【番外編】Preparations
【番外編1】Preparations〜同棲準備〜
誰かと生活するのは、何年ぶりだろうか。
日も暮れて、創は自分のアパートに帰ってきたが、鍵が掛かっていないことに少しだけ驚いた。
しかし扉を開けて、玄関に置いてあるブーツを見て理由を理解した。
「あ!ソウ!!お邪魔してます!!」
「サクちゃん」
「ついでに台所も借りてまーす!」
陽気なその声に創は笑った。
卒業を控えた二人は学生最後の長い春休みを迎え、会う回数も頻繁になった。
だから連日会っていたが、この日は朔良とは二週間ぶりだった。
「イタリアどうだった?」
「もう最高!!ホント凄かった!!もうね!町中からセンスが降り注いできてる!みたいな!!」
興奮ぎみに朔良は友達と行った卒業旅行を語った。
朔良が出発する前に、創はスペアで残していた自分の部屋の鍵を渡していた。
日本に帰ってきた朔良は、さっそくそれを使って創の帰りを待っていたのだ。
「本当はワインとかチーズとかお土産で持って帰りたかったんだけど、発酵物とかお酒とかは飛行機に乗せるのに色々とあるらしいって友達が言ってて……めんどくさいからやめちゃった」
「そっか。それで、今は何を作ってるの?」
「諦めて代わりに買ったパスタを使って作ってる!!もうちょっと待ってて!」
「ありがとう。楽しみ」
「日本のでいいから、ワインとかあったりする?」
「……僕の家にあると思う?」
「ハハハ、だよねー」
「発泡酒ぐらいしか今ないと思う」
その発泡酒も今まで冷蔵庫にストックする習慣はなかった。
あまりお酒を飲まない創。
お酒が好きなのは朔良の方である。
朔良が来るようになってからの形跡なのだ。
朔良は「じゃあ発泡酒でいいや!」と笑った。
創はコートを脱いでホワイトソースを作っている朔良に背を向けて離れた。
朔良のコートの横に自分のコートもハンガーに掛けた。
広くない部屋だから、それでも会話は可能である。
「ねぇねぇ」
「ん?何?」
「私がいない二週間、寂しかった?」
顔を見ていないが、その声で顔はニヤニヤしているのだろうと想像できた。
創はスマホに充電器を差し込んだ。
「んー、僕も学校の先生に会ったり、勉強したり、他にも手続きとかでこの二週間は色々と忙しかったから、ちょうど良かったかな」
「ソウのバーカ」
「え?」
「ソウは本当にサクラゴコロをわかってない!」
「サクラゴコロ?」
「何でもありません!!」
部屋着に着替え終えた創は肩越しに朔良の顔を覗き込んだ。
「サクちゃん?」
「……何?」
「……何か怒ってるの?」
「……うぅん、そんなに怒ってない」
「……ちょっとは怒ってるんだ」
「……『寂しい?』って聞いて『寂しくなかった』って言われると、それはそれで複雑なんだよ」
「『寂しくなかった』なんて言ってないよ?」
「でもそういうことじゃん」
「いや、えっと、あー…ごめん」
「うーん……じゃあ、」
朔良は少しだけ創の顔へ寄せた。
「キスしてくれたら、怒るのやめる!」
悪戯っぽく口元を上げた朔良に創は目を見開き、顎を少しだけ引いたあと、困ったように視線を泳がせた。
創が驚いたのと同時に照れてドキドキしているのだとわかる一連のその表情に、朔良は少し笑った。
そして視線を定めた創は顔をグッと近付けた。
短く触れるだけのキスをして創は素早く朔良から一歩離れる。
照れ笑いをした朔良は鍋に向き直った。
「もうすぐ出来るから、待ってて!!」
「う……うん」
創はテーブルを片付けようと台所をあとにした。
「あ!イタリアね!!写真もたくさん撮ったから!!あとでデジカメ見せるね!!」
「あー……じゃあ僕のパソコンに繋げて、ご飯食べながらスライドショー流そうか」
「おぉー!ソウさん、さては天才だな!?」
「アハハ、大袈裟だね」
創が準備出来た頃に朔良もパスタが入ったお皿を持ってきた。
カメラとノートパソコンを専用の器具で繋ぐ創は発泡酒を取りにいった朔良に声を掛けた。
「あ、書類郵送して審査も通ったから」
「わかった!!ありがとう!!」
二人は1ヶ月後の新居を決めた。
条件は色々と考えて悩んだが、決め手は朔良の職場から通えるところ、そしてスペースが取れるベランダがあるところの二つであった。
家でもゆっくりと星が見たいねと、朔良が提案したことだった。
「ベランダに置く小さな椅子とかも買おうね!!」
朔良がウキウキと声を弾ませ、創も笑顔で頷いた。
少し早めの晩御飯。
創も朔良も「いただきます」と手を合わせた。
「美味しい」
「イエーイ!『美味しい』いただきました!!」
「ハハハハ」
時々、スライドショーの解説を挟みながら朔良と創はこれからの話をした。
「楽しみだね!」
「そうだね」
「フフフフ……その気になれば毎晩エッチできちゃうよ?」
「…………女の子がそういうこと言わない」
「えーっ!?男女差別!!」
ケラケラと笑う朔良に創はパスタを食べて気恥ずかしいのを誤魔化した。
「サクちゃん、どうしようか」
「何が?」
「一緒に住むんだから……何かルールみたいなの……決めておく?」
「え?いいよ!別に。あーしてほしいこーしてほしいとかってのは実際住んでみないとわからないだろうし。いいよ、テキトーで。住んでから、その場で決めよう。」
「テキトーって……最低限のは必要でしょ?」
「もー、ソウはマジメだなー!!」
お酒を飲んでいる楽観的な朔良に創は諦めたかのように笑った。
二人で過ごし、二人で話をする時間も今までに比べて、グッと増えてくることだろう。
二人の時間がこれからもまだまだあるのなら、決め事を急ぐこともないと創も思った。
「ところで引っ越し。これから色々と準備と用意しなきゃだから、遊んでばかりもいられないね」
「大体のことは僕がしとくよ?」
「でも買い物とかは一緒にした方が良いのもあるし。それにソウだって忙しいのに!!バイトも決まったんだし」
「大丈夫だよ。サクちゃんは気にせず遊びなよ」
「もー!!ソウは、だからわかってない!!」
「え?」
「“一緒に”したいの!」
朔良の主張に創はドキッとした。
「一緒に考えたり一緒に買い物するのもまた楽しいでしょ?」
ニコニコと笑う朔良に創も照れて笑う。
「そう……だね」
誰かと一緒にいるということ。
時間を共有したり、美味しいものを同じように食べ、隣にいる。
夜も更けていく。
まだまだ話も足りない。
今夜、朔良は終電前に帰るのだろうか。
それとも……
洗面台にはほんの少しの朔良の私物があったり、衣類の中に朔良のための部屋着も増えた。
冷蔵庫の中の発泡酒。
創が今まで使ってなかった、追加されたキッチン用具。
二つ分のハンガーと充電器。
創の部屋に少しずつ朔良の欠片が広がる。
誰かと生活をしているという欠片。
その欠片の足跡を創は嬉しく思う。
それが好きな人であれば、なおのこと。
パスタを啜り、そのままお酒を口にし、濡れた唇を朔良は自分の舌でペロリと拭った。
鼓動を打ちながら創はそれを見ていた。
「ソウ」
「え……」
「目がや~らしいー!」
朔良の指摘に創は見透かされた気持ちでギクッとする。
ニヤつく朔良は楽しそうに上目遣いで創を見上げた。
「何?やらしいこと考えてた?」
創は唇を見つめてドキドキした。
朔良を相手に誤魔化しても意味がないように思えてきたから、創は朔良の腕を掴み、引き寄せた。
「……うん、考えてた」
素直な創の返事に面食らった朔良はすぐに言葉が出ずに顔を赤くした。
そして顔を近付けた創はそのまま朔良にキスをした。
先ほどの触れるだけのキスではなく、深いキス。
それはイタリアのパスタの味も日本の酒の香りも甘いルージュの口触りも、全てを感じた。
そして気持ちが満たされる。
満たされるのを感じて、創は初めて朔良がいない間の穴があったことに気付かされた。
鈍感な自分を可笑しく思いながら、2週間の穴を埋めようと朔良を求め続けた。
そして遅かれながら、朔良が帰ってきたことをようやく実感したのだ。
啄ばむキスの後の余韻に額や鼻を触れさせて見つめ合った。
「おかえり……サクちゃん」
「……うん。ただいま」
朔良はもう一度、創の唇にチュッと触れた。
「ねぇ、ソウ。ルールなんだけど」
「ん?」
「ただいまとおかえりのチューする……ってのはどう?」
創は笑った。
「うん。それ、いいね」
新しい遊びを思い付いた子供の時のように二人でずっと顔を寄せ合って笑った。
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