a man of honesty

Lunation~a man of honesty… ~正直者


◇◇◇◇


「え……?山内さんの紹介?」



教室でたまたま会った由奈となんとなくお互いの現状報告をしていた。



「紹介というか、……山内さんところのプラネタリウムのソフトの作成とかホームページとかもお願いしてる会社。『そこはどうだ?』って勧めてくれて」


「プログラミング…とか、そういうこと?」



考えたこともなかった職種。



知識も資格もないのに、出来るものなのかと不安ばかりである。


創とは違い、由奈は笑をこぼした。



「うん、創くんに合ってると思うよ」


「……え?」



少し驚いた創がおかしいのか、由奈は尚のこと笑顔を作った。



「営業マンになるには、創くんは正直すぎるもん。やっててしんどくなるのが目に見える」


「正直?」


「私達の仲間内では『創が院に進まないのが意外』って言ってた人もいるけど、それも私は違うと思ってた。研究者としては創くんに負けん気が足らないと思うし」


「負けん気?」


「研究する人は意外に皆、負けず嫌いじゃなきゃやっていけないよ?」


「負けん気……は確かにないけど」


「だから技術さん……って仕事。それなら合ってると思う、創くんに」


「……」



自分のことを知るために自分と向き合うというのは、一人きりになって考えることではなく、相手という鏡でやっと向き合えるものなのかと創は妙に納得した。


由奈もウンウンと頷きながら話を続けた。



「会社にもよるけど、入ってから資格取っていいところあると思うし」


「……一応、このあいだから言語の勉強は始めてみたけど」


「ふふ、ほら。真面目だから。やっぱり合ってると思うよ?」


「…………そうかな?」



そうだといいと創は思う。


しかし正直今はまだ戸惑っていて、その会社に入りたいということより、山内の厚意を裏切りたくないという気持ちが強いから、余計にわからない。



「でも就活ばっかりでプライベートも疎かにすると、不思議と就活も上手くいかないこともあるんだから……時々は息抜きしないとね」



由奈のその言葉は実体験なのか何なのか、どちらにしても聞かないことにした。


由奈もまた、まだ内定を貰えていないからだ。



創は曖昧に頷いていると、由奈は含み笑いで創の顔を覗き込んだ。



「創くんは?」


「え?」


「彼女、元気?」


「……彼女?」


「去年、学校に連れてきてたことあったじゃない。一回だけ」


「え……あ、」



朔良のことだとようやくわかった。


そして『彼女』という表現に戸惑いを感じた。


由奈にとって、一回だけしか朔良と話さなかったことなのに、よく覚えていたと驚きもした。



「あの時の創くん達の姿になんだか私、急に悔しいような焦ったような気持ちになったんだよね。今さらそうなったところで最後はフラれちゃったんだけどね」


「え……あ、その……」


「人の物になりそうだと惜しくなるなんて……私もまだまだ若かった」



まだ去年の話なのに、笑顔で由奈がそう言ったのは冗談交じりとわかっていても、気まずかった。



時々廊下でスレ違った時に少し言葉を交わすぐらいの関係となった元カノから、こうした話題を振られたことに、創は気の利く返しひとつも思い浮かばなかった。



「あの子は彼女じゃないよ」



結局はただ真実をいうことしか思い付かなかった。



「あれから付き合ったんじゃないの?」


「……付き合ってないよ」


「え?別れたの?」


「いや、別れてない……というより、元々そこまでの関係ではないというか……」


「……ふーん?」



少し首を傾げた由奈はすぐにニコッと微笑んだ。



「でも創くんはそうじゃないんでしょ?」


「え?」


「創くんはその子と“そこまでの関係”でいたいんじゃないの?」



由奈の言葉に創は目を見開いた。


素直にイトコだと言えない後ろめたさ。


それは創はそれだけの関係だと思えないから。


朔良と“そういう”……恋人になりたいのかということ。



あの悪戯を思い付いたような無邪気な笑顔が自分のそばにいてくれる


そう考えただけで、創の心臓がドキドキと速度を上げた。



だけどそれを由奈に言いづらくて、戸惑う自分を悟られないように片手を口元で覆い、その場を凌ごうとした。



由奈はクスクスと可笑しそうにした。



「ね?言ったでしょ?」


「へ?」


「創くんは正直者すぎる」



創は自分の耳まで届くぐらい顔全体が真っ赤に染まっていることに気付いていなかった。



◇◇◇◇



創は自分のパソコンを開いて、ひとつひとつ文字を打ち込んでみた。



試しにプログラムをひとつ作ってみる。



言葉を繋ぐようにシステムも組んでいく。



ひとつ違えば、機能しない。


間違えがあれば、どこが違うか確認してみた。



点と点を繋げていくような作業。



小さな頃に持っていた本でを思い出す。



父親が買ってきた星の本。



『やってみよう!』というページで、星と星を繋いで、星座を作ったのだ。



点に番号がふってあり、その順番に沿って書いていくと絵になる。


それが楽しくて飽きずに繋いでいった。



その時は星が面白いというより、その作業が好きだった。



でもキッカケはそれだった。



父親に何度も解説されても意味がわからなかった星空が、初めて自分の目で線を繋げていったのだ。


鉛筆でしか知らなかった線が、本当に実在していたのだと初めて星座を見つけられた時の痺れた興奮。



紙には収まらない広さと深さ。


点が線になり、形を作って、輝いている星空を見て、世界がグッと広くなっていく感覚を肌で知ったのだ。



そして夢中になった。




創はひとつ作業を終わらせ、enterを押した。



ここまで続けられた作業。




星を好きになったあの瞬間と同じ感覚なのだろうかと、創は自分に問い掛けてみる。


あの時の自分に今の自分のことを見せてやることが出来るのだろうか。



今目指している会社はやりたい仕事なのか。


早く内定を貰って安心したいだけなのか。


自分を試したいのか。


山内の期待に応えたいだけなのか。


由奈の判断を信じているのか。



まだよくわからない。



やっぱりそれが創の正直な気持ち。



最後に貰った朔良の手紙を読み返してみた。


あれから返事をまだ書けていない。


遅くても一ヶ月は空けずにやりとりしていたのも、二ヶ月ほど経ってしまった。



ペンを握ってみても、言葉が浮かばない。


浮かばないのに、会いたくて仕方ない。


どうしようもない心を持て余す。



…──




創は山内から紹介してもらった会社に来ていた。


緊張で、ネクタイがいつもよりキツい気がする。



今日から選考が始まる。



今日は筆記試験のみだが、ここで通らなくては次へ行けない。



ホームページで見た外観だけど、肉眼で見ると、やはり緊張する。


何社もの会社を訪れても、創は慣れることなく溜め息をついた。



自動ドアが開き、創を迎え入れた。



吹き抜けの天井。


高い壁


続く螺旋階段。



息を飲んだ。



目の前の巨大なタペストリー。






「……わぁ」



声が生まれた。



そこには満天の星空が掲げられていたのだ。


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