第9話 スカウト 2

 フレドリック・ユーハイム。愛称フレディ。

 『愛ロマ』の攻略相手の一人で、テンプレでいう脳筋枠だ。担当カラーは赤。


 西の国境守護の要であるユーハイム辺境伯家。

 その三男坊である彼と僕は、実はこの学園に入学する前からの知り合いだった。


 暗部の修行でね、軍隊生活を経験するというカリキュラムがあるんだよ。

 ユーハイム辺境伯軍では、新兵訓練に自領外からの参加も受け入れていて、十三歳から十四歳にかけての一年間、しごかれてきました。

 その新兵訓練に、父親の意向でフレディも一兵卒として参加していた。

 同じ釜の飯を食った仲というやつです。


 国境付近での野外訓練の途中でゲリラ兵に襲われて、初めて剣で人を斬ったと呆然としていた彼を後ろから殴って正気に戻したのは、今ではもう懐かしい思い出だ。


 肉を断つ感触は甘く見てるとトラウマになるからね(暗部の先輩談)。

 剣がダメなら銃で撃てばいいじゃない。

 と、引き金を引くだけで終わる、心理的に抵抗感の少ないピストルを渡して励ましたら肌に合ったようだ。

(ちなみに僕がなぜそんなことを知っているかというと、裏世界の人間らしく、すでに死刑囚を使って童貞卒業(この分野では)していまして。

 シビアなこの世界が乙女ゲームアニメだと気づいていなかった一因でもある)


 その後、フレディが右手に剣・左手に拳銃という二刀流の使い手になってしまったのは、多分僕のせいではない。

 アニメ設定から逸脱してしまっているけど、原作ゲームにそういうルートがあったんだって信じてる……。


「アレク。

 セドリック殿下が退学されるのは聞いたが、もしかしておまえも一緒に退学するのか?」


 尋ねてくる赤毛のイケメンに、僕は当然と頷いた。

 そしてそのまま気楽な調子で口を開く。同じ釜の飯を食べた仲なので、二人きりの時は身分を気にせず話している。


「従者だからね。

 殿下が退学されるなら、従者の僕が学園に通う意味はないでしょ」

「しかし、もう二年通ってるだろ。

 セドリック殿下には一時休暇を願い出て、おまえだけでも卒業まで在籍したらどうだ? ロマンシア学園の卒業資格がないと、カニンガム国では貴族として認められないんだから」

「高位貴族は、ね。男爵家の養子には関係ないよ。

 一応、通信教育で卒業資格は取る予定。殿下も、体調さえ良くなったらそうされるみたいだし」

「……セドリック様についていったら、おそらくもう王都へは戻って来られないぞ。そのまま辺境で骨を埋めることになるだろう」


 フレディが、真剣な顔つきで僕の肩に両手を置いた。

 細マッチョなイケメンのオレンジ色の瞳が、彼より小柄なせいで見上げる格好になっている僕の姿を映している。


「……なぁ、アレク。俺の従者に鞍替えしないか?」

「はい?」

「アーヴィング男爵には辺境伯家から願い出よう。暗部と辺境伯家の今後の付き合いを考えれば、異動は許されるはずだ。

 俺はおまえに敵から命を、その後も寄り添い続けてくれて心を助けられた。

 これからはずっと、俺の側にいてくれないか」

「フレディ……」


 まさかの転職スカウトだった。


 うーん。

 冷静に考えると、僕がフレディに鞍替えするのは無理だと思う。

 既に王家のタブーをいろいろと知りすぎている。暗部としては、辺境伯家と確執を持ちたくないから表向きは受け入れるだろうが、すぐに”事故”で消されるんじゃないかなーという不安がそこはかとなく。

 それに、


「ごめん」


 僕はフレディに謝った。

 表舞台から退場する僕を、自分なりに助けようとしてくれているのだろう”友”の気持ちはうれしい。

 だけど、フレディとセディ様なら、セディ様の方をお助けしたいなーと思ってしまうんです。


 前世のアニメ設定にかなり忠実なフレディは、家族に愛され、周囲の理解者にも恵まれている。このまま次期王の側近として、幸せな未来が開けているだろう。

 だけどセディ様は違う。

 アニメ設定はどこにいったと思わずにはいられない劣悪な環境で、それでも懸命に足掻いていらっしゃるんだよ。

 なぜだか早々にざまぁエンドになってしまい、ストーリーが変わったせいで、このまま彼がひっそりと生きていけるのかさえ分からない。


 だから微力モブだとしても、お側で支えていきたい。

 僕の見た目は十七歳の若造だけど、中身は違う。

 都会に憧れなんてありません。田舎上等。骨を埋めてみせるぜ。

 幸せなんてささやかでよければ、どこででも見つけられるものなのさ。

 アニメの愚かな俺様王子とは違うあの方が、これから少しでも心穏やかに生きていけるお手伝いが出来たらと、心から思っているんだ――。


 隠すべき所は隠しつつ、心の内を告げる。

 赤毛のイケメンは、一瞬だけどこか傷ついた表情を浮かべたが、仕方ないなぁと苦笑してくれた。


「……アレクは本当に、セドリック様が好きなんだな」


 うん、好き。

 見た目は表情を動かさない冷徹王子だけど、部下に無茶は命じない、公平であろうとするよい主だ……ガチで僕はセディ様を好きなんだろうなぁ。

 こう、助けたくて仕方ないとか、めいっぱいお支えしたいとか、そういう気持ちを持ってしまっているから。


 多分ほだされているというか、敬愛とか同情とかいろいろなモノが混ざってしまっている。

 前世風に言うなら、リスペクト。ほれ込んでいると言ってもいいかもしれない。


「おまえの気持ち、セドリック様に届くといいな」

「うん?」


 しみじみと呟かれた台詞には違う意味合いが乗っているような気もしたが、別にセディ様に見返りを求めているわけじゃなし。届かなくてもかまわないかな。


 一人で納得した風に頷いていたフレディが、そろそろ生徒会室に戻るわと片手をあげた。

 うん、チャラ王子がこれまで逃げていた学園の仕事に泣きながら向き合っていたからな。新しく生徒会補佐に選ばれた悪役令嬢と一緒に助けてあげるといいよ。

 ちなみにセディ様は当時婚約者であった彼女を生徒会には入れていなかった。アニメでは入れてこき使ってたのに。

 っと、そういえば。


「そうだ、フレディ。

 つい最近、学園にピンク色の髪の女子生徒が中途入学してきたと思うんだけど――」


 始業式を終えた後から、”体調不良”で通学しなくなったセディ様。

 僕たち従者も主に付き合って通学をしていなかったのだが、そういえば五月始めにゲームヒロインであるピンク髪の少女が中途入学したはず。


 乙女ゲームでは主人公だけあってかなりのスペック持ちだったらしい。聖女になるルートもあったくらい。

 だけどアニメでは、悪役令嬢モノのテンプレ通りの、最悪な描き方をされていた。

 主人公だった悪役令嬢と同じ前世持ち。原作知識を使って逆ハーレムを狙い、第一王子、目の前の脳筋を続けざまに落とす。

 その後も攻略を続けようとするけれど、アニメヒロイン(悪役令嬢)の活躍で脳筋は離反し、どこまでも愚かな第一王子と共にざまぁをされる訳だ。


 この世界の原作ヒロインも、アニメの『愛ロマ』と仕様が同じなら前世持ちの腹黒だ。

 脳筋ことフレドリック・ユーハイムは騙されるかもしれない。


 気をつけろと忠告だけはしておこうと考えていた僕に、フレディは不思議そうに首を傾げた。


「生徒会が知る限り、学園に中途入学した者はいないはずだが?」

「え?」




 ――どうやら『愛ロマ』は、完全にアニメのストーリーから外れてしまったらしい。

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