promise

Lunation~ promise ~ 約束


◇◇◇◇


たくさんの面接を受けて、今までのどれが好感触であったのか、正直わからない域に達してきた。



疲れた気持ちのまま、がむしゃらに頑張るとどこで働いてもいいという気持ちにすらなる。



でも…──


創は面接を終えて会社を出る前に振り返った。



例のタペストリーがある会社だ。


今日の面接が通ったら次回こそが最終選考となる。


最終選考に行けたとしたら来週。


今月──今年中に結果が出ることとなる。



創は星空を見るたび、自分を奮わす。


そして朔良の手紙を思い出す。



一体、未来の自分が何をしていたがっているのか見失わないために。



見上げていると、玄関の自動ドアが開いた。



一人のサラリーマンが入ってきたのを見て、ここの社員だと察した創は背筋を伸ばした。



「こんにちは」



緊張して、いつもの自分よりも大きくハッキリと挨拶をした。


自分を偽っているみたいで嫌だった就活生のこの感じがようやく慣れてきたように思う。


しかし未だに耳が熱くなるのは否めない。


創はつくづく営業向きではない。



挨拶されたサラリーマンは創を見た後、タペストリーを見上げ、もう一度創を見た。



「あー……今日、面接にきた人?」


「あ……はい!」


「ハハハ、ハツラツしてる感じが若っ!」



本来の自分はそこまでハツラツとしていないのだがと、戸惑い俯いた。



そのままエレベーターに乗り込むと思っていたら、創の前で立ち止まった。



創はこのまま立ち去った方がいいのか、どういう行動が失礼でないかと頭を働かせて、固まった。



「なぁ、もしかしてアレ好きなん?」


「え?」



『アレ』で星空のタペストリーを指差した。



「すっげぇガン見してたからさ」



そう言って男は笑った。


近くで見たら創と年齢はさほど離れていないように見える。



「……好きです。アレを見ていたら、頑張ろうって思えます」


「アハハ、だな。俺もアレ好きだよ。もしかしてこれ気に入って採用試験受けた?」


「いえ……応募は知り合いに教えてもらいまして」


「知り合い?この会社の人間?」


「あ……いえ、その。プラネタリウムの……」


「山内さん!?」


「あ……ご存知でしたか」


「ご存知、ご存知!取引先だし、つーか俺が大学生の時、ゼミで山内さんのプラネタリウムに行ってたんだから!!」


「……あ」


「え?」


「……僕もです」


「なんだ!!後輩じゃんか」



男は更に笑った。



「そっかそっかー後輩かー。頑張れよ!!俺は人事でもないし、まだまだ下っぱだから何の権力もなくて、何も出来ないけど応援はしとくよ」


「…─っはい!!ありがとうございます!」



創はやっと自然な笑顔を作れた気がした。



「あ…そうだ。応援ついでにコレやるよ」



鞄から出されたものを突然に渡された創は咄嗟に受け取った。


一冊の雑誌だった。


丸まってクセがついている。



天体関係で有名な雑誌だった。



雑誌は丸まっているだけでなく、ドッグイヤーの折り目も付いていた。



「ほら、ここ!来月はなんと言っても──」


「あぁ、はい。知ってます」


「星好きなら当たり前か!楽しみだな!!」



面接した会社ということも忘れ、創は男と一緒に笑った。


男も社内に戻り、創は会社を出て、深呼吸した。



そしてスマホを出した。


『明日は朔良に会いに行こう』と昨日決めていた今日。


創は面接室に入る前と同等かそれ以上に緊張したのが痛いぐらい自分でわかった。



電話を掛けてみた。



早く会いに行かないと。


繋がらなかった場合はどうしようかと少し思い始めたところで呼び出し音が途切れた。



『もしもし』



一瞬、息が止まる。


肩を下ろすように鼻から息を吐き落ち着こうとしても、心臓は早くなる。


それでも創はゆっくりと名前を呼んだ。



「サクちゃん?」


『……』


「サクちゃん」



冬ということも関係なく、体が温かくなっていく。



『……ソウ』



聞きたかった声が耳をくすぐる。



『どうしたの?電話……あ、家の近くまで来てるの?』


「あ……いや、何かあったわけじゃないけど……」


『そ……なんだ』


「ただ……何て言うか……その、」


『うん?』


「声が……聞きたかった」


『……えっ……』


「……うん、サクちゃんの声が聞きたかった」


『……』


「それで、もしサクちゃんさえ良かったら……」


『……』


「会いたい…かな」


『……』


「今すぐにでも」


『…………ソウ』



声が聞きたいと創は言ったのに、朔良の口数が少なかった。


だけどそれでもいいと創は思えて、口元がただ緩んだ。



「サクちゃん…」


『ソウ、わがまま言ってもいい?』



創の答えは決まっていた。


朔良はそれを言っていいのだと。


だからすぐにと答えられた。



「いいよ。何?」


『……会いに来て』


「……」


『今すぐ』



創の中でそれは我儘のうちに入らなかった。



…──




電車から降りた創はそのまま走り出した。



冬の昼下がりとはいえ、走るたび冷たい空気が頬を突き刺すように撫でた。


朔良が住むマンションまで迷うことなく真っ直ぐ走り続けられた。



ノンストップの走りは余計に息が上がった。


赤信号で息を調え、青になればすぐに走り出した。



しかし創は苦しいと全く感じなかった。



マンション前に差し掛かった時、



「──ソウ!」



呼ばれて、創は一度急停止した。



待ちきれなかったのか、マンションの下で待っている朔良がいた。


体が熱くなり、創は熱を逃がすためにマフラーを取り外して、朔良の元へ大きな歩幅で歩き、近付いた。



「……なんで──」



創は言い掛けて、止めた。


朔良はそんな創を大きな目でただ呆然と見上げていた。



「ソウ……走ってきたの?」



迷わず創は朔良を抱きしめた。


息が収まらず、肩で息をしたまま、強く強く抱きしめた。



「なんで……サクちゃん外で待ってるの?風邪引くよ」


「なんで……って……」



覆い被さるように抱きしめて、離さずにいる創の背中にソッと朔良は手を回した。



「…………ソウ」


「うん」


「……ソウ、ソウ。………ソウっ」


「うん」



創は腕の中で嗚咽が聞こえてきて、なんだか朔良を泣かせてばかりだと眉を下げたい気持ちとなったが、力を弛めることなく朔良を抱きしめ続けた。



「ごめん……ごめん、サクちゃん」


「ぷ…はは、何に謝ってるの?」



強い密着を解くと、涙の筋を残したまま朔良は小さく笑い、その頬を創は掌で拭い、撫で、包んだ。


朔良はもう一度、創の胸に頭を預けた。



「ソウの体……熱い」


「……うん。走ったから」


「ソウはいつも走ってきてくれるね」



ストール一枚で待っていた朔良の体は冷えており、創は自分のコートで包んで抱き寄せた。



「サクちゃん…冷たい。本当に風邪ひくよ」


「大丈夫だよ、これぐらい」


「ダメだって。今の季節……」


「でも……今は温かいよ」


「……うん」



朔良はコートの中で腕を回し、創も抱き締め直す。



「ソウ、今日も就活?」


「うん、今日も行ってきた」


「うん、そっか!!」


「リアルにラストスパート……かな」


「うん」



創が根負けせずに頑張っているのを聞くだけで朔良は嬉しかった。


ネクタイにおでこを寄せた。



「……ソウ、こないだは…感情ばっかぶつけて……ごめんね」



創は朔良の髪に顔を乗せ、「うぅん」と首を振った。


手紙も良いと思うが、一ヶ月二ヶ月かけて繋げる会話をすぐに分かち合える、この時間に幸せだと思った。



「サクちゃん…」


「うん?」


「こないだの言ってた…アレ」


「アレ?」


「告白」


「え!?」


「こないだの告白……何て返事…した?」



創は努めて冷静に、しかし恐る恐るとゆっくりと聞いた。



朔良はコートの中で創の腰をつねった。



「痛っ!?」


「だから言ったんだよ、ソウのバカって……」


「え……あ、あの手紙のこと?」


「バカ、ソウのバカ」


「……う…、うん」


「断った」


「…………そっ…か」


「『好きな人がいるから』って」


「……」


「断ったあと、すぐに家に帰ってソウにあの手紙書いた」


「……うん」


「……次は知らないよ」


「うん」


「ホントのホントに、知らないんだからね!!」


「うん」



少しずつお互いの体温が移っていくことや、朔良の言葉ひとつひとに創は鼓動を弾ませ、ゆっくりと相づちを打った。


失いたくない。


こんなにも好きだと思う。



朔良が顔を上げて、創を見つめた。



「ソウ」


「うん?」


「やいた?」


「え?」


「……ちょっとはヤキモチ妬いた?」


「……うぅん」


「ふーん……そっか」


「『ちょっと』じゃなくて『すごく』妬いた」


「……」


「すごく」



朔良は顔を背けてしまった。


そして赤い顔でようやく創から離れた。



「こ……ここでずっといたら……さすがに寒いよね!あ、うちん家上がる?」



創は首を振った。



「今日は帰るよ」


「……ちょっとでも…ダメ?」


「本当に声が聞きたかっただけだし、卒論も残りの選考の準備もあるし」


「……私もまだ、卒業制作……」


「それは僕より大変なんじゃない?」


「……」


「……それに、」



創は少し笑った。



「ここで我慢出来なかったら……困るしね」



朔良の前髪を指で流し、晒したその顔をジッと見つめた。



「ん……そっか」



朔良もくすぐったそうにして、頬を上気させる。



「えっと……ソウ……その、」


「ん?」


「面接とか、まだまだあるんだよね?」


「うん。明日も来週もある」


「クリスマスとかも…忙しいよね?」


「それはサクちゃんもじゃなくて?卒制の〆切いつ?」


「そうなんだけど…でも……」



朔良は表情を曇らせる。


創が見たいのはそれではない。



「来月の最初の週の日曜……空いてる?」


「え……来月…てか来年じゃん」


「うん、大丈夫?」


「そこなら……忙しいピークも過ぎてると思うけど……なんで?」


「その夜、ちょっと出掛けよう」



創は思う。


笑顔が見たいと。


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