあまり実現しづらい作戦である。


創は溜め息をついて朔良の額に唇を当て、そのままそこでゆっくりを言葉を発した。



「……僕の最初のキスは……もうちょっと子供の時」


「え……子供の時のカウントしてオッケーなの?」


「……え……違うの?」


「アハハ、じゃあ私のファーストキスはソウだよ!!」



朔良が笑ってあっさりとそう言った。


創は慌てて朔良の顔を見た。



「え……気付いてた……の?」


「え?何が?」


「……」


「……」




朔良は創の喉元におでこをつけて擦り寄りながら、「それって……」と創に聞いた。



「幼稚園の時にチュッとしたことあるヤツのこと……じゃなくて?」


「……」


「あれ?違う?」


「もう……寝ようか」


「待って待って!!『気付いてたの?』って何が?」



寝返りを打った創の背中を抱きしめながら朔良は問いつめる。


創は真っ赤になる顔を隠すようにして目をつぶり、眠ってしまおうとしても朔良がそれを許す訳が無かった。


じゃれるように軽く創の肩や首をかじってきた朔良に驚いた創はさほど痛くも無いのに、思わず「っつ」と声を上げた。



甘噛みをする朔良は「ソウ?」と何度も創を呼ぶ。


朔良のしつこいアプローチにいよいよ創は笑うしかなくて、枕越しに笑いを漏らしたら朔良も釣られて笑い出す。


諦めて小さな溜め息を着いた創は背中越しに話し出した。



「小学生の時に……」


「小学生?何年生の時?」


「そこまでは……でも低学年……ぐらい?……その時」


「え?」


「僕は正直、幼稚園のキスってのは覚えてないから……。僕にとって記憶にあるファーストキスは……その時……だよ」


「へぇ〜」


「……」


「……」


「……」


「……あれ?もしかして私……?」


「……うん」



創は自分のお腹に置かれている朔良の手に自分の手を重ね、握った。



「私がそっちを覚えてないんだけど……本当に私?」


「……うん。だって」



それが創が言いづらかった理由。


後ろめたさ。



「サクちゃんが寝てた時だったから」


「えぇ!?」


「……」



創はようやく話す決心をして、ベッドの中で朔良と向き合った。



「夏休みにおばあちゃん家に泊まって……お昼寝した時……」


「寝込み襲ったの!?」


「い……いや、違……誤解だよ!!……なんていうか、襲ったとかそうじゃなくて、一緒に寝てた時にふと目を開けたら……すぐ目の前にサクちゃんがいて……口がぶつかったんだよ」



幼い夏の昼下がり。


畳の上に簡易的に敷かれた布団。


タオルケットを頭まで被って、寝起きのぼんやりする頭のまま、唇が従姉妹の顔と触れたのを感じた。


そして幼かった創は寝ぼけたままもう一度朔良に唇を寄せたのだ。


チョコッと触れただけですぐに創はそのまま寝付いてしまった。


しかし改めて覚醒してから思い出しては心臓をドキドキとさせた。


そんな幼い思い出。


朔良に聞かれるまで小さすぎるその思い出を忘れかけていたが、あの時のことを思い出して後ろめたさに襲われる。



「……ごめん、寝ぼけてたというか、……事故ともいうか……出来心で。……でも、勝手にごめん」



言い訳を並べる創から朔良の体温が離れるのを気配で感じた。


創は「え?」と目を開けた。



離れる気配は朔良だけではなく、上に掛けていたタオルケットも無くなった。


まだ慣れない暗闇の視界で見上げると朔良は布団を持ち上げマントのように広げて掲げていた。



「え……何し……」



創が最後まで言い終わる前に朔良が掛け布団ごと創のもとに倒れ込んできた。



頭まで被って、タオルケットの風圧で前髪が上がった。


布団の狭い狭い空間で朔良が創にキスをした。



「……こんな感じ?ファーストキス」



悪戯に成功したようないつもの笑顔で朔良は創の鼻先にまたキスをする。


創は少し笑ってからお返しのキスをした。



「……どんな風だったか、もう覚えてないよ」



布団の布が擦れる音と互いの息の音が混ざり合い、キスの水音が反響しているようにもさえ感じた。


布団の中で逃げ場の無い呼吸はしっとりとお互いの顔を湿らした。


朔良はキスをしながら鼻から「フフッ」と笑い声を洩らした。



「隠れながらキスするのって子供の時だったら可愛いかもしれないけど、大人になってやるとちょっとエッチだね」


「そう?」


「うん、ちょっとね」



創は「じゃあ……」と朔良の頬を撫でる。



「もうちょっと大人っぽいこと……する?」



創の言葉に朔良は照れたように笑ったから、ゆっくりと唇を合わせて口内の熱を確かめる。


愛しさが込み上がり上顎を舌で撫でた。



何度も何度も舌を合わせて体が熱くなってきたから、創は布団から頭を出して新鮮な空気を吸った。



「ねぇソウ……聞いてもいい?」



ファーストキスに続いてまた何を聞かれるのか、創は聞こえないフリをして唇を啄ばむ。



だけど朔良は楽しそうに聞いた。



「ねぇ……もしかして……」


「……ん」


「ソウの初恋って……誰?」


「……」



多分わかってて聞いてくるあたりに朔良の意地悪さを感じた。


それよりも既にキスで終われそうにない熱情を自覚して、朔良の腰を抱いて体を密着させる。



「朔良」


「うん?」


「…………朔良」



覆い被さり返事も聞かずにもう一度舌を挿れる。


深いキスをしながら創は薄目で朔良の表情が蕩けていくのを確認して、寝巻の裾から手を入れた。


何故、好きな女の肌はこれほどまでに甘いのか。


口付けても、舌を這わせても、少しかじってみても、甘い。



食事とは違う舌の使い方の感覚に呼吸が荒くなり、興奮のあまりに酸欠に近い目眩に陥る。


そうした自分の動きに朔良がひとつひとつ反応してくれることが嬉しくてたまらない。



「ソ……ウ……」


「……も、……いい?」



創に向かって朔良は両手を差し出し、創はその手を握った。




すぐさま朔良を抱きしめ名前を呼ぶ。



汗は朔良の甘い肌へ落ちて濡らしていく。


そして子供の時間では知り得なかった至福の刻に堪らず声が出る。



「ソ…ウ…………好き…」


「……っ」



そんな朔良には敵わないと悟った創は唇を貪った。



あの夏の日。


幼い思い出、蝉の声が届く畳の上で一瞬触れた甘い時間。



後ろめたいと思っていたファーストキスだが、きっとやり直したとしてもまた朔良に触れることを望むのだろうと創は思った。


こんなにも甘いものを誰が手放せるだろうか。



「……ソウ」


「ん?」



快楽の末のまどろみに朔良は創の胸を枕にしては創に話しかけた。



「……ソウ、私の初恋知ってる?」


「……え?」


「……誰だと思う?」


「……」



それはもしかして聞かなくてもわかることなんじゃないだろうかと創は耳を熱くした。


楽しそうに笑って甘えてくる朔良に創は本当に敵わないと思って強く抱きしめた。






『ねぇ、ソウ』


『なぁに?』


『わたし、ソウのおよめさんになりたい』


『……え?』


『だからわたしをソウのおよめさんにして』


『うん、いいよ』





夏の夜。


眠りに落ちる二人は同じ思い出を夢に見た。

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