give himself & herself away

Lunation~give himself & herself away… ~チャンスと亀裂


◇◇◇◇


単純だけど、創はワクワクしはじめてきた。


想像して心が躍る。



2メートルを越えるタペストリーは社長の趣味で掲げられているらしい。


創はあの写真の星空の光景を思い出すと、自分の気持ちがシンプルになれる。



気持ちがワクワクし始めると、前向きになれた。



たとえばどんな感じにあの玄関を通るのだろうか、とか。


社会人になれば、世界が広がるのだろう。


親しみなかった場所で新たに人と出会い、そして星空の下を歩く。



『そうだ、この感じだ』と創は忘れてないように気持ちを噛み締めていた。


だから山内が紹介してくれた会社以外も積極的に受けに行った。


自分のやりたいことを模索するように世界が広がっていく。



何より……



『一次選考の結果、第二次選考に来ていただきたいと思います。日程は……』




先日、選考を受けた星空タペストリーがあった会社から一次選考合格の連絡を貰った。



創は別の就活の帰りにその電話をもらい、心の中でガッツポーズをとった。



何かひとつでも自分を認めてもらえたなら、小さな自信となり、それがまた頑張る力となった。



ひとつ、前に進められたら連鎖で上手くいくように感じる。



アパートに戻ろうと電車に揺られている中、創は朔良の顔が頭によぎった。


帰って手紙の返事を書こうと考えたが、途中で予定を変更した。



電車が朔良が住むマンションの最寄り駅に着いたのだ。



創が本来下りる駅よりも手前だけど、下りた。



朔良に会いに行こう。


まだ報告できる段階ではないと創は思っているが、顔を見るだけならバチは当たらないだろうとも思った。


会えると思うと嬉しい。



創はスマホを取りだし、朔良の番号を液晶に表示させた。



久々だ、と創の胸がまた踊る。



一回深呼吸をしてから、発信ボタンを押した。



呼び出し音を聞きながら朔良のマンションへと足を進める。



「あ……ごめん、電話だから…」



呼び出し音は鳴り続けているのに、声が耳に届いた。



人混みの中なのに、スッと姿を捉えることが出来た。



偶然、朔良がいたのだ。



思いの外、早くに会えたことに創は喜びを感じ、創は声を掛けようと電話を切ろうとした。



「サクラ、待って」



人混みにもう一つの影が出てきた。



創は電話を切れずに固まった。


朔良の名前を呼んだ男は朔良の腕を掴んだ。



「言っとくけど、冗談じゃないから」


「……」


「サクラ、付き合ってる奴はいないっつってたじゃん」


「あー……うー……」


「だから今日みたいな……皆じゃなくて、今度は二人で。遊ぶだけ。試しだと思って」


「……でも」


「考えといて」


「……」


「……俺、本気だから」


「あ、」



カジュアルな服装で、今時の大学生だとわかる男は朔良の腕を離してから手を振って「じゃあ」と笑顔で去っていった。



朔良の友人であろうと察しがついたが、余計なところまで察しがついて、創はスーツをまとう体からジワリと不快な汗をかいた。



コール音は創の左耳から止まない。


男が去った方向を眺めていた朔良はようやく自分のスマホに目を落とした。



スマホの画面を見た朔良は目を見開き、少し見つめていた。



その一部始終を創はただ眺めていて、



『もしもし』



二重に聞こえるそれに返事をするのを忘れた。



『ソウ?』



朔良の声が聞こえているが、創は朔良の姿を見たままで、言葉が発せることができなかった。



『……ソ──』



創の名前を呼びかけて、朔良も声にすることを止めた。



携帯を手にしたまま、朔良は数メートル先にいる創を見つけたのだ。


お互い携帯を片手に見つめ合い、立ち尽くした。



どちらが切ったのか定かではないけれど、耳から携帯を下ろした。



「ソウ」



小さな声だけど、口の動きで名前を呟かれたとわかった創は朔良のところまで、やっと歩けた。



「……偶然、だね」



創の第一声に朔良は笑った。


でもその声も表情も固かった。



「あは、ははは、は。びっ…くりした。何?どうしたの?」


「いや……就活帰りで……たまたま通ったから」


「そっか。ソウのスーツ!初めて見た!……うん、カッコ良いね!!」



そんな言葉ひとつで創の胸にドキッと喜びと照れが走る。


でも今はそれだけではない胸のざわつきも同時に抱えていて、ただの喜びと照れでは済まない不協和音が体内を巡っている。



「あの……その、手紙送れてなくて…ごめん」


「あ、う…うぅん。就活頑張ってるんだもんね」


「……うん」


「……」


「……」



さっきの男は誰なのか。


創は聞いていいものなのか、迷う。


迷っていたのが伝わったのか、朔良から口を開いた。



「ソウ、……さっきの見てた?」


「さっき……って、何が?」



白々しい返事しか思い付かない創は自嘲じちょうしたくなる。


表情は固いが朔良は尚も明るく振る舞おうと努める。



「あ、あのね!今日、大学の友達でバーベキューしてさ!卒業する前に皆でたくさん遊ぼうって」


「うん」


「社会に出た先輩とか先生も今のうち遊んどけってすっごく言うし」


「うん」


「あ!遊んでばっかじゃなくて、ちゃんとバイトもしてるし、お母さんのところも通ってるよ?」


「うん」


「それで……それで……」


「……うん」


「ソウは?何してた?」


「就活…………かな」


「……うん、だよね」


「……」


「……」



気まずそうに視線を落とした朔良を創はただ見ていた。



前回会った時よりも髪が伸び、前髪も横に流して大人っぽくなったような印象を受ける。


夏を通してハツラツと遊んだのもわかるような生き生きさも伝わり、悔いのない学生生活を送っているのだろう。


その姿が可愛い。



そして綺麗になった。



綺麗だ。



創は自分を見下ろす。


前へ進んで大人になっている彼女に対して、自分はただ足踏みをしているだけなのではないかと不安になる。


先程は会いにいこうと思える程、前に進んでいると勘違いをして、浮かれて会いにきた自分が恥ずかしい。



「ソウ……あのね、」



朔良は自分の手を擦りながら創から視線を反らす。



「さっきの人ね、同じ大学の友達でね……うん、ずっと友達だったんだけど……」


「……」


「あは、あははは。今さら私の何が良くなったんか、そこらへんはかなり謎なんだけど。ずっと『お前なんか女じゃねぇ』とかって笑ってたのに」


「……」


「でも……なんか、最近……えっと」


「告白された?」


「……」



驚くほど冷たい声を出したと創も自分で吃驚びっくりしたが、言ったことはもう取り消せない。


それに朔良の顔を見て、創が聞いたことは外れていないと充分に理解できた。



「……ねぇ、ソウ」



創と朔良を通りすぎていく人混みの中、朔良は創を見つめた。



「私、どうしたらいいと思う?」


「……え?」


「一体……何て返事すれば…いいのかな?」



創は息が詰まった。


伝えたいことがある。


ずっと、ずっと……


朔良に伝えたいことがあるのだ。



しかし、朔良の問いに創は答えが浮かばない。



「それは……」



それを言うには、創は自分のことがわからなくなる。


一体、どの立場からそれを言う?



いとこ?


友人?


幼馴染み?



ささやかな文通相手……



創は唾を飲んでから、朔良と目を合わせた。



「それは……僕に決めれることじゃ、ないよ」


「……ソウ」


「サクちゃんが考える……ことだし、」



必死に冷静になろうとした頭で出した答えをゆっくりと言った。



言われた朔良は少し天を仰いで、考える素振りを見せてから笑顔で頷いた。



「あはー、だよねー。うん、私が決めなきゃいけないことだよ。うん…そりゃそうだー」



そう言って朔良は笑った。


笑っていたのに、その顔のまま目から涙が突然溢れた。



突然のことで創は驚いてしまった。



「サクちゃん?」


「ごめん…これは……その、」



さっと朔良は自分の顔を片手で隠した。


しかし声は明らかにしぼんでいく。



創は朔良にさらに近付いた。


その肩に触れる直前、



「わかってるから!」



朔良は声を張り上げ、両手で顔を覆い、泣き出した。



「聞いてもしょうがないとか…わかってる!!ソウを困らせたいわけじゃないの!私だって考えてるもん、すっごく!!」



宙に浮いた手はそのまま拳を作り、創は下ろした。



「ごめん、僕も……泣かせたかったわけじゃ…」


「ソウが頑張ってるのは知ってる!ってか、頑張ってほしいし!!私の内定のことだって言うか言わないか実はすっごく悩んで、ソウの重荷にならないかなーってタイミングとか考えて…でも言い逃して気まずくなるのも嫌で、結局、報告して」


「うん……わかるよ」


「わかんないでよ!!」


「……え?」


「そういうソウの優しさが苦しい」


「サク──」


「私だって遊ぶし、でも頑張るし、でもソウとも会いたいし…なのに待つことしかできない……それも嫌なのに…、なのにこんな時に友達から告白されて……わけわかんない。ソウは……こんな時でも優しいのが辛い」



時系列が崩れるほどに喋ることを朔良は止められなかった。



「違うの……ごめん。こんなこと…本当は言いたいんじゃないの。だってソウは頑張ってるもん!!それぐらいわかるよ!!絶対に私に八つ当たりしないし、先に内定決めた私をひがんだりもしなかった……そんなソウの優しさにこれ以上、何の文句を言えっていうの?だけど──」



創のふところに朔良が突然飛び込んだ。



創は小さなその体温に動揺を隠せなかった。


朔良は創の胸でそのまま泣いた。



「なのに……寂しいとか思っちゃう。私の気持ち、言いたいのに……言ってソウの生活乱したくもないって思っているのに……」



創は朔良の肩を抱くこともなくただ立つ。



「なのにこんな時に突き放すみたいな言い方されたら余計に寂しいよ」


「突き放すって……」


「私が考えて私が返事するのは当たり前だよ……そうすべきだけど……苦しい。都合のいい我儘だってわかっているけど……私がソウから聞きたいのはそういうのじゃないの」


「……」


「ソウの気持ちがわからなくて……苦しい。私……一人…バカみたいに手紙待ってみたり…キスひとつですぐ心揺さぶられて舞い上がってみたり……でも、私達って……何?」



創は朔良を抱くことも出来ずに突っ立って、胸で泣く朔良を見下ろすだけだった。



「……ねぇ、ソウの言う『ちゃんと』って何?私は……私は『ちゃんと』なんて無くたって……私はただ……」



言葉の続きを朔良も言えなかった。



濡れた瞳で創を見上げた。



「私は……ただ……ソウと……」



創はその涙を指ですくった。



「……ごめん」


「……ソウ…」


「ごめん……泣かないで」



もし今自分の本音を口にしたら、創は後悔することがわかっていた。


本当は誰とだって一緒にいてほしくない。


遊びに行くどころか…自分以外の男が朔良に触れたり……話すことさえもしてほしくない。


独占欲。



それを口にして、何になるんだと創はわかっている。


そんなことをして朔良を縛ったって結局最後は後悔すると創は自分をわかっている。



創の願いはただ、朔良が無邪気に笑顔でいてくれることだ。


それを泣かしているのは誰か。



創は他ならぬ自分だと……胸が苦しくなった。



「ごめん……サクちゃん、僕は……」



朔良は創が話す途中であるにも関わらず、創を突き飛ばすように体を離した。



「ソウの……バカ」



背中を向け、歩き出す朔良との距離を縮めることを創は出来なかった。


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