第14話 さらば王都 3

 モブの僕、悪役令嬢にロックオンされる?!




 一瞬、表情に出さないながらも焦ったが、彼女がガン見したのは僕じゃなかった。

 ずっと僕に抱きつき続けているジョシュだった。


「や、やだ、どうしてジェイ先輩がここに……えっとデイヴ、

 私、あの方とお話をしてくるから、セドリック様にお別れを言っておいて下さる?」

「トリシー?!

 君が兄上と最後に会って話したいと言ったから、授業にも出ずにここに来ているんだけど?!」


 そわそわしながら離れようとする恋人に、ぎょっとした表情を浮かべて第二王子が抗議する。

 最初に行きたいって言ったのは悪役令嬢なのか。なら放置はひどい。


「でも彼って、私たちのこれからに必要になるかもしれない。

 賢い方なの。王立大学の国費奨学生だから、早めに声を掛けて援助してあげないと」

「たしかに君は才能を持つ者を見つけ出すのがうまいけど、今こんな場所でスカウトしなくても――」

「ごめんなさい、本当に重要なことなの。

 だってジェイ先輩は、竜の聖女ルー……い、いつもの予感が働いているの。お願い」


 『竜の聖女』?


 初めて聞いた言葉だった。


 悪役令嬢はどうもメタ発言っぽいことを口にしているから、原作で使われた言葉なのかもしれない。

 僕が知らないってことは、スピンオフなアニメじゃなくゲーム本編由来?

 しかし、彼女は前世知識を説明する時は、予感と周囲に説明しているのか……。




 紫の瞳の制服美女が、こちらに向かってやって来る。

 眼鏡がついてこようとしたが、フレディに説得されて第二王子の元に残った。うん、その王子様は一人で放置しない方がいい。ポンコツだから。

 代わりにフレディが彼女の後に続く。


 なんだか悪い笑みを浮かべているなぁ。

 面白いんだろう。去年、生徒会室を舞台に繰り広げられていた三角関係(悪役令嬢と第二王子と堅物眼鏡の。本来なら婚約者のセディ様も入って四角関係になるべきなんだが、見事に離脱されていた)も、にやにやしながら傍観していたっけ。

 やはり悪役令嬢は、脳筋担当の攻略に失敗したんだとはっきり分かる。


 ……んんん?、攻略対象?


「……あの、ジェイさんですよね? 王立大学生の。

 私、ベアトリス・ウェナムと申します」


 にこりと彼女が笑う。

 かわいらしい笑みだ。高慢なゲームの悪役令嬢ではなく、麗しくも才気豊かなアニメヒロインにふさわしい。


「国費奨学生に天才と呼ばれる方がいると聞いていて、公爵家でぜひ後見になれたらと考えていたのです。

 ですが探しても見つからず……よかった、お会いできて。

 あの、もしよろしければ」

「人違いだ、クソ女。何年前の情報だよソレ、無礼だな」


 ジョシュアーー!!


 それはツンじゃない。罵倒だ!

 気持ちはわからないでもないけど!!


 それより今、気づいた。気づいてしまった。


 ものすごくわかりやすかったイメージカラー、白。

 その他大勢に埋没しない尖った容姿に個性。

 ジョシュは『愛ロマ』の攻略対象だ。それも多分、ゲームに出てくるという隠しキャラの一人。


 僕の腰にしがみついたまま、ジョシュが悪役令嬢に嚙みつく。

 続こうとした罵倒に、そっとその口を手でふさいだ。


「……義兄が失礼しました、ウェナム公爵令嬢」


 軽く頭を下げ謝罪する僕に、不思議そうに彼女が首を傾げる。

 あ、どうやら個体認識されてない。モブだからな。


「あなた……たしかセドリック様の取り巻きだったかしら?」

「あー……ベアトリス様。

 彼はアレクシス・アーヴィング。私と同じ、第一王子殿下の側付きの一人です。

 そしてこちらがジョシュア・アーヴィング博士。お若いですが王立研究所の教授でいらっしゃいます」


 隣にいたヒューが僕の代わりに、よそ行きの言葉づかいで悪役令嬢との応対を始めてくれた。

 うん、ヒューは彼女と普通に会話が許されている。伯爵家の人間だし、既にセディ様から紹介されている。


 学園は王宮のような公式な場ではなく、生徒は皆平等とうたってはいるけれど、それって建前だから。

 高位貴族と下位貴族の壁は高い。男爵の養子が公爵令嬢と話をするなんてもってのほかだ。

 ジョシュは博士号をもらった時に準男爵の称号を与えられたはずだけど、知識階級はまた違った扱いなのでオッケーです。




 口をふさがれて大人しくなったジョシュの頭を撫でる。

 よかった、機嫌は直ったみたいだ。

 上機嫌でぴったりしがみついてくる彼の様子を、信じられないと悪役令嬢が大きく紫の瞳を見開いて見つめる。


「……え?、もしかしてモブに攻略されてるの……?」

「あのー、ベアトリス様。

 ですから博士は、貴女が仰るジェイなる平民の奨学生とは別人だと思うのですが」


 ヒューがフォローをいれてくれているけど…………多分、同一人物です。


 思わず視線を逸らしてしまいそうになるのを必死でこらえながら、僕は義理の兄の頭を撫で続ける。


 ジョシュアの本名は、僕が別の名前を考えるまではジェイであってます!

 僕が勧誘して孤児院に身を寄せ、アーヴィング家に養子として引き取られていなかったら、ただの”ジェイ”として国費奨学生になっていたかもしれません!


 そうかー、ジョシュは隠し攻略キャラだったかー。

 スペック的には納得。

 アーヴィングというか国の暗部に後見され、援助を受けて学問にまい進していたら、飛び級で大学卒業どころかもう博士号を得て教授になっていたりするけど。


 混乱している悪役令嬢に、フレディが近寄り小声で囁いた。


「とりあえず、博士と君の知る先輩とやらの関連については後で調べないか?

 デイビット殿下を止めた方がいい。セドリック殿下に対して、無茶ぶりを始めている」


 指摘に、僕を含めそこにいた者が一斉に二人の王子を見やった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る