第16話 竜の聖女 1

 朝からいろいろとあったが無事(?)王都を出た第一王子一行。

 九台に連なって走っていた黒塗りの車は途中で三台ずつに分かれ、三方向に向かって走り出した。

 追いかけてくるだろう正妃様の手の者をかく乱するためだ。


 あの、会計が踏みつぶして粉々にしてしまった毒入りクッキー。

 顛末を知った正妃様は面白くないだろう。

 だから嫌がらせは来る。必ず。八つ当たりは彼の方の十八番おはこだ。


 二組のダミーを走らせているセディ様だが、なぜか大当たりの車に僕も乗っています。

 正確にはセディ様とジョシュが同じ車に乗ることになったんだ。

 事前の打ち合わせは部下が行っていたので、初対面な二人の親睦を深めるためだとか。

 だがジョシュは僕の側にいたいとダダをこね、急きょ僕も一緒に乗ることになりました。


 天才となんとかは紙一重というが、幼児化するほど離れたくないとダダをこねてみせたジョシュ。

 会うのは本当に久しぶりだったからな。

 午前中、昼食の間と僕にくっついていた彼だが、午後になってようやく落ち着いたのか普通に隣に座ってくれるようになった。

 車内の座る位置は、進行方向に向かってセディ様とイアン様。向かい合わせにセディ様の前がジョシュ。その隣に僕です。

 自動車で対面の座席って前世の記憶的に面白いんだが、ここは馬車もまだ使っている乙女ゲームの世界だから。車内は向かいあって座るのが普通だ。




「ああ、あのクソ女が言っていた『竜の聖女』か」

「クソ女はやめよう?、ジョシュ。”あの人”くらいで」


 名前を言ってはいけないあの人(名を呼ぶ許可はもらっていないので)。いつも心の中では悪役令嬢呼び。


 僕の教育的指導にジョシュが唇を尖らせながら頷く。

 少女にしか見えない愛らしい仕草。だけどこれでも、カニンガム国の竜研究における第一人者と呼ばれているんだよね。

 ライフワークである竜の生態研究のため、レイクウッドに引きこもることになったセディ様にお世話になるんだとか。


 カニンガム国の国境にあるレイクウッドは、竜の棲息場所として有名だが(訳アリな)王族の保養地だからね。関係者じゃないと立ち入ることが許されていない。

 ジョシュは後援者を得ることができ、セディ様は高名なアーヴィング博士を食客として迎えることができる、ウィンウィンの関係になる。


 だけどジョシュいわく、僕がセディ様の部下でなければ世話になる気はなかったらしい。

 ”弟”と合法的に一緒にいられるから決めたんだ、と可愛らしく甘えながら教えてくれた。

 うーん、どこからどう見ても可愛い男の娘。

 ツン対応と毒舌が見事過ぎて舐められることはないとのことで、身内としては安心だけど。




 さて、セディ様とジョシュは今朝が初対面だったので、互いの人柄を直接に知ろうと午前中から積極的に交流をしている。

 そして話題はジョシュが専攻している竜研究に移っていた。


 赤い瞳を英知の光できらめかせながら、実年齢相応の大人びた表情を見せたジョシュが説明を始める。


「すでに論文にして発表しているけど、簡単に説明するよ。

 竜は人間に対して興味を持っていない、または嫌っているだろう?

 だけど実はある条件を満たした人間には興味を示すんだ。その条件を満たした人間を、民間伝承では『竜の乙女』、神殿では『竜の聖女』と呼んでいる」

「……おとぎ話にあるエピソードだな」

「おとぎ話じゃなかったんだ、王子」


 にやにやと、ジョシュが小悪魔的に笑う。


「本当に竜は、とある条件下の人間に興味を示し、親愛さえ見せる場合がある。

 俺はその条件を解明した。現時点では仮説にすぎないが、サンプルを多くとれるだろう竜の棲息地レイクウッドで実証したいと考えている」

「その条件とは?」

「処女」


 は?

 なんだそのおとぎ話な設定。


 思わずまじまじとジョシュを見てしまう。だけど若き天才は冷静な視線でセディ様を見ていた。


「処女。もしくは童貞。

 男女の性別は関係なく、同性異性も関係なく、未経験であるというのが条件。

 まだセックスをしたことがない存在を、ヤツらはどうやら”子ども”と判断し、庇護の対象として考えるらしい。未経験ヤってない経験済みヤってるかの判断方法までは解明できていないけどね」


 竜は気に入った”無垢な人の子”に対して、同族の子と同じように世話を焼き、願いがあれば叶えようとする。

 捨て子を竜が育てるという伝説が各地にあるけれど、あれらは実話だと俺は推測している――。


 セディ様が険しい顔で考え込まれた。


「……つまり。

 まだ経験していない人間なら、極論として竜を意のままに操れるようになるかもしれない、と?」

「おめでとう、王子。

 カニンガム王国に竜騎士団が出来る日も近いかもね」


 にやにや笑いに戻り、「ま、今のところはまだまだ推測なんだけど」と肩を竦めるジョシュ。


「まず検証に使える人材を確保する段階から始めないといけないんだ。

 たいていの人間は、特に幼い子どもは竜におびえてコミュニケーションを取れないだろう。

 竜を前にして平常心を保てる被験者が望ましいんだけど、そんな訓練を受けている人材はもう経験済みが多くてさ……」


 イアン様がじっと僕を見つめている。視線が気になる。

 気づいていないセディ様が、失礼だがとジョシュに尋ねた。


「博士ご自身や研究室のメンバーでは検証が出来ないと?」

「そうなの。皆すでにヤることヤってた。

 俺は元々貧民街の出なんだけどさ、端金で売るんじゃなかったと思ったね。まあ客とのトラブルでボコボコに殴られて、それが縁でアレクと出会えたから後悔はしていないんだけど」


 それは言っちゃダメ、ジョシュ! 乙女ゲームの世界がまた遠くなっちゃう!


 本当に幼い頃の僕、リアル過ぎる世界に生きていた。

 ジョシュは――おそらく輪姦されて、それ以外の暴力もめちゃくちゃ受けて、ゴミのように捨てられていた。

 そんな状況、清く正しい乙女ゲームと結びつけられる?! 修羅の世界に転生したと、オープニングの景色を見るまで信じてたよ!

 泣きながら癒して、孤児院まで引きずって帰った相手が、今は過去をまったく気にしていないのにはホッとするけどさ。


「……アーヴィング博士」


 イアン様が、僕を見据えたまま口を開いた。


「その竜の反応についての検証は、そこのアレクシス・アーヴィングが協力できるかと」

「え?」

「彼は処女ですから」


 イアン様ーーー!!!


 ヒューか?! ヒューから聞いているのか?!

 その前に僕は男です! 処”女”じゃないですー!!

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