第13話 さらば王都 2
紅一点に視線が集中してしまったが、よく見れば現れたのは生徒会役員御一行だった。
当然のように悪役令嬢をエスコートしている第二王子のデイビット。並ぶ二人の後ろに続いているのは攻略対象とモブ役員。
僕は続く彼らを見る。
エドワード・レーネック。
国王の懐刀として知られるレーネック宰相の長男。いずれは侯爵である父の跡を継ぐと言われている青年だ。
現生徒会での役職は生徒会副会長。これはアニメとは違う。
セディ様が生徒会長にならなかったので、生徒会長には生徒会副会長になる予定だった第二王子が繰り上がり、彼も書記から生徒会副会長に繰り上がっていた。
イメージカラーは青の堅物眼鏡。今も眼鏡の奥の瞳を細め、セディ様をにらみつけるように見ている。
この方、悪役令嬢によってトラウマから解放され、彼女を好きになったはいいが既にセディ様と婚約済み。
なので恋敵なセディ様を敵認定した。
片思いの彼女が第二王子を好きだと知ると、真実の恋を応援して両思いになるのを手伝っていたけれど……不敬。正式な婚約者だったセディ様に対して不敬。
セディ様だって、好きで悪役令嬢と婚約していた訳じゃないのに。
という訳で、僕だけでなく第一王子側からの眼鏡に対する心証は悪い。
堅物眼鏡と対になる、イメージカラーが赤のフレディもいる。
フレドリック・ユーハイム。脳筋枠な僕の友人。
黒服の中にいる僕に気づき、小さく笑いながら脇に下ろしている手をひらひらと振っている。手を振り返すことはできないので少しだけ唇の端を上げて笑い返し、すぐ表情を消した。
そう、セディ様の身内以外が現れたのだから、お仕事開始だ。
僕はモブの量産型エージェント。生徒会室の壁際に控えていた頃のように表情を消し、来訪者たちを観察する。
ゲームの攻略対象、悪役令嬢の義弟はまだいないな。
小動物枠にあたる彼の生徒会役員入りは、入学したばかりの一年生なので後期からだった。なので同行していないのだろう。
青赤の攻略対象の後ろで餞別らしい菓子箱を持っているのは、アニメではモブだった会計。
茶髪の普通のモブ顔で、影も薄かったんだがこの世界では違う。
学園に送り込まれた王家の協力者。それも正妃様に紐づいているスパイです(確認済)。
同業者! カニンガム王家に仕えているアーヴィング家とは、違う一門に所属するそのスジの人間だ。
そうかー、彼も来たのかー。
なら正妃様に、セディ様の乗る車のナンバーはバレるな。情報を与えたくないから、監視の目の届かない学園の男子寮に車を手配して出発する予定だったのに。
嫌がらせの襲撃は覚悟しておくか。
「なにをしに来た。男子寮は女人立ち入り禁止のはずだが」
セディ様が低い声で異母弟に問いかける。
びくりと体を揺らしたデイビット第二王子に、答えたのは堅物眼鏡だった。
「これまで自室に娼婦を連れ込んで遊んでいたあなたが、言っていい台詞ではないと思いますけれどね。
トリシーが一応、まだ、継続している婚約相手の出立を見送りたいというので。わざわざ生徒会として出向いたのですよ」
くいっと眼鏡の縁を指先で押し上げながらの台詞は、ツッコミどころがいっぱいだった。
まず、正妃様の情報操作に見事に騙されている。
将来の宰相候補として、政敵のスキャンダルをわざと利用するという腹芸ならいいが(いや良くはないが)、本気で信じている風なのがこの国の将来的に不安だ。
それに何より、悪役令嬢をトリシーと愛称で呼ぶな。
そう。ベアトリス嬢は、”まだ”セディ様の婚約者だ。
もう婚約解消は決定しているが、手続き的にセディ様がレイクウッドにたどり着いた後でないと書類にサイン出来ないので。
王家の婚約は早々に解消出来るものではない。『病を得て退学し、田舎で療養したが良くならなかった』という建前を作っておかないと、第二王子と悪役令嬢が再婚約を結べないのだ。
セディ様が王都を去る前に婚約解消&再婚約をしたらスキャンダルになる。知る者は知っているからな、略奪愛だと。
悪役令嬢は真摯に最初の婚約者を気にかけていたが、心苦しくなった第一王子が身を引き、そんな彼女を第二王子が慰めて惹かれあったのだという筋書き。
そんな舞台化待ったなしのピュアラブストーリーが公表される予定なのに、今この時点でおまえが悪役令嬢を愛称で呼んでどうするのさ、眼鏡。
幼馴染だからなんて言い訳は通用しないぞ。王族の婚約者だぞ。
婚約者がいるのに異性に愛称で呼ばれている悪女って、悪役令嬢が言われるんだぞ? ピュアラブストーリーを捏造するんじゃなかったのか、正妃様陣営!
(まー、第二王子も異母兄の婚約者を堂々とトリシーの愛称呼びしているんだけど、そこは未来の義姉だからとごまかせるだろう)
「……セドリック様、私……」
第二王子に密着するようにエスコートされた悪役令嬢が(正式な婚約解消前なんだけどなー……)、つらそうな表情を浮かべながら一歩前に進み出た。
本日も変わらず、アニメ設定に準じた美人さんだ。
夏服に衣替えしたのでもうブレザーの上着は着ていない。胸元に大きなリボンを飾った白いブラウスに、膝まで隠す丈のプリーツスカート姿だ。長い髪は今日も縦ロールではなく、ハーフアップにして背にふんわりと流している。
髪飾りは金細工。
王家の瞳の色だから、セディ様の婚約者にふさわしいとこれまで誰も不思議に思わなかったが、実は第二王子の色だったというオチでした。
第二王子の長い髪をまとめるリボンも悪役令嬢の瞳の色の紫だったりする。
さすがだな、NTR。恥もなく堂々と関係を主張しあう面の皮の厚さよ。
僕は第一王子陣営だからな。たとえアニメラストで祝福される主人公カップルでも、浮気や不倫にはノーを突き付けるぞ脳内で!
この世界、ピンク髪ヒロインと出会ってさえいない第一王子に瑕疵はまったくないんだからな?!
悪役令嬢が、鈴が鳴るように響く可憐な声で問いかけてくる。
「まさか学園を卒業することなく、セドリック様が去られるなんて思っていませんでした。
世継ぎの君が王座を捨ててこんな風に、まるで夜逃げのように隠れて王都を出ていこうとされるなんて……」
あなたに言われたくはねーですよ、転生ヒロイン様!
原作改変する気満々だったじゃないですか、悪役令嬢。
アニメで第二王子と心が通じ合ったのはたしか、今年のクリスマスの頃でしたよねぇ? でも前倒しで去年には両思いになっていたこと、セディ様陣営は知っているんですからね?!
あせっていたのは分かるけどさ。
セディ様の性格は俺様じゃないし、第二王子より有能だし。攻略対象のフレディの過去も変わっているし。なによりそちらも探しただろうけど、ピンク髪ヒロインが存在しないし。
言いながら悪役令嬢は、男子寮の地下駐車場を見回す。
無言で生徒会一行を見つめているセディ様と側近たち。いかつい黒塗りの、出発を待つ車列。車の前に並んで立つ、黒スーツ姿の下っ端の僕たち。
「――――えっ?!」
僕を見た悪役令嬢が、紫の瞳を大きく見開いた。
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