slowly night

Lunation~ slowly night ~ゆっくりと流れる夜


「お腹一杯!ラーメン最高!!」


朔良は澄んだ冷たい空気に向かって満足の溜め息をついた。



創は寒さから防ぐために入れていた手をスマホと一緒にポケットから出した。



サイドボタンを押して、時間を表示させた。



「そろそろいい時間だね」


「いい時間?」


「うん、もう遅いし……帰らないと。サクちゃんも電車なくなっちゃうよ?」


「……久々に会えたのに1日が終わるのなんて一瞬だね」


「二月は日が落ちるのも早いしね」


「……」



朔良は黙って創の腕に手を回した。



「サクちゃん?」


「あーっ、寒ッッ!!コンビニで肉マンでも買おう!」


「ラーメンのあとに肉マンとか……太るよ?」


「うるさいなー」



朔良はケラケラ笑いながら、創の横腹を小突いた。


そしてそのまま愚痴をこぼした。



「あー明日も説明会だよ。やだなーめんどい」



春休みといっても、創も朔良も就職活動で忙しく、暇ということはなかった。



「めんどいー。明日はサボっちゃおうかな……」



そんんあ朔良に創は少し眉毛を下げて笑った。



「就活は頑張ろうよ。サクちゃんやりたいことあるんでしょ?ちゃんと」


「あー……でもまた大人に近付いていくのがヤダ~遊んでいたいよー」



そうはいっても創が言っていた通り、朔良には一応夢を持って、それを目標に就活を頑張っている。


創は自分には一体どんな仕事をしたいのかわからないままとりあえず就活をこなしている感じであった。



だから朔良よりも大人へ近付いていくのを憂鬱に感じていた。


自分の気持ちはどこへ向かいたいのか、わからないから。



とりあえず足だけは駅へと向かった。


歩いている方向で朔良も見送られることを察した。



「……ソウ」



名前を呼ばれて創は隣の朔良を見下ろした。


茶髪だった夏の髪色は今の季節と就活に合わせて、黒に戻っている。



「……帰りたくないな」


「……へ?」



創は思わず間抜けな声を出したが、すぐに慌てた。



「な……何、」



創が何かを言うよりも先に朔良は目を光らせて、いつもみたいに声を弾ませた。



「ね?今日はソウん家に泊まってこうよ!夏みたいに」


「何言ってるの!?駄目に決まってる!」


「えーっ!何が駄目なの!?」


「夏だったから布団なくても大丈夫だったけど、今の季節は寒くて無理!僕ん家はベッド一個しかないんだよ?」


「それはもう一緒にベッド使っちゃえば…」


「ダメダメダメ!駄目だ!」



全力で否定をする創と違って、朔良は楽しむかのようにニヤニヤと笑う。


一体どこまで本気なのか、創にはわからなかった。



創は赤面を誤魔化すように耳たぶを掴んで擦った。


その間に駅に着いてしまった。



「切符買ってくる」



ごくごく自然に朔良との腕がほどけた。


創が『あ』と思った時には朔良とは離れていて、切符を買う朔良の後ろ姿を見る形になった。



もうお別れ。



創は胸の奥で表現し難い苦しさを覚えた。



その正体は切符を手にした朔良が戻った時に明らかとなった。



「じゃあソウ、帰るね」


「う……うん」



寒さで頬を赤くした朔良が顔一杯の笑顔を見せた。



「会えて…良かった!」


「……」


「ホントは……まだまだソウと居たいけど」



心臓が走る。



「……うん」


「また、会いに来るね!」


「うん、僕も会いに行く」


「うん」



息苦しさの理由。


もっと一緒にいたい。



朔良が感じたという寂しさを創はようやく理解した。


自分のノロマさに苦笑したくなった。



まだ……帰したくない。



「じゃあ!ソウ、また手紙――」



気付けば朔良の両肩を掴み、創は引き寄せるように顔を近付けていた。



突然のことに驚いた朔良は思わずそのままギュッと目を瞑った。



唇に近付く最中さなか、創は間近に見える朔良の閉じた瞳に気付いた。



力強くつむりすぎて、睫毛が震えている。



寸前のところで、創は本能のブレーキを掛けた。



ひとつだけ溜め息。



創は自分の我慢強さと弱虫の紙一重に自嘲したくなった。


唇を我慢して、代わりに愛しく感じた震える瞼にキスを落とした。



コスメティックの甘い香りがする。



創の気配が遠退くのを感じ、逆に拍子抜けとなった朔良は赤い顔で瞬きを繰り返し、創を見つめた。



肩に置いていた手はそのまま腕を伝うように下ろし、朔良の手を握った。



「サクちゃん、手紙書くね」


「え……う、うん」



少し慌てて朔良は頷いた。



創の精一杯のライン。


これ以上は駄目だと、自分をなだめる。



「あ……あの、ソウ」



顔が紅い朔良は鞄から小さな――だけどしっかりとしているお洒落な紙袋を出した。




「過ぎちゃったけど……チョコ」


「チョコ?」


「バレンタイン……だったり」



ハニカむ朔良に創はますます気持ちが溢れる。



「ありがとう」



創は受け取った。



しかし自分の想いを口にするには、まだ勇気が足りなかった。

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