loves and characters
Lunation~ loves and characters ~愛と個性
「君はまだ若いし、チャンスがあるからこそあえて言わせてもらうよ。アドバイスとして聞いてほしい。君に営業は向かないんじゃないかな?」
社会の先輩となる面接官の年配の男性に、面接の最後の最後にそう言われた。
結果を聞く必要もない最後だった。
創は足取り重く帰路につく。
アドバイスだとしても、無責任な言葉だと思ってしまうほど、創にそれを聞き入れる余裕はなかった。
これからも関係が続くような間柄でのダメ出しと、これっきり最後の言い逃げのようなものとでは、受ける印象が違いすぎる。
真夏日の夕日は長く、星にはまだ遠い。
暑かったネクタイを弛めて、郵便受けを開けた。
広告、ダイレクトメール……しかし一番に1つの封筒に目が行った。
愛しい気持ちでそれを丁寧に手に取り、階段を上った。
鍵を開けて家に入り、すぐにベッドに腰掛けて便箋を広げた。
―――――
暑いよー!
ソウは夏バテしてない?
私はバニラアイスにクッキーをくだいたオリジナルアイスで夏バテをしのいでるよー
まー…マルシーはハジメさんですけど。
パクリじゃないよ!!リスペクト、リスペクト(笑)
あの時のお泊まりから一年過ぎたのかー
早い!!
そういや、今の季節は雲が多くない?
私の家の周りだけ?
夜は星が見えないよ(>_<)
街じゃ満天の星ってのにも限界あるね。
おばあちゃん家はたくさん見えたのにな…
そういえば、あのときも……
……
――――
創は二枚になる手紙を最後まで読んだ。
窓の外を見れば、空のオレンジは深いパープルのグラデーションが始まっていた。
面接で落ち込んだ気持ちはいつの間にか薄らいでいた。
朔良は文字だけでも励ますことが出来るのかと、創は驚きながらも口元は笑った。
空を見続けながら、最後に会った朔良とのことを思い出していた。
朔良の柔らかな唇とキメ細やかな肌触り。
笑顔とハツラツとした声。
『ソウ』
「……っ」
朔良を思うと、自然と創の体は熱を持ち出す。
創は深い溜め息と早まる鼓動とともにベッドに仰向けで倒れた。
今はそんな想いに更けている場合じゃないとわかっているから、なおのこと溜め息をついた。
自分のやりたいこと
自分に出来ること
自分に向いていること
自分の思いと過去の経験を照らし合わせて考えてみるものの、何をしたらいいのかわからない。
さっそく朔良に返事を書こうと、起き上がってペンを握ってみたが、何を書けばいいのか思い付かなかった。
夏休みが終わっても、学校では卒論もそこそこにして、すぐ帰ることも増えていった。
そういう生徒も増えてきたし、入学当初から真面目に通っていた創は卒業に必要な単位は充分に取れているのだ。
あとは卒業論文と就職先。
◇◇◇◇
あくる日の昼過ぎ。
残暑を肌に感じながら、創は『ある所』を目指した。
ゼミの教授の授業でほんの時々訪れた場所
小さなプラネタリウム施設。
1階は児童用施設も兼ねていて、絵本や積み木や…子供用の小さなビリヤード台まであったりする。
スリッパに履き替え、星の一年と称したパネル写真達が壁に続いていくのをゆっくりと歩いて眺めた。
「昼間から大っきぃ子供がおると思たら……」
ハッキリと大きな関西交じりの声が創に向けられた。
創は頭を下げた。
「山内さん……こんにちは」
「どや!?上手くいっとんのか!?」
「ぼ……ぼちぼち、でんな~……です」
「自分、使いどころちゃうで?寒い関西弁使うなや」
施設の事務員をしている山内は創の父親と同じぐらいの年齢だが、創の父親よりも恰幅がいいし、元気である。
創は奥の事務室に通してもらえた。
「自分らが作ってくれたデータ、むっちゃ使ってんで!夕方の部でプロジェクター流すけど見てくか?自分らのデータが元になってるプラネタリウム」
「はい!」
「お前らも完成品見たんやろうけどパソコンでやろ?天井いっぱいで見るんは、やっぱちゃうで。それに自分達が作ったもんが形になったんは、何度見ても最高やしな!!」
他にいる数人の事務員も創と面識があり、軽く頭を下げて創が事務室に入ることをとやかく言わない。
奥にあるソファーに腰を下ろした創の前に緑茶が置かれた。
「うちんとこもな~、職員募集すんのならハジメくんを即採用したんのになぁ!今年は募集してへんからなー。ホンマごめんな」
「いえ、そう言ってもらえるだけで光栄です」
「景気悪いんがあかんのや!ホンマ頼むでニッポン!」
山内がこうして創に対して親身になってくれているのが、有り難く感じる。
ここで働けたら……何度も思った。
そう思っても、小さなこの施設で毎年毎回、職員募集をかけない。
仮に募集したのだとしても……
「僕なんかを雇っても足手まといですよ」
数々落とされてきた面接を思い出して、創は苦笑した。
山内は眉をひそめた。
「何やねん、足手まといっちゅーんは」
「僕は明るく活発でもないし……これと言って気が利くわけでもない。目標も立てられない。働いても、きっとご迷惑になるかと」
山内は大声で笑った。
「アホか!どんな根暗が来ようと根明が来ようと新人はどこのドイツも最初は役に立たんわ!!」
「は……はぁ、」
「育てる根性が有るか無いかやろ。そら即戦力になりそうなの選びたい気持ちはあるけど、それやってたかが知れてるやんか。そんなもん人ん家の玄関見て、便所もお風呂場も見た気になったドアホか、エスパーや!」
創はクスッと笑いをこぼした。
過激な口の悪さも山内の人柄で明るく変わる。
一緒に来ていたゼミ仲間の中ではお節介すぎる山内を敬遠したがる人間もチラホラいたが、創は山内が好きだった。
「僕も山内さんみたいにポジティブになりたいです」
「アホか!お前もドアホか!!ワシものごっつネガティブやっちゅーねん!!」
「えー?」
「ホンマ!ホンマはむっちゃナイーブやねんで!!」
デスクで仕事をしていた他の事務員に「なぁ?」と大きく同意を求めた。
部屋全体はクスクスと可笑しそうにする声が重なって、柔かな空気に包まれた。
その笑いは山内の発言の見当違いに笑っているようにも、山内の本当の姿を知ってるからこそ笑っているようにも聞こえた。
大した返事がなくても山内は気にしない様子で創に向き直った。
「それに俺はネガティブな奴のが好きやで?」
「山内さんはまた適当なこと言って……」
「ホンマ!本物のネガティブは反省出来るからな」
「はは、そうですかね」
「ポジティブも時と場合によってウザいやん?ポジティブにはポジティブのメリットデメリット、ネガティブのメリットデメリット……それぞれある。人が求める優秀ってのは一個ちゃう」
山内は豪快に緑茶の入った湯飲みを煽った。
「せやから落としてきた会社のせいで、頑張ってきた自分までを否定してやんなよ。『ぼちぼち』でも落ち込むな」
創は人に恵まれていると感謝した。
最初はゼミのほんの少しの時間で出会っただけなのに、今でも繋がっているこうした縁に感謝したくなる。
だから頑張らないと焦ったりもするが、貰った応援は少なくとも自分の足元を見る余裕となる。
『うん、それが星だったら……』
朔良の言葉が頭の中でかすめる。
自分の足元。
何がしたいのか…
そして何が出来るのか。
「山内さん」
「何や?」
「今、就活で色んな所に進んで応募してるんです」
「へー」
「食品とか、教育とか、広告も……」
「それは節操無さすぎちゃう?」
「はい……大学で学んだことも意味ないくらいに」
「まぁ、興味あるんなら無理に学部関係のものを選ぶ必要ないけどな。工場とかやったら、受かりやすいかもなー。人手欲しいやろうし」
「それも考えました。でもその前に頑張ってみたいことが……あります」
「ん?」
「僕、結局…やっぱり……星と関わりたいです」
「……」
「星が、好きです」
山内は黙ったが、口角を上げた。
朔良の笑顔も思い出す。
創はゆっくりと続きを話した。
「望遠鏡などを取り扱っている会社とかにも頑張りましたが……断られました。『君に営業は向かない』」
「まぁ、せやろな。それは
「……はい」
「まず自分の武器を知らな、どんなもんとも戦えんわ」
「長所……とか、特技ですか?」
「そんなわっかりやすいもんで戦えたら世話ないわ!」
山内さんはやっぱり笑った。
「なぁ、さっき面接だけでたかが知れてる言うたやんか?」
「はい」
「やる気の底なんて見えへん。雇ってからも続くかも謎。技量やって、5年10年待てば終いなわけや……じゃあ結局、一体何で決めるんか」
「……え、わ…わかりません」
「結局は面接官やって人間。最後は人柄と愛」
「え……えぇ?」
「なんとなくのインスピレーションとか、趣味がサッカーで自分もサッカー好きやから愛着沸くとか……人手欲しかったら、ぶっちゃけどんな人間だろうとかまわん。だからこそフィーリングで頼る」
「山内さん、無茶苦茶言ってませんか?」
「運命っていうのは、いつだってムチャなもんやねん」
創は山内の熱弁に呆然とした。
仕事を選ぶのも、また運命。
人と人との巡り合わせ。
山内は身を乗り出して、創の顔を凝視した。
「それで!や」
「は…はい」
「お前の人柄と俺の愛で、ある所に受けてみるか?」
「え?」
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