substitution

Loose~ substitution ~代用品


「……それでサクちゃんはいつまでここに泊まる気?」


「え~?ちゃんとコンビニとかで着替えも買ってきたよ?あ、歯ブラシも♪」


「そういう問題じゃなくて…」



創は大きく溜め息をつきながら、晩御飯を終えて空になった食器をシンクに運んでいく。



「あ!!はいは~い!!洗い物は私がやるよ!!」


「……割らないでよ?」


「ご期待に添えず申し訳ないですが、そんなドジキャラじゃございませぬ…」



そう言って朔良は腕まくりをする。


一応泊めさせているわけだから、それぐらいは頼んでしまおうと創は読みかけだった本を取ってベッドに腰掛けた。



洗い場から朔良の声が飛んだ。



「ねぇねぇ、ソウ?」


「何?」


「なんで由奈ちゃんと別れちゃったの?」



やっぱり聞いてくるか…と創は頭を掻く。



「なんでって…僕がフラれたんだよ」


「えぇッッ!?」



泡だらけの手で朔良がこっちにやってきた。



「だって私、睨まれたんだよ?なのに由奈ちゃんがフッたの!?睨まれたのに!?」


「知らないよ。それは由奈に言って」



創はベッドで腹這いとなって転がり、本に集中しようとした。



しかし朔良はまだ質問攻めをする。



「ちなみにいつ?なんて言われたの?」



興味津々のトーンを隠そうともせずに聞いてくる。



「……2週間前」


「えぇっ!?けっこう最近!?」


「理由は……言われなかったけど、なんとなくわかるよ」



創は読めてもないページを意味もなくめくる。


由奈と付き合っていた当時に囁かれた言葉が脳を占めた。





『あれが由奈の新しい彼?』


『ホントだ!!通りだね』


『ね!!なんか似てるでしょ?どことなくに』


『でも前のがもっと垢抜けた感じで格好良かったよね!!』


『でもまぁ、由奈が選んだんだし』


『っていっても元カレの面影を追い掛けてるだけでしょ?』




朔良に当時のことを簡単に説明したら、水道の蛇口をキュッと閉める音が聞こえる。



「へぇ~。女の子で珍しいねぇ」


「何が?」


「あれ?よく言わない?男の子は恋の思い出を横に並べてって…女の子は上に積み重ねていくって!!元彼をひきずる女の子珍しっ!」


「……聞いたことない」


「あれれ?逆だっけ?」



創は本を読むことを諦めて枕元に置いた。



「ともかく、所詮のように満足させることなんて出来るわけがないんだよ」



朔良は大学の友達ではなくて、そこでの人間関係とは違うサークルにいるから言いやすかったのだろうか。


それとも幼い自分を思い出して素直になれるのだろうか。


創は今まで誰にも言わなかった愚痴をこぼしてしまった。



朔良の気配がすぐ後ろに感じた。


そう思ってすぐに、朔良はうつ伏せて寝ている創の背中に乗っかって寝てきた。



背中をパタパタと叩かれる。



「…こら、人の背中で濡れた手を拭くな」


「いーじゃん!!すぐ乾くよ!!」



うつ伏せの創に、朔良はそのまま後ろから抱き付いてきた。



「そんなん満足できないのは当たり前じゃん?」


「……サクちゃん?」



さっきまで軽く笑っていた声に凛とした真剣さを帯びた。



「だってソウは他の誰の"代わり"でもない"ソウ"なんだから」


「……」


「ね?」


「……うん」



背中が


温かい。


当たり前の言葉なのに、なんだか泣きそうになった。


トクントクンと二つの心臓が重なるリズムに耳を傾ける。



朔良の重さを感じながらも、創は無理やり体を反転させた。



今、朔良の顔が見たい。



体を回せば、少し驚いた顔の朔良が目の前にいる。



「……ソウ?」



思わず朔良の背中に手を回した。



朔良の反応に構わず、強く抱き締めた。


見えるのは汚い天井。


そして自分の上に乗っている朔良の重みと温度。



右肩にある朔良の頭も一緒に抱えた。


朔良の髪の毛が頬をかすめる。



どちらのものかわからないトクントクンと鳴っている心音が心地良い。



創はそのまま目を閉じる。



やがて朔良もお返しかのように、創の背中に手を滑り込ませてきた。


無意識に体を少し浮かして、創は朔良のハグを許した。



「昔はこんな風に一緒にお昼寝したりしたね?」



首筋で喋られると少しくすぐったくて、少しだけ笑みをこぼした。



「……うん。夏休みの夜…特番の怖い話、テレビ見てる時もサクちゃんこんな風に抱き着きながら見てた」


「それはめちゃくちゃ小さい時でしょ!?」


「怖かったら見なきゃいいのに」



思い出話に二人はクスクスと笑う。



目が合った。


それが合図だった。


どちらが先に触れたかなんて、どうでも良かった。


唇を合わせる。



合わせた唇は啄むように何度も音を立てた。



朔良の背をベッドにするため、創は回って朔良に覆い被さった。


そして角度を変えて、またキスをする。


扉をノックするように啄ばめば、朔良の口が少し開く。


合意と見なして、舌をねじこみ、キスを深くした。


創がずっと恐れて意識しないようにしていた、その柔らかい胸に手を伸ばした。



その手に朔良は僅かに揺れて体を強ばらせたが、すぐに力を緩めて、特に抵抗もしなかった。


先程からディープキスで洩れる甘い声が創をより熱くする。



創は微かな興奮の中、舌も手もエスカレートしていく。



一度、唇を離して朔良の顔を見る。


創はそこで固まった。



荒い呼吸で上下させる胸。


色っぽく濡れた瞳。


淫らに広がる髪。



「……ソウ?」



甘い声。



創が押し倒して舌と手を這わせていたものは、完全に女である。



でもそれは、"従姉妹の朔良"だ。



幼い頃を知っている朔良。


何も知らずに無垢に無邪気な時を共に生きてきた朔良。


自分達は大人になってしまった。


変わってしまったのだ。


こんなにも本能のまま、自分を守ることしか出来なくなってしまった。



「ソウ?早く……」



朔良の細い腕が創の首に巻き付く。


その艶っぽい顔を創は知っている。



「由奈ちゃんがまだ忘れられないって言うなら、それでもいいよ。私のこと今日は『由奈』って呼んでくれて構わない。身代わりでも──」


「……じゃあ僕は誰の代役?」



朔良の目が見開いた。


そう、その女の顔は…



創と再会した時、雨の中を逃げてきた時の朔良。


ルージュを溶かしながら車の男から視線を反らす時に見た…女の顔と同じ顔。



創は朔良から体を離して、ベッドの淵に座った。



「このまま僕がサクちゃんを抱いたら…きっと僕ら、小さな時の支えもきらめきも……大事なもの無くしてしまうよ……」



小さな頃、手のひらを合わせて、指と指の間もしっかりと入れて手を繋いで、夜の道を歩いた創と朔良。



『あれが北極星。それを中心にみんな回っていくんだ。ずっとずっと……』


『ずっと?ずっと変わらずに?』


『うぅん、季節によって変わるよ。でも一年たつとまた繰り返す』


『じゃあ来年もソウと一緒に見る!!』



簡単に何かに夢中になれたのはいつが最後?


簡単に一年も二年も先の約束が出来たのはいつが最後?




一筋の涙が流れた気がした。


ベッドの中で朔良が呟いた。



「ソウ……私、大人になりたくない」


「……あぁ。僕もだよ」



創はゆっくりと立ち上がり、家を出ていった。



きっと幼い頃なら、男も女もなく、ただ目の前の人のことだけを考えて、力の限り抱き合えた。


こんなお互いに身代わりの駆け引きなんか覚えなかったはずだ。

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