第7話 ギフト 4

 違う!

 これ、僕を抱きしめたんじゃなくて、僕に向かって倒れてきた!




 一瞬パニックになりかけたけど、しっかりと抱きとめたセディ様を”る”。

 その体にかすかにまとわりついている、黒い靄。”体に取り込んだら害になる”とわかってしまう感覚。


 毒だ。


「どの程度だ、アレク」


 第一王子付きの筆頭執事であるイアン様が、心配そうに確認してきた。


 僕やセディ様と親子くらいに歳が離れているイアン様は、正妃様のご実家とは政治的に対立している侯爵家の出だ。

 従者を采配する立場で、頼れるお父さ……お兄さんで、セディ様に甲斐甲斐しく仕えている。

 今回もセディ様の体調が悪いのに気付き、王宮から連れ帰ってきたんだろう。


 周囲に指示を出しつつ、状況を説明するイアン様。


「私が気付いている限り、いつもの食事への混入と睡眠妨害があった。それは手持ちの解毒剤で対応できている。

 だが、正妃様にお茶に招かれた」

「……命に別状はありません」


 僕の肩口に顔を埋められて、荒い息を押し殺しているセディ様の体に触れる。


 自分でも不思議なギフトだなと思う。

 対象を黒い靄みたいなモノが覆っているのが見えたりするし、直接触れると危険度が分かる。

 数字に置き換えたりできない感覚的なものだから、神殿で能力を確定しようと思っても出来ないかもしれない。


 なんとなく、これなら用意している薬湯の三番を飲んで、一晩ぐっすり休んだから回復すると思う。

 そして、その勘は当たるはず。そういうギフトだから。


 僕の説明に、イアン様が安堵の息をついた。


「いつもの嫌がらせか。よかっ――いや、よくはないが。

 セドリック様にはこのまま休んでいただこう」


 就寝の準備を。

 そう告げたイアン様に、従者たちが一斉に動き出した。


 僕にもたれかかっていたセディ様が二人がかりで抱きかかえられ、ベッドへと運ばれていく。

 起きたヒューが、てきぱきとした動作でベッドを整えていた。そのまま横たえて靴を脱がせ、パジャマに着替えさせるのだろう。


 まだお昼過ぎの時間だが、僕も王子とお揃いのパジャマに着替える。


 セディ様の体調が悪い場合、添い寝係は僕の担当だ。

 体に触れていたら、容態が悪くなったときにギフトですぐに気づくので。

 お医者様に詰めてもらうべきなんだろうが、第一王子の弱みを見せることはできないから、よほどのことがない限り呼ぶことはない。


「頼むぞ、アレク」

「はいっ」


 まだ昼過ぎという時間なので、天蓋から垂れ下がるカーテンを二重にして、ベッドの中を薄暗くする。

 パジャマに着替えたセディ様が、金の瞳をうっすらと見開いて僕をみていた。


 毒で弱っているせいで、眼力が落ちているなぁ。

 恐れ多いという感覚が薄れて、どちらかというと庇護欲を掻き立てられる。年下の僕が庇護など不敬かもしれないが、中身は前世持ち年上なのでセーフにしてほしい。


「……アレクシス……」

「水分は取られましたか?」


 金の瞳が笑みの形に細められ、セディ様がかすかに頷かれた。

 掛け布団をめくって彼の隣に滑り込み、黒髪を抱えるように腕を回し、胸元にと引き寄せる。

 別に側にいれば気配だけでも毒鑑定のギフトは発動するんだけど、今から行使するのはもう一つの異能だ。


「……”いたいのいたいのとんでけ”……」


 抱きしめたセディ様を中心に、こまかな金の粒子が舞った。




 黒い靄と同じく、誰の目にも映らない金の光。

 体調をよくする”おまじない”。




 ……ちなみに、毒の感知については周囲にバラしているけど、こちらの治癒っぽいのはバラしていない。

 本当にヤバいと思われる能力なので。

 目に見えて良くなるって訳じゃないんだよ。温泉に入ったかのように、じっくりゆっくりと浸透する効能だ。

 あっという間に怪我や病気がよくなるギフトは、神殿の認定する聖女特有の異能らしいけど、そこまで大きな力じゃない。


 ないよりはまし。ただのおまじない。

 でも周囲に知られたら、きっと毒感知以上に騒がれると思うので、誰に対しても出来るだけ秘密。


 まあ、こっそりとは使っているけどね。

 ヒューが訓練で骨折した時にも掛けたし、孤児院にいたときには体調を崩した弟妹たちに。

 通りすがりに、転んで肘や膝をすりむいた子にも掛けたことがあるなぁ。

 小さい子はおまじないを信じているから、ごまかしが効くんだ。ヒューにも全力でごまかした。

 なので、他にはバレていないだろう。


 ふうと熱い息をついたセディ様が、額を僕の胸に押し付けてきた。


 金の粒子が効いているのかな? まだまだ掛けますよ。

 これは異能じゃなくて、おまじない。子どもの遊びのようなものだから。

 いちいち口にしないと発動しないのが恥ずかしいけれど。このおまじない、子どもっぽく発音しないと掛からないんだ。

 無詠唱スキルがほしいけど、この乙女ゲームの世界には存在しない。


「――”いたいのいたいのとんでけ”、”いたいのいたいの……」


 優しく頭を抱きしめ、黒い髪をなでる。




 王宮では大変でしたね。

 慣れているからといって、毒なんて飲みたくありませんよね。

 ここなら安心です。皆が守ってくれています。




 おやすみなさい、セディ様。

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