第28話 トゥルーエンド
悪役令嬢と第二王子、それから用件的にはこちらがメインだったはずの役人と神官がレイクウッドを去った。
あの二人は次代の王となり、王妃となり、これからのカニンガム国を繁栄に導く。――アニメ『愛ロマ』のラストはそうだった。
真実の愛を手に入れた悪役令嬢が幸せになるハッピーエンド。
王都から遠いこの地に、再び二人が来ることはないだろう。
王族でなくなったセディ様は、辺境の地レイクウッドで穏やかに過ごされることになる。
アニメではなくゲーム設定のラストだとしても、セディ様が辺境に引きこもる結末は変わらない。
だけど
正直、ラストがアニメとゲームどちらでもいいです。
これからのセディ様が幸せになるのなら!
客が去り、応接室の片付けに参加しようとした僕だが、セディ様に散歩に誘われた。
「行け。絶対に行け。
セディ様はこの日を待ちわびていたんだから!」
行って来いと、ヒューをはじめとした同僚たちから謎の圧が……。
レイクを肩に乗せ、散歩するセディ様の後に続いた。
館を出て、湖へと向かう道をゆっくりと歩く。
夏の陽が暮れようとしていた。
少し風があるせいで波立っている湖面は、オレンジと金の光を乱反射しながら鱗のように輝いている。
周囲はとても静かだ。人の気配はない。
……暗部先輩の気配もないぞ? 正真正銘の二人きりだ。
いいのかな? それだけ僕が護衛として信頼され――敵がいないからだな、うん。
「……まずはレイク。よく我慢したな」
「キュー!」
微笑みながら振り返ったセディ様に、レイクが羽を広げて浮き上がる。
胸元へと飛び込んで甘える小さな竜を、優しく撫でるセディ様。
本日、来客を迎えるにあたって、レイクにはセディ様接近禁止令が出ていた。
これから隠棲する元王子が竜と友誼を結んでいるのを明らかにするのはまずい。竜騎士誕生なんて可能性を知れば、軍部がセディ様を
だから客の前で甘えていいのは、竜の聖女である僕だけということにしたんだけど、
しかしそうか……セディ様も竜の聖女(童貞。処女とはなんとなく言いたくない)だったんだ……。
少し不思議に思っていたんだ。
レイクウッドまでの旅の途中で、正妃様から襲撃を受けた僕たちを助けてくれた緑の竜が『人の子たち』と複数呼びしていたことを。
そうかー、未経験かぁ……それでレイクは僕だけでなくセディ様も好きなんだな。
経験者より未経験者の方に懐くらしいからね、竜の仔。まさか竜の聖女の該当者が二人もいたとは。
僕は茜色に変わり始めた空を仰ぎ見る。
竜の聖女と呼ばれる存在だとしても、僕は自分の立ち位置をその他大勢のモブだと思っていた。
肩書は立派だがしょせん量産型。資格さえ満たせば誰でもなれる。
そんなアイデンティティが揺らいでいる。
攻略対象との過去エピソードが明らかになった。そして僕の本来の髪色はピンクだ。
これはもしや。もしかしたら――。
「どうした、アレク」
「あの……セディ様。
僕は学園でお側に仕えるようになりましたが、それ以前にセディ様とお会いしていましたよね?」
確認のための質問。
夕陽でオレンジ色に染まった仔竜を肩に乗せ、セディ様は金の瞳を細めて微笑んだ。
「……正妃殿下の嫌がらせで王都の下町に捨てられ、動けなくなっていた幼い俺を助けてくれたピンク色の髪の子どもがいた。
”いたいのいたいのとんでけ”という不思議な呪文を唱えて傷を治し、手を繋いで大通りまで案内してくれた」
覚えていてくれたのか。
うれしそうに笑ったセディ様だが、すみません僕は今日まで忘れていました。
正直に告げて謝ると、セディ様は首を振って鷹揚に許して下さる。
「かまわない。
あの子にとってはごく普通の人助けなのだと気づいていた。
だが俺にとっては違った。あの優しさを忘れたことなどなかった――」
――アニメにあった過去エピソードだ。
ピンク髪ヒロインと第一王子の出会いは王都の下町だった。
でもアニメのピンク髪ヒロインは腹黒だった。ゲームで知っていたエピソードを利用し、第一王子を罠にかけて救い出していたマッチポンプ。
この世界ではマッチポンプじゃありませんからね?!
僕、この世界がゲーム(もしくはアニメ)の世界だなんて学園入学前まで気づかなかったし。なんならセディ様との出会いは綺麗に忘れていたし!
あたふたとしている僕にセディ様は笑い、レイクに小声で囁いた。
キュッと鳴いて頷いた仔竜が、茜色の空へと飛び立っていく。
「アレク。
……手を繋いでも、いいだろうか?」
泣きそうな表情で、でもうれしそうに笑いながらセディ様が左手を差し出した。
初めてだった。意識のあるセディ様が、自分から誰かに触れようと望まれるのは。
彼は孤高の方だった。誰の助けも必要とされてこなかった。
助けにすがれば、その者が正妃様に害されると知っているから。
自分の右手を、彼の左手にそっと重ねる。
ゆっくりと、セディ様が僕の手を握り締めた。
二人手を繋いで、湖のほとりを歩く。
「……そういえばアレク。
おまえは俺が婚約者以外と親しくなった場合、道を外れてはいけないと忠告するつもりでいたらしいな」
「うえ?!」
バレてる!
そうです。
ざまぁ展開になるから婚約者以外に浮気しちゃダメだよと、セディ様にその兆候が表れた場合は注意する気満々でした。モブが発言をするのだからと、周囲にこっそり根回しもしてました。
筒抜けだったか……はっ、もしかしてセディ様が未経験なのは?!
「別にそれが原因ではないが……まあ、好きな相手が真面目で潔癖な気があるから、身を慎まなくてはと思ってはいたな。
幻滅はされたくないから」
「す、好きな相手ですか?」
「ああ」
いるんだ、セディ様。好きな相手!!
誰に対しても線を引き、近づこうとされなかったセディ様にそんな相手がいたなんて驚きだ。
驚きすぎて胸がきゅっと痛んだ気がする……いやいやいや。僕の瞬間的な不調なんて関係ない。セディ様のお話の続きを聞かねば。
「気づきませんでした……」
「ならよかった。
誰にも気づかれないようにしていたからな。おまえが気づかなかったというのなら、偽装は上手に出来ていたのだろう」
あ、またきゅっと胸が痛んだ……かも。
しかし僕なんかが聞いてもいいんだろうか、この告白。
それともセディ様は誰かに聞いてほしいのだろうか。ならちゃんと聞かないと。
「――忘れたことのない相手だ。
再会を果たし、側にいてくれるだけで満足しようと考えていた。
婚約者を定められていた身は、その相手とは決して結ばれることはないだろうと理解していた。
だがそれでも――」
セディ様が足を止めた。
手は繋いだまま、僕へと金色の瞳を向ける。黒髪の彼の背後に、光り輝く湖面と闇に沈みゆく森が見える。
「俺は今日をもって王命だった婚約を解消した。王位継承権を放棄し、王籍も離脱した。
未来を自らの意志で選び取れる身になった。心の中に秘めておかなくてはいけなかった思いを、告げることが出来るようになった」
セディ様がその場に片膝をつく。僕を見上げて訴える。
「――ようやくこの気持ちを告げることが出来る。
愛している、アレク。おまえに出会って救われた時から今まで、会えなかった時も再会してからもずっと」
どこかすがるような眼差しを向け、でも口元だけは美しく微笑みながら彼は告げた。
「アレクシス・アーヴィング。
このセドリック・レイクウッドの隣で、一緒に生きてくれないだろうか――」
言葉がすぐに出てこなかった。
……え、ずっと好きだった好きなお相手って僕のことだったんですか?
それは……それはそれはーーっ!!
頬が熱い。多分今、顔全体が真っ赤になっている。
セディ様が僕に惹かれたというのは、『愛ロマ』原作の強制力――ではないな。
これまでもずっと強制力さんは仕事をしてこなかった。仕事をしていたら、ピンク髪ヒロインらしい僕はちゃんと女で生まれていたはず。
だって男同士だからなぁ。
次代を作る義務を持つ王族であるセディ様は、王籍から抜けない限り同性の恋人を持つことは出来ない。
……ん? 王籍離脱はされたな?
王位継承権も捨てられた。子種のなくなる秘薬を飲んでいるセディ様は、万が一にも王子に復帰することはない。
代わりに与えられた大公位なら、同性の伴侶を迎え入れることは可能だ。むしろ一代限りの大公位が保障されるから、周囲から歓迎される。伴侶の身分が低くても同じく問題にならない。
――まるでセディ様と僕の為に整えられた、理想的な顛末。
どうする、どう答える?、僕?!
「……あ、あのっ、
最初はお友達からでお願いします……っ!!」
何を答えてるんだ僕ーーっ!!
告白に対して「友達から」なんて何様のつもりだよ。モブの回答じゃないだろ?!
それにこの言い回し、前世の日本ではお断りの台詞だぞ?! 言い直せ!!
「と、友達から始めてお互いのことを分かりあって、そうして恋人同士になって、け、結婚したいです!!」
結婚まで突っ走らないでーー!!
絶望に心の中で顔を覆っていたら、くすりとセディ様が笑われた。
立ち上がって、片手で膝の汚れを払っている。繋いだ片手はそのままだった。
「そうだな。
お互いを一から分かりあっていこう。まずは友人から。
それに今、恋人同士になってもアーヴィング博士の研究に対して協力が出来なくなる」
竜の聖女としての協力ですね。
そういえばジョシュに対して全面的にバックアップするって仰ってましたっけ。
こ、恋人同士になれば協力が出来なくなるって……処女じゃなくなるのか。こ、恋人同士ですものね……。
「俺も幸いなことに竜の聖女の称号持ちだ。アレクと共に協力すれば、二倍の速度で終わるな」
「……デスネ……」
セディ様が笑っていると、飛び立ったはずのレイクが帰ってきた。
どうやらセディ様が告白されるからと気を利かせて離れていたらしい。
立派な仔竜だ。場の空気が読めるなんて。
ろくに覚えていない前世分も長生きしているはずなのに、恋愛面では経験がなさ過ぎてポンコツな自覚のある僕だが、これだけはセディ様に伝えた。
「セディ様の隣で、一緒に生きたいです――」
……だってどうやら、僕もセディ様のことが好きみたいだから。
さっき感じた痛みは幻じゃなかった。多分きっと、あれは心の痛みだ。
でももう二度と感じることはないと思う。
セディ様が僕の隣にいる限り。
レイクウッドで送れると思っていた静かな日々は、それほど長く続かなかった。
ジョシュが研究室所属の変態たちと来襲したり、セディ様が竜の聖女とバレて軍部に付きまとわれたり。
脳筋枠のフレディがやってきたり、ゲームの攻略対象っぽい隣国の皇弟がお忍びで出現したり、純潔証明の結果、僕が拉致されたり。
……セディ様との仲が友人からランクアップしたせいで、ジョシュに協力出来なくなって絶望されたり。
だけどまあ、それらは少し未来のお話。
夏の夕暮れ時、金色に染まった湖のほとりをセディ様と手を繋いで歩いた先にある物語だ――。
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