meteor stream

Lunation~ meteor stream ~流星群


◇◇◇◇


待ち合わせしていた創の家の最寄り駅で二人は落ち合った。



「あけましておめでとう」



朔良に言われて、創はそういえばまだ年明けて間もないことを思い出した。



「うん、あけましておめでとう」



創の挨拶に朔良は少し口を尖らせた。


クリスマスも正月も過ぎた今日の夜に会いたがる創の意図がわからないのだ。


しかし創は朔良に笑顔を向けた。


今日という夜を待っていたのだ。



「じゃあ、行こうか」


「……行く…って、どこに?」



創は朔良に手を差し出した。


それを見つめた朔良は少し迷ったあと、肌がそのまま出ている創の手に手袋をしている自分の手を乗せた。



創はゆっくりと大切に包むように朔良の手を握った。



「ここからバスに乗って、少し歩くけど……ピークはこれからだから、きっと綺麗だよ」


「……え?何が?何のピーク?」



創は朔良の手を引いて歩き出した。



「今夜は流星群が見れるから」



夕方と夜中の狭間の時間帯。


移動手段としてバスを使うには中途半端の時間帯だったのか、席は余裕に空いていた。


一番後ろの席に二人だけで座り、創はリュックから雑誌を出した。


以前、吉永から貰った物である。



創に雑誌を渡された朔良は戸惑った。



「流星群って……え?ニュースでは全然言ってなかったよ?」



創は小さく笑った。



「ニュースで大々的に取り上げられなくても、流星群は毎年あるよ?」


「えっ!?そうなの!?」



ドッグイヤーが付いているページに指を差し込み、創は朔良の手にある雑誌を開いてみせた。



「年間三大流星群ってあって、今日は年の最初の『しぶんぎ座流星群』が来るんだ」



創の声は自然と弾む。


創の声に朔良も釣られて、ワクワクとし始めた。



「ってことは……流れ星、見れるの!?」



目を輝かせながらそう聞く朔良に創は頷いた。



「見れるよ」



創は朔良の手をギュッと握った。


山内からの今夜は晴れるというお墨付き。



「今日は肉眼でも十分なはずだ」



朔良にそう断言すると、朔良も歯を見せて笑った。



「本当に!?」


「うん」



朔良はそして創のリュックを見た。



「あ、だから今日はソウの荷物多いんだ」



朔良の指摘に創は少し照れ笑いをした。


今回はこれでも最低限しか持ってきておらず、いつも以上に少ない荷物だと思っていたからだ。



そして目的の停留所までの間、自分のこれからの進路について創は山内に話したことを朔良にも話した。



「え?じゃあソウ、仮面留年するの?あ……それとも院?」


「いや、卒業はするつもり。卒業してからは知り合いが紹介してくれる施設か……この雑誌でも人員募集してるみたい。勉強しながらでも星の仕事のアルバイトもしたいかな。先輩も人脈は必要って言っていたから」


「そっか……でも、まだ続くのか」



朔良は胸の奥のどこかで不安が過った。



「サクちゃん」



呼ぶ声に朔良は創の顔を見た。



「次で降りるよ?」



停留所に着いて、創は朔良の手を引いた。


町から離れた場所からもう少し歩く。



山道、獣道とは言わないが、整備されたハイキングコースでなだらかに山の中へ入っていく。


冬の夜は、その道で誰かとすれ違うことはなかった。



「ねぇ……ソウ?」


「うん?あ……ごめん、歩くの早かった?」


「……」



明かりが段々と無くなって、二人にわかるのはなんとなくの輪郭と繋いでいる手の温度。


創は立ち止まり、朔良の顔を覗き込んだ。



「サクちゃん?」


「……私たち、これからどうなるのかな?」


「……」



朔良は先ほど感じた不安を言葉にした。


手紙を交わし、時々顔を合わせ、キスをし、嫉妬もして、不安になりながらも、そしてまた出会う。


創の未来も朔良の未来も不確か。



「これからもこんな風に時々会って、そんな繰り返し……かな?」



でも春からお互いの新生活も始まる。


同じリズムでこれからも会えるとは限らない。


今繋いでいる手ですら、頼りない。


その先の……これから、



創が口を開け掛けた時…



「あっ」



朔良が先に声を発した。



「今……流れ…た?」


「え?」


「星……流れなかった!?」



創は白い息を吐いて朔良の手をもう一度引いて歩き出した。



「急ごう!流星群来たのかもしれない」


「ホント!?」


「もう少しでひらけたところに出るから」



朔良も創の手を強く握り返し、懸命に着いていった。



「ソウ!!さっきホントに見えたんだよ!!ホント!!」


「うん」


「もっと見れる!?」



朔良が既に興奮し出し、創の返事も自然といつもより少し高音で「うん」と返事をした。



白い息がどんどん増えて、二人のその息がひとつになるように広がっていく。



影を落とす茂みの中を歩いていく。


そしてそれは突然終わった。



「――あ」



空。



「……ソウ」


「うん」



ようやく目的地の広場に出た。


春の昼間なら、ピクニックとして誰かしらいるこの場所も、今は誰もいない。


冷たい空気によって邪魔なものは何一つない、澄んだ空があった。



星。



二人はそれっきり言葉を発さなかった。


手を繋いだまま、夜空を仰いでしばらく立っていた。


しばらく待っていても流れ星が来る気配がなかったので創は朔良を見た。



「サクちゃん、こっちで座ろうか」



創が持ってきたシートを出して、広げた。


そんな創の姿に朔良は声に出して笑った。



「アハハハハ!!さすが準備いいね!」


「……コンソメスープも実は持ってきてる」


「嘘!?ソウ、最高!!」



こどものように朔良が無邪気にはしゃぐ。



それなら遠慮せずにもっと荷物を用意してもよかったかもしれないと創は思った。


そうして朔良と一緒になって笑った。



創がスープの準備をしている間、先に腰を下ろした朔良はずっと空を見上げていた。



「早く流れないかな!」


「うん」



立ち上がる湯気からふと顔を上げた時、



「……あ、」



創の目にも光る軌跡が空に描かれたのが映った。



「え?どうしたの?」


「今、僕も見れた」


「…えっ!?」


「流れ星、流れた」


「嘘っ!?」



朔良が首を回したところで間に合うわけがなく、そこは瞬く星空だけだった。



「反対の方見てた!!」



悔しがる朔良に創はまた笑い、その笑い声は冬の独特の空気で響いた。



創は朔良の手を掴んだ。



「まだ始まったばかりだよ」



そして朔良の両手にスープを持たせた。


湯気が立つ中、朔良は頬も鼻も赤くして頷いた。


朔良は少し息を吹き、冷ましてから口にした。



「美味し」



朔良の笑顔に創も釣られて微笑む。


創は朔良の隣を座り、自分もスープを啜った。


そうして二人は空を見上げていた。



「あっ!!ソウ!!いいこと思い付いた!!」



しばらくして朔良はそう言ってシートに寝転がった。



「え?サクちゃん?」


「ほら!!ソウもソウも!!」



朔良は自分の隣の地面を軽く叩き、創を誘った。


創は寝転がる朔良を見下ろして戸惑ったが、朔良にならって創もスープを置いて寝転がった。



天空が広がった。



「……おー」


「ね!!いいでしょ?」


「うん」



望遠鏡で覗いて星を近くに感じるのも好きだが、肉眼でありのまま仰ぐのも悪くないと思えた。



こどもの頃のように空を指でなぞってみた。



「あっ、星座?解説して?」


「いいよ」



創が指す先を朔良が理解できる。


同じ空を見て同じ星をなぞる。



同じ目ではない、違う体なのに、わかり合える。


確認しなくてもわかる。



こどもの時も朔良と二人夜空を見ていた。



疑うことなく、同じものを見ていると信じられたあの日と同じだった。



「……──あぁーっ!!!!!!」



同時に叫んだ。



ハッキリと光った。



「ソウ!!」


「同じの見れたね、今のは」


「あんなに長く流れたの初めて見た!!」


「うん、今のはデカかった」


「すごい!!すごい!!」



朔良が喋っている間に、



「あっ、」



二人の上を再び流れた。



「すごい!!凄すぎて願い事なんて全く思いつかないよ!!」


「はははっ、流れている間はそれどころじゃないね」


「うん!!それどころじゃない!!」



隣にいる人を感じ、愛しく思う。


創は隣で寝転がっている朔良の手を繋いだ。



抜き取られたり、払われたらどうしようかと少し躊躇ちゅうちょしたが、朔良はそのまま創の手を握り返してくれた。



通じ合えている大切な気持ち。


でも大切にきらめくからこそ、一瞬で、一生ではない。


それはまるで流れ星。


流れ星のように願いを叶えてくれるわけじゃないが、流れ星と違って、努力をすれば、その光は灯し続けられる。



満ちては欠けてを繰り返しても


だから、どうしても伝えたいことがあった。



「これから、二人いろいろ変わるかも…しれないし、頑張っていかないといけないこともたくさんあるけど……」


「……ソウ?」


「さっきもサクちゃん言ったじゃない。サクちゃんも働き出して、僕も勉強して……」


「うん」


「まだハッキリと自立出来ているとは言えないけど、」


「……うん?」


「でも……でも、またラーメン食べたり、隣で手を繋いで、」


「うん」


「星を見たり、おばさんのお見舞いも一緒に行きたいし、サクちゃんを一人にさせたくない。僕も一人でいたくないんだ」


「……」


「……えっと、その、だから」


「……ソウ、何の話?」



頬も手も肌が出ているところがどんどん冷えていく。


時間刻むように響くのは自分の心臓の音。



星が流れた。



「つまり、」



つまり……



「好きなんだ」



創の告白は白い息が上へと舞い上がった。



「好き……なんだ。サクちゃんが」



心音が夜に響く。



「好きだよ」



創はもう一度言った。


朔良が好きだ、と。



好きだ。


それだけ。



「……ソウ」



静かに名前を呼ばれたソウの心臓はゆっくりと速度をあげていく。


朔良の顔を見ると、朔良は目をまん丸に見開いていた。



「ど……どうかした?」


「ビックリ……して」


「え!?」



創も驚いた。



「僕が……好きだとは思わなかったってこと?」


「いや……なんというか、」


「ん?」


「今、言われるとは思わなかった」


「えぇ?」


「だ……って……えっと……」



創は手を繋いだまま、自分だけ上体を起こし、寝転がる朔良を見下ろした。



「……駄目だった?」



朔良の顔を伺った。



暗くて、ハッキリとはわからない影が余計に不安を煽った。



だけどすぐに朔良は笑いを漏らす息を吐いた。



「駄目じゃ……ない」



その返事に、その笑顔の声に、


創は、胸の奥で、暖かいものが溢れた。


体の寒さも忘れた。



「サクちゃん……」


「うん?」


「好き」


「……うん」



朔良も起き上がった。



「ソウ……」



焦点が近くの朔良の顔に合う。



「私……」



その瞳が少しだけ反れた。



「……あ、」



創は朔良の視線に合わせて振り返った。



「また流れた?」


「うん!」



創はもう一度寝転がり、朔良も倣って空を見上げた。


間もなく、星がふたつ流れた。



「ソウ……凄いね」


「うん」



長い間、二人はずっとずっと空に見とれていた。



冬の夜は長いが、休日の夜は短い。



「サクちゃん、時間は大丈夫?終電、何時だっけ?」


「……」


「調べようか?」



朔良は繋いでいた手を引っ張った。



「まだ一時間ぐらいはあるから大丈夫!」



せっかく暗闇に慣れた目でスマホで調べ、時間を確認するために、また明かりをつけて慣れをゼロにするのは確かにもったいないと、創は寝転び直した。



「それよりソウ」


「え?」


「寒い」


「あー……小さいけど毛布持ってるよ」


「ははは!!ソウ本当に凄い!!」



創はリュックから毛布を出した時、隣で寝ていた気配が動いた。



「え……サクちゃん」



朔良は創の膝を割り、その間に入り、創の胸に背中を預けるように座った。


ドキドキと……戸惑いと緊張で心臓が走り続ける。


しかし創は朔良に何かを言うことも、どかすこともなく、そのまま毛布で包んで抱きしめた。



「……あったかい」



後ろから抱きしめられる体温に朔良は頬と鼻を赤くして笑った。



そして二人同じ視線になって空を見た。


それがまた幸せだった。



流れ星を見つける度に同時に声が生まれた。


何度も


何度も



だけど今の二人に願いごとなんて必要としなかった。



「来年も……ソウと見たい…な」


「うん、見よう」


「……うん」


「でもその前に夏にも流星群くるよ」


「嘘!?絶対見る!!」


「うん……それも、一緒に見よう?」


「うん」



飽きることなく、いつまでも眺められていた。


幸せな分、進むばかりの時間は名残惜しい。



「……サクちゃん、バスの最終もあるから」


「……」


「サクちゃんが帰れるように時間を逆算して……そろそろ、山を降りないとね……」


「……」


「……帰ろう?」



いつまでも飽きない流星群と体温に、本当は名残り惜しくて、朔良の髪に顔を埋めた。


しかし自分に言い聞かせるようにそう言った。



自然と抱きしめる腕に力もこもった。



「ソウ……ごめんね」


「ん?なにが?」



朔良は振り返って創の顔を見て、笑った。



「今日は日曜だから休日ダイヤで終電の時間、いつもと違うの」


「違う?」


「本当はもっと早いの。時間、嘘ついちゃった」


「………え?」


「いまからバス乗っても……電車…間に合わないかな」


「な……に、」



朔良のそれはお得意の悪戯っぽい笑顔だった。



「今日は私、もう帰れないよ?」


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