第11話 攻略対象 2

 ある日、身近に接していた従者の少年が突然いなくなり、暴行を受けて殺されたと一目でわかる死体が城外で見つかる。

 勝手に外出した。不用意に治安の悪い場所に近づき、トラブルに巻き込まれたのだろうと判断を下す周囲に抗議していたセディ様だが、従者を殺され続けて諦めた。


 正妃様もさすがに、後ろ盾が強い高位貴族出身の従者には手を出さない。

 だから下位貴族出身の従者をすべて暗部出身に入れ替え、それでも念を入れて、セディ様は従者に対して一線を引くようになった。


 よほどの理由がない限り、自分から話かけない。親しい素振りは見せない。

 僕は入れ替わりが始まってからお側に上がったのだけれど、”冷徹王子”と呼ばれるようになった彼に、不満は抱かなかった。

 イアン様他、以前からいらっしゃった高位貴族の従者のフォローがすごかったので。

 鋼の結束を持っているといわれている第一王子付きの従者。新参者には納得の、先輩からの心遣いでした。

 しゃべらないセディ様のアイコンタクトの意味、雰囲気の読み方とかいろいろと教えていただいたっけ。


 表情はあまり動かさないけれど、目元が細められたりするんだよ。決して怒鳴られたりしないし。

 それに実は、なにかと気にかけてくださっている。

 親しみを見せることはないけれど、本当に冷たく当たるのは違うと分かってらっしゃる方なんだ。


 例えば、お茶の時間に出されるお菓子。

 ”わがままな第一王子”はいつも多く用意して、食べずに残してしまう。

 だけど一度出した残りは従者がいただけるのです。僕が好きないちごのプチタルトなんて、毎回複数いただけるくらいに残ってます。もぐもぐ。


 そんないつも従者に配慮をされているセディ様が、下っ端の僕に直接声を掛けられた!


 今はこの部屋に僕だけしかいない(天井先輩除く)。

 お誘いに乗っていいんだろうか?

 ドロップアウトの意思を示されてから、セディ様に対する監視は減っている。問題にはならない……多分。


 ……よし、ご指名ならお受けしよう。

 下っ端に拒否権なんてないという前に、僕の名前を呼んでもらえたのが少し……いや、かなりうれしいから。


「ありがとうございます、お声を掛けていただけてうれしいです。

 それで、どのようなお話でしょう?」


 僕は言葉に甘えて、セディ様の前の席に座った。

 にこにこと、いつものように笑いながら話しかける。

 対外的にセディ様からは話しかけてこなくても、その分従者からアプローチするのが第一王子陣営の日常です。


 セディ様は金色の瞳を細めて僕を見つめ、ゆっくりと紅茶を口にされた。


「…………いつも、安全であたたかな食事やお茶をありがとう、アレクシス」

「!!」


 感謝の言葉だー!


 気持ちのこもったアイコンタクトは送られてくるけど、イアン様が代わりに口にされていた台詞。それを今、直に聞いている。

 感動している僕に、セディ様が続ける。


「ようやく王都を離れることが出来る。

 俺への監視の目もかなり緩んだ。このまま辺境に引きこもれば、いずれ干渉はなくなるだろう」

「――はい」


 多分。

 やっぱ殺しとくかーと正妃様が考えない限り、このまま逃げ切れますよ!


「だからこれからは……おまえの名を、愛称で呼ばせてほしい」


 !!!!




 セディ様、そんな……なんてささやかな望み。

 たしかに他の方々は僕をアレクって呼んでくれているけど、セディ様には呼ばれたことがなかったっけ。

 正妃様に親しい様子を見せない為、セディ様は誰の名も愛称で呼ばれない。短くて略しようもないイアン様はともかく、わかりやすいヒューもヒューバードってしっかり呼んでいる。

 婚約者だったベアトリス嬢も、愛称であるはずのトリシーとは呼んでいなかったし(そもそも親しくなかった)、異母弟のデイビット王子さえデイヴ呼びはなかった。

 ……そういえば悪役令嬢と第二王子、人気のない場所ではしっかりお互い愛称呼びだったんだ……暗部は知っている。

 たとえ幼なじみ同士だったとしても、片方は他者と婚約している年頃の男女がこそこそ愛称呼びって、不貞でいいと思う。


 それはともかく、セディ様の部下に対する愛称呼び解禁だ。


「もちろんです、セディ様!

 アレクと、どうぞご遠慮なく呼んでください」

「ありがとう……アレク」


 ああ、はにかんでいるセディ様の笑顔が美しい……ずっと、部下に対しても自分を偽ってらっしゃったんだものなぁ。




 これからはどうぞ、心置きなく愛称で呼んでくださいね、皆を。

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