第8話 スカウト 1
セドリック第一王子の婚約破棄宣言から一月半。五月も後半に差し掛かろうとしている。
始業式、四月の初めに倒れられたセディ様は、学園に復帰することなくそのまま退学することになった。
表向きは原因不明の病が良くならず、空気の良い辺境で療養するため。
だけど裏の意味は違う。父王からの愛だけを後ろ盾にしていた第一王子は、王位継承権争いに負けて、表舞台から消えることになったのだ――。
どうするんだ、『愛ロマ』が始まる前に終わってしまったんだけど。
アニメのストーリーは覚えている。
ラスト間近に第一王子がドロップアウトして、悪役令嬢は本命の第二王子と結ばれる。
ならこれでも物語的に大丈夫なのか? ……原作ゲームのピンク髪ヒロインが、アニメに参戦前に終わっているけど。
でも一応、ハッピーエンドは確定した。
セドリック王子の王位継承権放棄は、しぶる陛下への説得をなんとか成功させ、つつがなく受理されたそうだ。
その場に同行していたイアン様が教えてくれた。
王族や偉い人の見守る中で、セディ様は子種を失うという王家の秘薬を飲んだそうです。
満面の笑みを浮かべて薬の入ったグラスを差し出す正妃様から受け取ってね、ぐいっと。
これで今後、セディ様が正妃様その他の勢力から命を狙われることはほぼなくなるそうです。そういう魔法契約を結ぶことで、ようやく陛下がセディ様の臣籍降下を認められたのだとか。
学園を退学して王都から遠い辺境で療養。しかし容態は良くならず、王族としての公務がこなせないので王籍を抜けて一代限りの大公位授与。
第一王子は要職に就くこともなく、そのまま表舞台から消えることになる。
五月の終わりには、セディ様の退学が受理され、いずれ下賜されることになるだろう療養地に向かわれることになる。
北の国境近い山あいの盆地。針葉樹林に囲まれた小さな湖が美しい場所だそうです。
そのままずばり、レイクウッドという地名だとか。
前世でいうスイスみたいな場所っぽい。
レイクウッドから一本道で繋がる山の麓に小さな街はあるけれど、山の上には国境を警備するための砦と、王家所有の館が建っているだけの辺境。
空気が澄んでいて、静かで、温泉が湧いている。
もう社交なんてしたくないという世捨て人が隠れ住むか、二度と社交に出せないといういわくつきが軟禁されるかという二択みたいな場所だ。
温泉が湧いているというだけで、元日本人としては評価が爆上がりなんだがレイクウッド。
一応、数年過ごしたら病状が落ち着いたということで療養地から移動も出来るようになるだろう。王都に戻るのは無理だけど。
結婚したデイビット第二王子(その頃には正式に王太子か)と悪役令嬢の間に子どもが出来れば、さらに自由が与えられる。
それまでのんびり過ごしていればいいらしい。
セディ様は数年は軟禁状態に置かれるだろうが、ご本人はまったく気にしていないようだ。
もう命を狙われず、やらなきゃいけない仕事も存在しないということに感動している。
異母弟のするべき仕事も押し付けられていたからね、セディ様。
チャラ男は今後、代わりに生徒会長をしたり王族の仕事をこなしたりと大変だろうけど、悪役令嬢が有能だから手伝ってもらえばいいよ。
さて、もう二度と学園には行く気がないと言っているセディ様の代わりに、僕たち従者は退学に伴う手続きに走り回っている。
残っているセディ様の荷物を片付けの他、自分の退学のための準備もしなくては。
僻地に引きこもられるセディ様に、僕も、ヒューも、イアン様も、仕える全員がつき従う予定です。
セディ様が王族じゃなくなっても、彼個人に仕えると魔法契約が交わされているからという理由はある。
だけど皆、自らの意思でついていくと考えているんじゃないかな。
ヒューも言っていた。
『あー、もちろん、セディ様をお慕いしているというのはある。
だけど俺、第一王子に仕えるためだけに
…………いろんな事情があるけど、従者の心は一つだ。
セディ様についていく。
「――アレク!」
生徒会室に残されていた、セディ様の私物を入れた紙袋を手に廊下を歩いていた僕は、掛けられた声を足を止めて振り向いた。
先ほど生徒会室で顔を合わせていた、書記のフレドリックが早足で近づいてくる。
フレドリック・ユーハイム。
第二学年生で、ユーハイム辺境伯の三男。
毛先のはねた短い赤毛に、オレンジ色の瞳。背の高い細マッチョで、セドリック第一王子の護衛騎士だった。
過去形です。
セディ様の周囲にいたご学友の取り巻きは、未来の国王の補佐をするために王家が選んだ人材だ。
なのでセディ様が失脚すれば、自動的にデイビット第二王子のご学友に立場がスライドする。
――もちろん、彼も乙女ゲームの攻略対象である。
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