第4話 ギフト 1
王立ロマンシア学園、始業式当日の放課後。
生徒会長だったセドリック第一王子は、異母弟デイビット第二王子と己の婚約者ベアトリス・ウェナム公爵令嬢の前で倒れた。
――――と、世間には公表された。
現在、セドリック王子は謎の病によってベッドから起き上がれない日々が続いているそうです。
実際は療養という名の王都脱出・王位継承権の放棄に向けて、ひそかに王城に戻って精力的に動いているんだけど。
だけど寝込んでいますアピールの影武者は必要だと(お忍びの帰省だからね)、従者の一部は学園寮にてお留守番中だ。
あ、今回の影武者担当は僕じゃない。
担当は第三騎士団長の八男(養子)、ヒューバート君です。生徒会室の壁際に並んで、一緒に婚約破棄劇場を見守っていた同僚だ。
繰り返すが攻略対象にあらず。僕と同じく、ただのモブ。
ロマンシア学園の、学生寮最上階にある王族のための特別室。
寝室に置かれているのは、天蓋付きの大きなベッド。薄手の布がカーテンみたいに周囲に垂れ下がっていて、中がぼんやりとしか窺えなくなっている。
そんなカーテンの中に入り込み、介護者用の椅子に座った僕は、王子役のヒューに見舞いのリンゴを切っていた。
セドリック王子と同じ柄のパジャマを着ているヒュー。
体格も同じくらいなので、黒い瞳の色が分からなければ遠目には王子に見えるだろう。黒い髪の色は、彼の場合は地毛らしい。実はこの世界では髪の色はカラフルなのが普通で、生まれつきの黒はそれほど多くない。
年が同じで地毛が黒だから、平民出身ながら影武者役として養子になったのだという。第三騎士団長も王家命の方だ。
積み重ねたクッションに上体を預け、あくびをしながらヒューが呟いた。
「……暇ー……」
「暇なのはよいことです」
ウサギさん完成。
出来栄えに満足した僕は、不満を言っているヒューの口にウサギさんを突っ込んでやる。
「夜になったら、正妃様からの暗殺者が遊びに来るかも。そういう賑やかな感じがいいんです?」
「……もぐもぐ。
やだ。あいつら殺意高すぎ」
「セディ様が王位継承権を放棄したら、襲撃は収まるんでしょうか」
「収まるように動いているはずだから、結果が出るといいな」
皿に並べたウサギさんを、次々と口の中に放り込んでいくヒュー。
遠慮のない食べっぷりだ。病人のふりを自覚して。
「だってさー、俺とアレクしか残ってないから、カムフラージュの都合上離れることができないだろ? アレクが台所に立てないから料理が作れなくて、昼は保存食だったじゃん。あれ、まったく美味しくない。
セディ様もあと二人、寮に残して行ってくれたらなー。
そうしたら寝てる殿下役の俺と護衛、台所で温かいご飯を作るアレクと護衛、で食事が充実するのに」
「従者の僕に護衛は必要ないですよ?」
「ギフト持ちが何言ってるんだ。おまえなしじゃもう、セディ様も俺たちも生きていけないぜ」
嘆くふりをするヒューに、大げさだって笑い飛ばしたいけれど、僕は苦笑しながら肩をすくめる。
セドリック第一王子殿下、仲間内の愛称はセディ様と、セディ様の従者たちだけが知る秘密。
――――実は僕、
おそらく。
断定できないのは、神殿に認定してもらっていないから。
幼い頃、孤児院で暮らしていた僕には一つの特技があった。
おなかを壊す食材が、判別出来たことだ。
多分、経験の積み重ね。トライアンドエラー。
孤児院の予算は厳しかったので、子供たちはまともな食事が取れていなかった。
使う食材は、廃棄寸前の安物ばかり。
そういう食生活を続けているうちに、これは食べて大丈夫か、食べたらどれくらい体調が悪くなるかが分かるようになっていたんだよね。
これはぎりぎり大丈夫とか、この部分を取り除いたら食べられるとか、これは体調をちょっと崩すけど我慢できる範囲とか、ずばり食べたら死ぬとか。
そうやって見ているうちに、悪い部分が黒い靄のように見えるようになった。
食べたらヤバイ部分を見分けられるようになった僕。
率先して悪い部分を取り除いて台所の手伝いをしていたら、いつのまにかシスターの代わりに孤児院で食事を作るようになっていた。
当時の見た目は幼児でも、中身の魂は成人男子(多分)。
前世ではちゃんと料理もしていた(推定)からな。ノウハウがある。
それに台所、前世とほぼ一緒の造りだし。
この世界の基になっている『愛ロマ』は、中世ではなく現代寄りの架空ファンタジーだ。
電気が通っている。現代家電が使える。多分、オーブンで作った自作クッキープレゼントがやりたかったんだと思う。
冷蔵庫もあるし、水洗トイレやバスルームもあるし、車も走り、銃も存在する。
ただし鉄道はない。飛行機もない。竜が襲ってくるので一定以上の大きさの動くものや高さのある建築物は作れないらしい。
そう、竜がいるんだ。
巨大な空の覇者が。
神殿があって、聖女もいるので(ピンク髪ゲームヒロインの完成形)、その辺は異世界ファンタジー。
銃はあるけど大砲はない。威力がある武器は、喧嘩を売られたと思った竜に殲滅されるので。
魔法もギフトの一種として存在しているが、かなりマイナー。
悪役令嬢が覚醒したら使えるようになる設定だけど、多分もう使えてるんじゃないかな。
彼女も前世持ちだから、子供のころから訓練はしているだろう。
――あ、僕の話だった。
おなかを壊す食べ物が判別できるだけだと思っていた僕の特技だが、孤児院から養父に引き取られ、セディ様付きになって開花した。
毒の有無がはっきりわかるようになったんだ。
転生特典とかではないと思う。生きるために必要な勘が磨かれ続けて、ギフトと呼ばれるほど強くなったって感じ。
これは死ぬ。この部分を食べると特にやばい。水にも混ざっている。飲み続けているとゆっくりやばくなる。
食器もやばい。スプーンなんて舐めたら特に。
机の上に置かれているペンもやばい。ベッドの枕もやばい。ドアのノブも――。
片っ端から指摘していった。
僕の言葉に間違いはないと理解してくれたセディ様や周囲の方々は、肉壁H程度になる予定だった僕を従者に格上げした。
そしてその流れで、いつの間にかセディ様の料理人も兼任。
寮の食堂から運ばれてくる食事には、たまに毒入りが混ざる。毎回ルーレットに挑戦するくらいなら、いっそ自分たちで作ればいいじゃない、と。
材料から毒を避けて安全な料理を作れる僕は、とても重宝するらしい。
なので、僕が王城へお供することはない。
陛下と正妃様はセディ様より立場が上だから、有用なギフト持ちだと知られたら簡単に召し上げられてしまう。
毒見要らずになるからね、僕が側に控えていれば。
学園内は治外法権で守られているから、生徒に対する王家の介入はないので安全。
元が乙女ゲームアニメの世界だから、『いやこれ普通に介入するだろ』という展開でも絶対に介入しない。学園内部なら。
だからいつでもお留守番なのです。君子危うきに近寄らず(君子じゃないけど)。
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