第12話 さらば王都 1

 僕の主セドリック・カニンガム第一王子がベアトリス・ウェナム公爵令嬢と婚約破棄――じゃなかった、婚約解消をしたのは四月の初め。

 あれから二か月。

 王位継承権を捨て、王籍までも捨てる覚悟を示し、ようやくセディ様が王都を離れられる日がやってきた。


 しかしあの前世に見た乙女ゲームのスピンオフアニメ、本当に始まる前に終わっちゃったんだなぁ。

 ピンク髪ヒロインは結局学園に入学しなかった。

 悪役令嬢はアニメ開始前に第二王子と結ばれている。そしてざまぁをされた第一王子は王都から姿を消――いや、これほんとにざまぁされた? セディ様が自ら、舞台を降りただけな気が。


 愛息子にしがみついて嫌がっていた陛下も、ようやく納得されてしぶしぶとだが手を離された。自分の息子のライバルを蹴落とした正妃様は高笑いしている。我が世の春だねー。


 あとは正妃様の気が変わらないうちに王都脱出! 新天地レイクウッドに逃げ込むだけだ。




 そういう訳で学園男子寮地下の駐車場にて、引っ越し準備の終わった車列をバックに、従者の皆と並んで待っている僕です。

 立ち位置はすみっこ。一番の下っ端なので。付き合って隣に立っているヒューだが、君本当にここでいいの? 養子とはいえ、一応高位貴族でしょ?


 引っ越しだが大きな家具などは別に運んでいるので、黒塗りの車に積み込んでいるのは道中の着替えなどだ。それでも何台も車を連ねて向かうことになる。

 なにせ新天地は国境の近くという遠さ。道中の各領主家で歓待を受けることなく、ただ車を走らせるだけでも二週間ほどかかる。

 鉄道があればもっと早く着くんだろうけど、この世界には存在しないからな。(電気は通っているナーロッパ世界だけど、鉄道開発は竜の存在でとん挫している。大きな音を立てて走る蒸気機関車は竜の襲撃対象になるから)




 学園寮と王城を繋ぐ秘密の地下通路から、父陛下の元に最後のご挨拶に向かわれたセディ様が戻ってきた。

 周囲を高位貴族の側近方と護衛に囲まれて、黒スーツ姿がめちゃくちゃ格好良い。


 四月までは深緑色のブレザータイプの学園の制服を着ていらしたけど、もう退学したので黒のスーツ姿。黒髪にめちゃくちゃ似合ってます。上着の下にベストを着ていないのは、季節的に暑くなってきたからだろう。そして少し細めの黒ネクタイ。

 世間では衣替えも始まっているけど、セディ様は制服時も通年きっちりネクタイは締めていらしたっけ。

 くたばれクールビズ! 出来る男はやっぱりネクタイが似合うー!

 あ、主のセディ様がネクタイ着用派なので、お供の僕たちもネクタイは締めてます。ネクタイってズボンのベルトに並んで、格闘戦の武器になるんで重宝してる。暗部マメ知識。


 やって来る迫力満点の黒服軍団を憧憬の眼差しで見ていた僕だが、最後尾に何故か良く知る白衣姿を見つけてしまった。


「うえ?!」


 思わず小声で反応した僕に、隣のヒューがこそっと尋ねてくる。


「知っている相手か?、アレク」

「ぎ、義兄」

「あー……そうか、アーヴィング家の養子たち」


 合ってるけどちょっと違う。

 しかし、二年ほど会ってなかったが一目見ただけで分かってしまった。


 くるんくるんに巻いた癖毛の白い髪を、腰まで伸ばしている若いおと、おと、――男。一応。

 はっきり言って見た目は可愛い男の娘だ。


 身長は僕よりも低い。背丈の差は拳二つ分くらい広がっている。

 小柄な体に筋肉はついていない。肌の色も髪と同じく病的な白で、瞳の色だけがピンクがかった赤。アルビノといわれる色素欠乏症の色彩だ。

 性格はツンデレ。誰にも対しても基本塩対応らしい……身内なので僕はデレしか見たことないが。

 そして頭がめちゃくちゃいい。今は国立研究所に所属しているはず。

 黒服軍団の後ろをふらふらとついてきていた白髪の男の娘は、凝視していた僕と目を合わせると、にぱぁと昔と同じように笑った。


「アレク! お兄ちゃんがんばった! がんばって王子様を口説き落としたよ!

 可愛い弟とこれからは永遠に一緒だよーー!」

「傾聴!」


 僕に向かって走り出そうとした白衣の襟を、イアン様がむんずと掴んだ。


「――こちらはジョシュア・アーヴィング博士。

 知っている者もいるだろう。我がカニンガム国の竜研究の第一人者だ。

 セドリック様が竜の棲息地にほど近いレイクウッドに居を移されるにあたって、実地研究のための庇護を求められたので受け入れた次第だ」


 要約。ゆかいな仲間が増えるよ!


 伝え終わったイアン様が手を離し、男の娘が一目散に走って来る。

 飛びついてきた義兄にぎゅうっと抱きしめられ、どこか虚無の眼になりながら僕は周囲に説明を始めた。

 だって、これまでにもあったから。

 言葉の足りない彼の代わりに、僕が彼との仲を説明しなきゃ場が収まらなかったことが。




 ジョシュア――その名は僭越ながら僕が名付けた。だって彼は、気づけばただのジェイと呼ばれていたらしかったから。

 アルファベットのジェイ。貧民街に捨てられた子供を区別するため、便宜上割り振られた名前。

 道端に瀕死で転がっていた彼を癒し、孤児院に連れ帰ったのは幼い僕だった。


 ジョシュアの過去は彼が語らないから知らないけど(記憶喪失かわざとなのかも不明。そして孤児院は各自の事情なんて首を突っ込まない)、頭がとてもよかった。本物の天才だった。

 うわさになった天賦の才能に、人材マニアな養父アーヴィング男爵が目を付けた。


 そして養子に迎えようとしたのだが、本人がごねた。

 弟のように思い可愛がっている僕(年齢差なんてわからないのに弟認定されている)と絶対離れたくないと。自分を引き取りたいなら弟も一緒に引き取れとごねまくったのだ。


「……という訳で養父はジョシュアを引き取る際、セットで僕も引き取ったのです。

 僕がアーヴィング家に引き取られたのは、義兄のおまけとしてです」

「ゴホン!」


 あれ?、イアン様が変な咳をした。

 思わず注目したが、特に続く言葉はなかった。


 イアン様の隣に立つセディ様がこちらを見ている。

 ジョシュアが気になるんだろうか。慣れないと強烈なキャラだからね、ツンデレ。ツンは見たことがあったとしても、デレは初めてなんだろうな……。




 さて、セディ様一行の仲間入りをすることになったジョシュアもといジョシュ(家族なので愛称で呼んでます)だが、僕の配置された車に乗ることになった。

 ――物理的に離れてくれないんだ。ひしっと腰にしがみつかれている。

 二年前セディ様付きになった僕がアーヴィング邸に戻ることはなかったし、彼も研究者として国内外を飛び回っていると聞いていた。だから久々の再会なのだ。


 多分、今夜は離してくれない。彼はくっつきたがりだから。

 孤児院では猫の子のように重なりながら寝ていたっけ。ベッドの数が足りてなくて一台を複数で使っていたけど。

 一緒の部屋で寝てもいいか、後でイアン様にお伺いを立てておかなくちゃ。それから多分同室になるだろうヒューにも了解を取らないと……。


 ジョシュの頭をぐりぐりと撫でながらそんなことを考えていた僕の横、ヒューが変な声を出した。


「うえっ?!」


 それ、さっき僕も呟いた。

 なんなら僕より迫力がある。隣にしか聞こえないくらいの小声だけど。


 そんなことを考えながら、ヒューが視線を向けている方向を確認する。

 思わず声を上げそうになったが、根性で耐えた。


 なぜ……なぜいるんです?、悪役令嬢!

 ここ、男子寮なんですけどー?!

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