第6話 ギフト 3
乙女ゲームの世界に転生していた”僕”こと、アレクシス・アーヴィング。
実はゲームの舞台となるロマンシア学園に入学する前、鮮烈な娼館デビューを果たしていました。
養父が言うんだもの。知識だけは持っておけと。
僕みたいな小物、快楽に目がくらんだら身を持ち崩すに違いないからって。
……持ち崩す可能性は否定できない。
童貞がセックスの愉しみを知ったら、ひたすらかくかくと腰を振り続けるものだって、前世のネット小説(十八禁)には書かれていたから!
男同士だけでなく、女同士も男女間も。
ハニトラに引っかからないために、手管も性戯もいろいろと見せてもらったっけ。
めちゃくちゃ生々しかった。
「――という訳で知識はある。
男女とも実際に経験はしていないけれど」
「それはよかった」
「は?」
いや、こっちの話、とヒューが咳払いする。
なにかごまかされた気もする、が。
「――で、プレイを実際に見てどう思った?
反応くらいはしただろ? 本番まではいかなくても、抜くぐらいはさせた?」
にやにやと笑う顔を近づけて、小声で聞いてくるヒューに、僕も小声で――表情は動かさずに答える。
「――プレイ見学前に、お勉強の時間が取られていた。性病やハマった者の末路を。
だからまったくのめりこめなかった……っ」
「…………ドンマイ」
まったくだよ!
乙女ゲームのはずなのに、妙にリアル。
アニメでは、主人公の悪役令嬢の周囲は理解者ばかりで優しい世界だったんだけどなぁ……ああ、ストーリーに無関係のモブなら仕方ないのか。
そういう訳で、僕は転生後も童貞を続行中だ。ハニトラと性病が怖くて、誘いに乗る気にもならない。
――モブでも誘いは時々ある。ほら、性少年なお年頃だから。
貴族しか通わない学校だから、女子生徒は皆純潔でいないといけない。
婚前交渉は論外。
男子生徒はそこまで厳しくないから、女子禁制の寮から脱走して夜の王都に走ったり、休日には外出する者が多い。
それでも間に合わないのか、下位貴族の僕は同性に誘われる。不純異性交遊は悪だけど、同性交遊はセーフらしいから。
乙女ゲームはどこに行ってしまってるんだろう?
第一王子の従者だと知られているから、声を掛けてくるのはハニトラかよほどの馬鹿だけだ。
アプローチされた場合はすぐに仲間に報告。そっと逃げる。
実力行使された場合は、大胆に逃げる。性病怖い。
むむむと唸っていたら、たまに非番の夜は外出している同僚が、頭を掻いた。
「あー……一応教えておくが、アレク。
セディ様は性病にかかってないからな」
急にどうした?
それは
王子のお相手なら、ちゃんと健康状態をチェックして身辺も綺麗な者が用意されるだろう。
セディ様は正妃様に悪い評判を立てられているけれど、実際には色街で騒いだりされたことはない。
ほぼ毎晩、寮の自室でしっかり眠られている。
「…………実はセディ様は一途な方だから、まったく遊ばれてはいない。ここ、重要だから覚えておくように。
それから俺たち従者も大丈夫。自衛していない馬鹿はいない。
体液からの接触感染なら、相手が患っていない限りはどれだけヤっても掛からないし、予防薬も避妊薬も毎回飲んでる」
乙女ゲームさぁーん!
なんで僕は同僚たちのアダルトな私生活を教えられてるんでしょうか?!
聞きたくない。
情報共有は必要かもしれないが、フツーに武勇伝なんて聞きたくない!
嫌がる僕の様子にヒューがにやにや笑っている。
追加でからかいの気配を感じ、ベッドから退散しようとした僕は、寝室に響いた電子音に動きを止めた。
エレベーターが動き始めるという合図だ。
この乙女ゲームの世界は、現代文明に近い設定なのでエレベーターが存在する。
学生寮にも数基ある。
だが響いた音は、王族が利用するこの特別室の、クローゼットルームに秘密裏に設置されているエレベーターからだった。
関係者だけが存在を知っているエレベーター。
建物最上階の特別室から、寮に表向きは存在しない地下室までを繋いでいる。
地下室からは学園に隣接している王宮へと続く通路がある。王族だけが使える秘密の脱出路だ。
「――セディ様が帰ってこられた?」
「もうしばらく王宮の方に詰められると聞いていたんだが。
案外、アレクの飯を食いに戻ってこられたんじゃないか?」
それはそれで心配する。ちゃんと”食べられる”ご飯を食べているのかと。
王宮は正妃様が押さえているから、セドリック王子を攻撃し放題なのだ。
食事に毒が仕込まれているのが通常営業。学園寮に入ってようやく一息ついたと、本人がおっしゃるくらいひどいらしい……。
エレベーターの到着を告げる電子音が響き、寝室の壁に設置された引き戸の扉が開いた。
同僚の護衛に囲まれた黒髪の美青年が出てくる。
セドリック・カニンガム第一王子。僕の仕える主だ。
亡き母君と同じ濡れ羽色の髪に、瞳に王家の金を宿す高貴な存在。
冷ややかに見えるほど落ち着いた表情と物腰。実年齢は十八歳のはずなのに、それ以上に見えてしまう気品と威厳がある。
アニメの第一王子は唇を歪めて笑う姿が似合いの、傲慢な俺様王子だったんだけどな。
この世界のセディ様はまったく違っている。
まず、笑顔を見せない。
この前行われた生徒会室での会談時、弟王子と悪役令嬢は驚いただろう。
語る言葉の内容よりも多分、彼が初めて浮かべてみせた笑みに。
肉親である異母弟にも、将来の側近候補だったご学友方にも、ほとんど笑いかけないセディ様。
”人形王子”とか、”冷徹王子”と陰で呼ばれている。
でも子飼いの従者である僕たちには、プライベートな空間なら微笑みを向けてくださることがあるんだけどな。
今も、出迎える僕の姿を金の瞳に映して、薄い唇の端を少し上へと引き上げ――。
そのまま数歩前へと進み出たセディ様が、僕をふわりと抱きしめられた。
抱きしめ……抱きしめ?!
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