differ

Loose~ differ ~変わった事

朔良がケラケラ笑い出したのは、創の下宿先のアパートに着いてからだった。



「アハハハ!!わー…ハハッッ!!まじビビった!!久しぶり!!なんでいんの!?」


「……なんでって…サクちゃんこそ…あ、その前に開けるね」



創は鞄から鍵を出して部屋を開けた。



「待って、今タオル出すから」


「あー、お構い無く~」



タオルである程度水気を取ったあと、順番にユニットバスのシャワーを浴びた。


湯上がりの二人が脱いだ服は乾燥機にかけ、創のTシャツと半パンを着る朔良の前にホットミルクが置かれた。



「そっか~。ソウの大学って、こっちの方面だったっけ?そういやお姉ちゃんから聞いたことあった気がする」



フーフーと息を掛けて冷ましてから朔良はミルクを飲んだ。


朔良には年の離れた姉・菖蒲あやめがいた。


はじめの『ソウ』というアダ名も菖蒲が付けた。



「サクちゃんはなんであそこにいたの?家の近所はもう隣の市だろ?」


「まぁ……色々あってドライブしてたんだよ。大学は休みになったし」


「サクちゃんとこ、もう夏休みなの?」


「言ってもテスト期間だけどね」



創と同い年の朔良は地元の大学へと進学して、下宿している創と違って自分の家から通っていた。



「……色々って、あの男の人となんかあったの?」


「大したことじゃないけどね」


「……サクちゃんの彼氏?」


「……そんなんじゃない」


「そっか…」


「……」


「……」



従兄弟同士とはいえ、長年会っていなかった二人。


妙な沈黙が生まれた。


何より小さい頃を知っている身内の知らない間の色恋沙汰を知るのは無性に気まずく感じた。



「あ…コウは?叔母さんもみんな元気してる?」



朔良は思い出したように言って、沈黙を終わらせた。



「うん。元気みたいだよ」


「そっかー。コウは私らの8つ下だから……今、何歳だ?」


「アイツ今年から中学生だよ」


「中学生!?マジで!?でかっ!!」



創にもまた年の離れた弟がいた。


名前がひかるで「創はソウだから、光はコウだ!!」って幼い朔良が決めたアダ名がある。



しかしソウにしてもコウにしても、そう呼んでいるのはこの世でこの姉妹だけだ。



「でもコウが中学生かー。そりゃそうだね。だって私らも最後に会ったのいつ?」


「さぁ…中1か中2ぐらい?」


「だよね。思春期入って、意図的にイトコで集まるように親も日程も合わさなくなっていって……。それが……えーっと、8年前だから…そりゃコウもでっかくなるわな」



ウキャキャキャと笑う朔良を見て、創はホッとした。


雨の中、顔を化粧で美しく彩られていた先程の朔良とは違い、風呂上がりでスッピンの朔良は昔一緒に遊んだ彼女と何も変わっていないと思えた。



いつの間にかすっかり日が落ち、部屋に射し込む光も雨音も消えていた。



「よし!!久々の再会を祝してどっか飲みに行こう!!」


「へ?」


「うん!!行こう行こう!!もうお互い成人してるとは〜。大人んなったね、私らも。」


「いやいや、待って。飲みにって……サクちゃん、その格好で?」


「ん?うん。だって私の服まだ乾いてないでしょ?……ソウのこの部屋着じゃラフすぎる?」


「ラフというか……乾いてないから…だって、その…」


「あぁ!!私のこの下、ノーブラ&ノーパンだもんね!!」


「……サクちゃん」



アハハハと笑う朔良のかたわら、創は頬を赤くして溜め息をついた。



「食べ物とかお酒は僕が買ってくるから、サクちゃんはここでお留守番」


「はーい!!お任せあれ!!」



創は財布だけを持ってコンビニに行った。


普段はお酒は友達との飲み会でたしなむ程度で、自分の家で飲むのは初めてだ。


そしてそれは幼い頃を知ってる従姉妹と飲む。


本当に自分達は大きくなったなと改めて思った。



カゴにお弁当と適当にお菓子と、好みがわからない故にやたらたくさんの種類のお酒の缶を入れていく。


精算したあと、膨らんだ袋を抱えて創はもう一度自分の家へと戻ってきた。



「カンパーイ!!」



意気揚々とビールの缶を掲げて朔良はお酒を飲み始めてた。



「あんまり飲み過ぎたらダメだよ」


「えー!?なんでよ?ケチ!!」


「そういうんじゃなくて飲み過ぎて酔ったら帰れないだろ?終電何時なのかも後で調べとかないと……」


「あ、それは大丈夫」



朔良の余裕な返事に、もしかしてさっきの男のような──車を持っていて、送り迎えをしてくれる知り合いが他にもいるのかなと思った。


しかし予想外の切り返しがきた。



「今日はソウのとこで泊まるから」


「……え?」


「ソウがさっき買い物行ってる間にアヤ姉に電話して『今日はソウん家泊まる』って言ったから大丈夫」


「……えぇっ!?」


「いーじゃん!!積もる話もあるし!!」


「……」



従兄弟の中で唯一の同い年で、近い年齢の従兄弟も他にいなかった二人は、幼い頃とても仲が良かった。



『わたし、ソウのおよめさんになりたい』


『うん、いいよ』



手を繋いでそんな小さい頃のお決まりの約束もした。


でも例えそんな身内でも、8年会っていなかったのは大きい。



話をするにも少しぎこちないまま昔話に花を咲かした。


二人とも思い出話はするものの、空いた8年の出来事も未来の話もなぜかしなかった。



そして……




「私が床でいいって言ってんのにー」


「そういうわけにはいかないよ」



ベッドの横に創はタオルケットをしいた。


夏だから布団が足りなくてもなんとか一晩過ごせるだろう。



「んー……でもなんか悪いし。そうだ!!一緒に寝る?」


「……え?」


「いーじゃん!!そうしよ!!一緒に寝るの初めてじゃないし!!」


「一緒に寝るって…あれは子供の頃の話でっ……」


「えへへー。色々と大人になったとこ確認してみる?」


「何も言うな!!寝る!!消す!!」


「いい案と思ったのに……てか早いー!!」



創は朔良の言葉を聞かず、電気のヒモを引っ張った。


真っ暗となる部屋。


雨上がりの月だけがボンヤリと照らした。



「ソウーぉ?」



暗くなっても朔良の声が響いた。



「……何?」


「……そっち行っていい?」


「寝て!!」


「ねぇ?ソウ?」


「だから寝てって!!」


「ソウは……誰か、好きになった人いる?」


「……」


「その人いなくなったら…もう好きじゃない?」


「……寝なよ。僕、明日午後から大学の講義あるから」


「…うん。おやすみ」



久しぶりの朔良は本当に小さい頃と変わらない。


無邪気なところもすこし悪戯めいたことを言うのも変わっていない。



しかし少し長い時間が二人を変えたこともある。


中学まで同じぐらいだった身長は、創がすっかり抜いていた。


朔良の髪は中学の頃のショートカットと違い、長く伸びて弛くパーマが当たっている。


朔良の父親は5年前に亡くなっていた。



何もかもあの頃のままではない。



いつの間にか朔良の寝息が聞こえてきた。



創もゆっくりと目を瞑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る