第10話 攻略対象 1

 アリス・クロフォード。

 乙女ゲーム『愛のプレリュード~ロマンシア学園へようこそ~』のヒロインの名前だ。

 僕の中での通称はピンク髪ヒロイン。肩の下くらいの長さのピンク色のふわふわ髪に大きな青い瞳も愛らしい小柄な少女。ゲームでは天使らしいが、アニメでは悪魔な性格だった。


 アリスという名も、クロフォードという姓も、ゲームのデフォルトネーム(名前を変えられるキャラの初期設定名)らしい――ゲームはやっていないから、全部伝聞系だ。

 派生作品のアニメ版『愛ロマ』も、ピンク髪ヒロインはこのデフォルトネームだった。

 なのでこの世界でも”アリス・クロフォード”という名で存在していると思っていたんだが、


 ……実は以前、暗部の権力を利用してというほどでもないが、僕は彼女のことを探ったことがある。

 ロマンシア学院に入学した直後に、この世界がアニメ『愛ロマ』ではないかと気づいて。


 孤児院育ちのアリスは老齢のクロフォード男爵夫妻に気に入られ、養女となりアリス・クロフォード男爵令嬢と呼ばれるようになる。

 なので貴族年鑑をチェックして、クロフォード男爵家の有無と養女がいるかどうかを確認したんだ。ちなみに貴族年鑑は、平民が気軽に閲覧出来るものではないので、権力を利用したという表現は間違っていない。


 結論。クロフォードという男爵家は存在していたけれど、養女はいなかった。


 原作ゲームでは詳しく語られていたのかもしれないが、アニメではアリス・クロフォードの過去はさくっと流されていた。

 だからアニメしか知らない僕は、アリスのことについてほとんど分からない。

 まだ養女として迎えていないのかと、その後も何度かチェックをしているが、今現在もクロフォード夫妻に養女はいない。




 ここで僕は、三つの仮説を立てた。


 一つはピンク髪ヒロインが”アリス・クロフォード”というデフォルトネームでない場合。

 この場合、僕にはまったく行方を追えない。姓名自体が変わっているならお手上げだ。さすがに下っ端の僕に暗部を動かす権限はない。


 もう一つは、前世知識のある悪役令嬢が、既に手を打っている場合。

 バッドエンドフラグ絶対引き抜くウーマンだからな、彼女は。

 カニンガム公爵家の威光と財力を使えば、孤児院の少女一人くらいどうとでも出来るだろう。田舎にでも隔離されて、それなりに幸せになっていることを願う。


 最後の一つはピンク髪ヒロインも前世の記憶を持っていて、ざまぁ回避のため逃げている場合だが。

 その場合もどうやったって見つからないだろう。

 ざまぁは怖すぎる。僕も彼女に生まれていたら全力で逃げる。


 うーん、やはり悪役令嬢がなにかしているのかな?

 アニメというお手本はあるが、彼女は見事にフラグを叩き折っている。すでに現地点で、本命の第二王子と出来ているっていうのはすごい。

 第一王子のリタイアによって、アニメのストーリーはさらに変わってしまった。必要なくなったからピンク髪ヒロインを本編の舞台から遠ざけたままというのはあり得るぞ。


 確かめる術なんてないけどさ。

 僕はモブだから、こちらから話しかけたことはないし。悪役令嬢にとっても一従者の僕は路傍の石と同じだろう。

 ま、セディ様には今後学園なんて関係なくなるのだから、もうピンク髪ヒロインのことは考えなくてもいいか!




 セディ様の私物を詰めた紙袋を持って、男子寮の部屋に戻る。

 闘病中の第一王子は、学園に復学できるかどうか様子見をしていたが、結局辞めてしまうという筋書きだ。

 だから荷物もすぐに引き上げず、ある程度の期間を置いていた。

 身辺が綺麗になったので、いよいよ近日、療養地のレイクウッドに移動予定だ。ついていく僕たち従者の退学届も出してきたので、すぐ受理されるだろう。


 部屋に入ると、セディ様だけがいた。お付きの姿が一人もいない。

 たしかに私室だけど誰もいないのはやばい……と天井付近に意識を向けたら、ちゃんと暗部の先輩の気配を感じ取れた。それでもセディ様は表向き一人でいて良い方じゃないんだけど。

 人払いでもされているのかな?

 申し訳ないが、今から僕が付くので一人っきりにはなれませんよーと思いながら、紙袋を持ってセディ様に近づく。

 彼の命で、生徒会室から私物を回収してきたので。ご報告をせねば。


 ただいま戻りました、と紙袋を示しながら報告した僕に、セディ様は鷹揚に頷いて紙袋を受け取った。

 今から中身を確認するらしいので、お茶を入れましょうかと提案して了承される。

 ふふふ、僕のお茶を入れる手腕はなかなかのものですよ? 仕込まれた毒物にいち早く気づけるから、ずっと担当してたので。

 まあ担当はお茶だけでなく料理全般なんだけどね。


「アレクシス・アーヴィング。

 おまえと話がしたい。自分の分も入れて、俺の前に座るように」

「――かしこまりました」


 紅茶のカップをテーブルに置き、そのまま従者の定位置の壁際に移動しようとしたら、セディ様に声をかけられた。


 珍しい。というか僕、個人的に誘われたのは初めてかも。


 セディ様は孤高の存在だ。従者に対して、自分から声を掛けることはほとんどない。

 第一王子に仕えている者で会話をするのは、イアン様とヒューと、他二名の高位貴族だけだ(ヒューも伯爵家に連なる者だから、一応高位貴族なんだよ! 下っ端だけど)。

 下位貴族の従者に対しての冷遇にも見えるその態度は、特権階級の驕りと周囲に受け止められていたようだが、理由はある。


 イアン様が教えてくださった。

 まだセディ様が幼い頃、仕えていた下位貴族出身の従者が行方不明となり、王都の下町で死体で見つかるという事件が続いたらしい。


 はい、もちろん黒幕は正妃様です。証拠はないけど。

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