loose

Loose~ loose ~指をほどき、そして


朔良と電話を繋げたまま創は走った。



電話越しの朔良はカラカラと笑った。



『いやぁ~…夏休みとはいえずっとソウん家に泊まってくわけにもいかないじゃん?なんか悪いし……』


「何を今さらな…サクちゃんってホント…勝手…」



走りながら電話をするから息が乱れてしまい、聞いている朔良に届いているのかわからない。



「…で、今はまだ家なの?」


『え?うぅん、駅に向かってる』


「はあ?もう?」


『……そんな怒らなくてもいいじゃん。あ、鍵は閉めてポストに入れたよ?』


「怒ってる…わけじゃ、ないけど……」



途切れ途切れにしか喋れない。


止まない雨の中、傘を刺して走るのも面倒になったから、創は傘を閉じて走った。



その雨の当たりはどんどん弱まっていく。


朔良と再会した時も雨の中を走った。


しかし雨はあの時とは真逆で、どんどんと晴れの兆しへと顔出した。



「サクちゃんっ!!!!」



駅の改札で創は叫んだ。



その場にいた他人が全員、創を見た。


時が止まったかのようにみんな同じ動きで。


でも創はすぐに見つけた。



人が多くても関係なく、そのシルエットが一番に目に飛び込んだ。



朔良。



創はすぐに朔良のところまで走った。


まん丸と目を見開く朔良の右手にはスマホ、左手には切符があった。



「びっ…くりしたぁ…。てか…ソウ、びっしょりじゃん!?傘は!?差さなかったの?」


「……何、勝手に帰ろうとしてんの?」


「いや…だから電話したじゃん」


「でも会わずに行こうとしたんでしょ?」


「いや…あー、まー…そうか」



朔良は再会した時の朔良自身の服を着ていた。


朔良は笑った。



「ふふ……濡れてて息切れって、ソウと久々に会った時みたいだね。はい」



創は差し出されたハンカチを受け取った。



雨が上がった。


創も安い切符を買って、朔良と一緒に駅のホームに入った。



「サクちゃん、その傘どうしたの?」


「え?コンビニで買った」


「あぁ…なるほど」


「……ホントはね、」


「ん?」



朔良は遠く見つめ、細長く息を吐いた。



「あや姉が今日の夜から仕事入ったって電話が来たんだ、朝に」


「え?」


「お母さんのお世話しなくちゃ。だから帰るの。今までは病院にいたけど、夏休みの間は家に帰ってきてもらえるし!!」


「そっ……か…」


「最近、病状が進み出して……今のお母さんを放置してたら、すぐナンパに出かけちゃうから」


「……へ?」


「フリーダムでしょ?」


「……フリーダムだね」


「…お母さんは…お父さんを探してるの」


「……」



電車が来た。


でも朔良は動こうとせず、人々の乗り降りの波が二人を通り過ぎ、そしてまた静かになった。



「お母さんはお父さんを忘れちゃった。でも昔の話は何度も話すの。家族で行ったところ。デートにいったこと。おじいちゃんがうるさかったこと。そして初恋の話」


「……」


「お父さんの話はない。でも辻褄が合わない感じで、一瞬お父さんとの恋も出てくるの」


「うん」


「でもまた忘れて同じ話を繰り返すの」


「うん」


「お母さんはいつだって、恋を求めてる」



朔良は創と目を合わせないまま、創の指と指を絡ませた。



「未来を生きるって大変。今や過去が最高に楽しいなら尚更。一歩一歩…それらを忘れていって風化していくのって…悲しいね。大人って…やだな」



創は朔良の指を一本一本ほどいていった。


その行為に朔良は目を細めて創を見た。



だけど創は微笑んだ。



「俺は……大人になれて良かった」


「……え?」



離れた手の甲と甲を触れさせた。



「大人になって、またサクちゃんに会えて良かった」



創の手の甲と朔良の手の甲を合わせたまま、創は人差し指と中指で朔良の人差し指を挟んだ。



「大人になるってつまらないけど、大人になった君に会いたかったんだ」


「ソウ…」


「それがどんなサクちゃんでも…二人で見た星は確かだから」



指先を指先だけで絡ます。


手のひらは合わせていない。


この距離が丁度いい。


これが今の二人の距離。


変わってしまった二人を微かに変えた距離。



子供の頃のように何も恐れず手を合わせて指を重ねられない。


離れてしまった手をまた変えたい。


しかし無理に昔に戻す必要はない。


こうして少し指を繋げばいい。



「この僕らの4日間もいつかまた1年後、2年後に話していけばいい」


「……うん」


「大人になるって…時を重ねて話せる思い出が増えるって…楽しみだよ。久々にそう思い出した感じ」


「うん、そうだね」


「だけど子供の気持ちも忘れたくない。変わっていく僕らもいいけど、あった過去を忘れてしまうのも悲しい」


「うん、すごく悲しい」


「だから、また会おう?」


「……ソウ」


「また会って…また話そう。何度でも…何度でも!!」


「うん」


「今度はサクちゃんの…僕が知らない8年を聞かせて?」


「ソウも教えてね?」



朔良は創の人差し指を小さく握った。



「ソウ…明日が楽しみだね?」


「そうだな」


「でもソウが変わっていくのはやっぱヤダな…ソウはそのまんまでいてほしい」


「サクちゃんも変わるくせに僕にそれを願うの?」


「…だね。ごめん」



電車が来るアナウンスが鳴った。



「サクちゃん」


「ん?」


「僕も自分が変わって…例えば星に興味がなくなってしまうとか…そうなるのは嫌だな」


「でしょ?」


「でもたとえそうなってサクちゃんに会いに行くから」


「…うん」


「サクちゃんが変わっても会いに行くから」


「うん、たくさん話そ?」


「うん」


「うん」



スピードを落として入ってきた電車。



繋がれていた僅かな指もほどけた。


朔良は入れ替わる人の中へと行き、電車に乗り込んだ。



「ソウ」



名前を呼ばれて、創は扉が閉まる前に、朔良の髪の生え際の額に口付けを落とした。


そしてすぐに離れた。



扉が閉まった。



窓越しに朔良が口を動かした。



“またね”



創は少し手を上げた。




“またな”




ほどけたばかりの二人の指先は、じわりと熱かった。


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