only

Lunation~only… ~それだけの唯一


◇◇◇◇


面接へ行ってきた帰りに大学へ寄った創は日が落ちていくごとに気温も下がっていくのが体感でわかった。


マフラーやコートを身に付けていても追い付かない。



肌寒い。



とても。



創は朔良が行ってしまったあの日、帰ってすぐに手紙を書いた。


手紙を出すのが遅くなったことを謝り


突然会いに行ったことを謝り


泣かしてしまったことを謝り



謝ってばかりの文をつづり、それで終わった。


次にいつ会えるのかを聞くことは出来なかった。



そうして月日が過ぎた。


もう少しで今年も終わる。



朔良からの返事はまだである。



いつもより返事が遅いように感じる。


朔良と今の自分が同じ気持ちだったと思うのは、おこがましいかもしれない。


だが、創の返事が遅れた時も朔良はこんなにもどかしく虚しい時間を過ごしていたのだろうかと、創はただ苦しくなるしかなかった。



「あ……創くん」



ゼミの教授の部屋へ行く前にピロティで由奈と会った。



数人の友達といた由奈は「先に行ってて」と友達に一言断り、創のもとへ来た。



「先生から聞いたよ!今、最終面接が3つも残ってるらしいじゃない。絶好調だね」


「……」


「あれ?」



皮肉なことに、就職活動の方は順調に進んだ。


それは『こんな時なのに』なのか『こんなことになったから』なのか、わからなかった。



ただ満たされていないことはわかる。


何かひとつでも上手くいっているなら喜べばいいはずなのに、創は初めて自分の欲張りさを知る。


そういう意味でも自分について知れる就職活動とは追い込まれて自分の本性が出て──そうして自分を知ることなのだと、これまた皮肉な思考が巡った。



「なぁ…由奈」


「え?」


「嫉妬深い男と自分の気持ちを隠す男……どっちがいい?」


「藪から棒だね」



創が黙ってジッと見つめて待つと、由奈は唸りながら創への返答を真剣に考え始めた。



「私はヤキモチ焼いてくれる人好きだけど、それで束縛されるのはまた別で嫌かなー」


「……まぁ、だよね」


「ごめん、なんか微妙に的外れなこと言ったかも」



謝る必要もないのに由奈の生真面目さに少し笑った。



付き合っていた当初はこの一生懸命な生真面目が好きだったことを思い出した。


しかし今は、それがトキメキとして胸に芽生えることはない。



由奈は小さく「フフッ」と笑った。



「就活上手くいってても彼女とは上手くいってないんだ?」


「……え?」


「だから創くんはわかりやすすぎなんだって」


「……あ、ごめん」


「謝んなくていいのに。創くんは相変わらずだね」



由奈は視線を反らして少し声を小さくしてから言った。



「まぁ……そういうところが一緒にいて安心できたっていうか…だから付き合ったんだけどね」


「……え、……あの」


「上手くいってないなら、なんなら私とやり直してみる?」



創は由奈の笑顔に目を開かせた。


言葉がすぐに出てこなかった。



そんな創に由奈はもう一度小さく「フフッ」と笑った。



「……冗談よ」



そう言った由奈は眉を僅かに下げた。



それが本当の冗談なのかどうか、創は深く思い止めることなくただ首を傾げた。



「あのね、創くん」



暗い顔も一瞬で隠した由奈が創を見上げた。



「どっちの男がいいかって創くんは聞いたじゃない?」


「え……うん」


「本当はどっちでもいいんだよ。いや……どっちもダメとも言えるかな?」



なぞなぞのような由奈の言葉に創は瞬きをした。



「えっと……ごめん。よくわからない」


「好きな人にだったら、束縛させても放置されても、本当はどっちでもいいんだよ」



由奈は笑顔はどこまでも柔らかかった。



「そしてどっちでも満足出来ないの」


「正解がない……ってこと?」


「そんな難しいこと言ってるんじゃないの」



ヒントもないなぞなぞが続き、今度は創の方が眉を下げた。


由奈は「女の子はね…」とゆっくりと喋った。



「嫉妬されてグチャグチャに文句言われたって、いつも本音で語ってくれなくたって建前の笑顔を見せられても……傍にいてくれたら、それだけでいいの。でもたった一言を言ってくれなきゃ、それだけじゃダメなの」


「たった一言?」


「そう。たった一言」



今度は創にもわかった。


わかったが、由奈の『難しくない』に賛同できず困り顔で少し笑っただけだった。



女の子はいつも簡単で難関のことをストレートに求める。


それは矛盾したこと


だけど不可能ではない唯一。




◇◇◇◇




来年には契約が切れるアパートへ帰る途中、そのアパートを大学卒業したあとはどうしようかと創は考えた。


場合によっては更新してもいいし、職場に合わせて引っ越すのもいい。



どんな未来でも、一ヶ月先ですら見えない。


だけど以前の不安だけでなく、どこか希望を漠然と感じれる。



だがそこに朔良がいるのかはまた話は別である。



そんな気持ちで創はアパートに戻り、郵便受けを開けた。



創は心臓がとまるかと思った。



一通の便箋。



それを手に階段を駆け上がり、急いで部屋を開け、荷物を投げた。


そのまま急いで便箋を開けようとしたが、手が止まり躊躇ちゅうちょした。



これを読めば、答えが出て、全てに終止符が付くのではないのかと創は喉が詰まるような思いとなる。


だが迷ったのも一瞬で、結局すぐに封を切った。


朔良の字を求めた。



手紙は一枚だった。



――――――


ソウのバーカ!


ソウのバカバカバカ


バカ!



――――――



最後にアッカンベーのイラスト付き。



たったそれだけだった。



それだけだったのに、創は愛しい思いと詰まる思いに手で顔を覆い、しゃがみこんだ。



返事をもらえて、良かった。


あのあとすぐにでも…


すぐに電話でも、走ってでも、会いに行けば良かったのだと、創はようやく自分の情けない愚かさに気付いた。



ののしられて当たり前。


だけどそれを手紙にして伝えてくれた朔良の強さと優しさに泣けた。



心臓の音がひとつひとつ体に刻まれていく。


溢れる気持ちで顔が熱くなり、体の奥から震えてくる。



創は堪らず、あぁ…─と声を漏らした。



好きだ



それが全ての感情の矛盾に説明出来る唯一。



好き


好きだ



何度も何度も深呼吸を繰り返した。


そして創はもう一度、手紙を読み直して息をこぼすように短く笑った。



早く朔良を迎えにいかなくてはいけない。



束縛したい、束縛したくない。


見たい、見たくない、見せたい、見せたくない。


泣きたい、怒りたい、笑いたい。


触れたい、触れられない。


辛くて、甘い。



女だけではない。



簡単で難関なことを真っ直ぐに欲しい。


男も女も、最後は同じ事を願うのだ。




そんな不可能の全てを叶えられる唯一を。


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