第15話 さらば王都 4

 男子寮の地下駐車場中央。

 デイビット第二王子が泣きそうな表情を浮かべ、王都から去ってほしくないと異母兄を口説いていた。

 対するセディ様は無言だった。

 とりすがる異母弟を静かに見つめている。


 表情を消しながらも心配そうに見守っているイアン様ほか側近の皆さん。

 対する第二王子側は、悪役令嬢が攻略済みなせいか憎々しげにセディ様をにらんでいる堅物眼鏡の他は、どこか気まずそうな様子でこの場にいた。


 だって第二王子の暴走だもの。母親が必死になって敵を取り除こうとしているのに、ちっともわかってないんだもの。

 母の心息子知らず。


「兄上、なにも王子の地位まで捨てなくてもいいではありませんか」

「――だがそれくらいしないと、俺とウェナム公爵令嬢との婚約解消は難しくなるぞ。あの婚約は、第一王子に後ろ盾を与えるための陛下の望みだったのだから。

 悪いのは病を得た俺だから婚約を解消した、と収めるのがおまえたちにも周囲にとっても最善だ」

「ほ、ほとぼりがさめたら、病気が治ったということにして復籍するのはどうでしょう。

 僕の力だけでやっていける気がしないのです。いつも兄上には助けてもらっていたから」


 そうだな!!


 僕と第一王子側の心は一つになったと思う。


 目の前のデイビット第二王子は凡庸な方だ。

 アニメでは女好きの仮面をかぶった出来る男だったんだが、この世界では愚かだった俺様第一王子と中身の出来が逆転している。女好きと俺様設定もなぜか消えているけど。


 この王子が王位に就くだけならともかく、その後の治世は母妃の根回しや悪役令嬢のフォローだけでは厳しいだろう。

 ご自分でもうすうすわかっているから、有能な異母兄を手元に置きたいのだ。


「母上は嫌がるかもしれないけど、必ず僕が説得します。ですから」


 無理でしょ、と僕たちは心の中で首を振る。


 正妃様の殺意は高いよ?

 だって……さっきから僕の視界の中で、黒っぽい靄が立ち昇っている。


 出所は、モブ会計が持っている菓子折り。

 セディ様へ餞別に渡すつもりなんだろうが、あれは無理だ。食べられる気がしない。間違いなく、正妃様が毒を仕込んでいる。


 王宮内で正妃様に命じられれば、なんでも食べなきゃいけないセディ様。だが王宮外のこの場なら受け取るだけ受け取って、後で捨てることが可能だ。

 あちらも分かっているだろうからただの嫌がらせに過ぎないけど、注意喚起はしておかなくちゃ。


『ヒュー。

 会計の持ってきた餞別、毒入りだ』


 唇を動かさず、隣に立つヒューに小声で囁く。

 頷いたヒューがセディ様の側へと近寄り、僕の警告を耳元で囁いた。


 金色の瞳を細め、セディ様が仕方ないなぁという風に苦笑してみせた。

 正面から見てしまった第二王子が言葉をなくしている。


 見惚れてしまったか。


 濡れた輝きを放つ黒髪にミステリアスな黄金色の瞳の組み合わせ。

 男の色気がすごいでしょ、あなたの兄上。

 最近見せてくれるようになった表情なんです、その笑顔。



「――そうだな。

 その菓子折りは俺への餞別か?」

「は、い……兄上のお好きなパティスリーだからぜひと、母上が用意してくださいました」

「不肖のこの身に、最後まで気をお使いになられるか。

 なら一度お前が食べてみるといい。正妃殿下のお心づかいが理解出来るはずだ」

「僕がですか?」

「全部食べきったなら、王都に戻ることを前向きに検討してもいいぞ」

「「「うわ?!」」」


 一瞬だった。


 モブ会計が菓子箱を床に叩きつけた。

 そのまま自分の足を持ち上げて踏みつぶす。何度も踏みつぶして残骸と化していく箱を、第二王子や悪役令嬢たちが呆然と見守る。


「……失礼しました。手が滑って」


 ――毒が仕込まれているのを知っていたな、会計。

 本当に食べるとは考えていない嫌がらせだったが、あの話の流れなら第二王子は口にしていたと思う。


 平然と頭を下げてみせた会計だが、もちろんイアン様が許すわけもなかった。

 部下に命じて拘束し、事情を聞けと告げて連れて行かせる。


 さすが正妃様の子飼い。証拠隠滅への判断が素早かった。

 まあ、こちらの上の方々はうやむやにする気がないだろうけど。王子から王子へ渡されるはずの物品に手を掛けたんだ。さすがに表向きは退学だろうな。


「あ、あの、兄上……」

「デイビット」


 砕けたクッキーが散乱する床を見ていたセディ様が、異母弟と悪役令嬢に視線を移した。

 まるで何事もなかったかのように、穏やかにセディ様は続ける。


「レイクウッドに到着したら、立会人を手配し、王家の古式にのっとってすぐにも婚約解消の書類にサインをしよう。

 男性王族と婚約を解消したウェナム公爵令嬢は、半年間の再婚約禁止期間があるが、それを過ぎればいつでもおまえと婚約できる。早ければ、新年の祝いの場で発表できるはずだ」


 せいぜい、幸せになるといい。


 薄く、これまで笑うことのなかったセディ様が微笑む。

 第二王子は感極まったかのような表情で歓喜していたが、何故か対する悪役令嬢の顔色は悪くなっていた。


 何か気になる発言だったっけ?

 普通に異母弟を祝福している気がするけれど……。


 内心で首を傾げた僕だったが、デイビット第二王子はダメ押しのように異母兄に問いかける。


「あのっ……、

 兄上はトリシーを愛したことはありましたか?」


 え? そんなことも聞くんだ?


 いまさら確認しても仕方のないことだと思うけど、第二王子にとっては大事なことなのかもしれない。

 悪役令嬢とセディ様はずっと、仲が良いようには見えなかった。

 それでも、もしかして、と。


 王命による婚約。

 アニメの展開を知る悪役令嬢は第一王子から逃げ続け、第一王子はそんな婚約者を気にも留めない様子をみせていた。

 そして彼女は、アニメどおりに第二王子と結ばれようとしている。


 あまり容姿の似ていない異母弟に対して、セディ様はこれだけは同じ色の瞳を細めて答えた。


「”彼女”を愛したことは、一度もない」




 うん。実は同性愛者だって聞きました。

 ラブは生まれないよね。

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