第18話 竜の聖女 3

「す、すみません!」


 セディ様の胸は広かった。

 この方、スタイルが良すぎるせいで細身に見えるけれど、実際は着やせするタイプだから抱きとめられると安定感があるというか安心感があるというか。

 男ってやっぱり包容力だな。僕にはまだまだないものだ。


 抱きしめるように支えてくれていたセディ様に、顔を上げて「ありがとうございます」とお礼を言う。

 ついでにそのまま背もたれに押し倒す。


 手早くシートベルトでセディ様の体を固定し、ふぅと一安心。

 走行中にシートベルトを外してしまったら、用が済めばすぐに付け直しましょうね、セディ様! それじゃないと僕のように、隣の人の胸に飛び込むことになりますよ!

 最悪はガラス窓をぶち破って車外です。ノーシートベルトはダメ、絶対。


 乱暴な運転でカーチェイスは続いている。

 たまにビシリと車体に着弾した音が聞こえるが、装甲車なのでピストル程度の火力では貫通しないので安心だ。元の世界じゃどうだったかは知らないが、原作アニメのアクションシーンではそう説明されていたし、暗部研修でもそう習った。

 

 ごそごそと、逆回しでジョシュがトランクに通じる穴から出てくる。

 その手には四角いジュラルミンケースがあった。

 ひどい揺れの中、自分がもといた席にセディ様が移動しているのを見て取り、頷くと空いた席に座る。


「これが『竜笛』。伝説にあやかった命名だけどね。

 前後とも未使用な人間――”竜の聖女”側から、竜と意思疎通が出来る装置になる」


 ジョシュがケースの中から取り出したのは両手に乗る大きさの装置だった。笛という割には楽器の形じゃない。

 ものすごく信号拳銃に似ている。

 単発・後装型。砲身を折って一発ずつ信号弾っぽいカプセルを装填し、発射だろうか。


「そう。助けを求めるメッセージがこめられているのはこの赤く封をしたカプセル。

 煙と音でアピールするから、竜が気付けば近寄って来るはず。

 ちなみに孤児院を使ってするつもりだった実験では、五歳未満の子供は装置が重くて持てず、五歳以上は竜が怖くて泣いて協力を拒否されたよ!」

「――分別のつく年頃は」

「該当者なしだった!」


 思わず尋ねたという感じだったイアン様に、ジョシュが青すじを浮かべながら笑顔で答える。


「早いんだよ! 十七歳まで我慢しろよ、アレクのように!」

「該当なしってそっち?!」


 どうやら未経験者はいなかったらしい。


 孤児院って一応、十三歳になったら独り立ちをして出ていかなくちゃいけないから。

 ふつーに該当者がいなくても仕方ないと思うよ。経験じゃなくて、分別のつく年頃の方の該当で。

 ジョシュたちは竜の聖女候補を自分たちで育成すべく計画を立てていたそうだが、ちょうどそこに僕が現れた訳だ。


 ……純潔を重んじる貴族の娘なら未経験者はよりどりみどりじゃないかとふと思ったが、彼女たちは竜に拒否感を持っているだろうし、親御さんが絶対に許してはくれないそうで。まあそうだろうな。




 ジョシュから信号拳銃……じゃなかった、『竜笛』を受け取る。三つ受け取った赤い信号弾はスーツのポケットへ。


 外を覗くために少し開けていた窓は全開にした。角度的に敵の撃つ弾が飛び込んでくることはないだろう。

 砲身を折り、後部からまず信号弾一発目をセット。撃鉄を所定の位置にセットし、引き金に指をかける。


 そして射撃姿勢を取ろうとして、僕は気づいた。

 やばい、進行方向と反対側に背を預けている。逆だ。

 僕の目の前にはイアン様。しっかりとシートベルトを付けて座っている、が、


「……イアン様、

 射撃姿勢を取るために膝をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 隠密用の車だからね。車内はそこまで広くないんだ。


 僕の言葉に目を丸くしたイアン様だったが、どうぞと苦笑しながら自分の膝を叩いてくれた。

 失礼します、と進行方向に体を回転させ、膝の上に座らせてもらう。そのまま寝転ぶように尻の位置を滑らせ、自分が座っていたシートに両足をかけて体勢を固定する。


「上体は私に預けてくれて構わない」


 仰っていただいたので、背を彼の胸元に預けた。

 広ーい。やっぱ大人の男は包容力だな。イアン様の体格も着やせ系なので、スーツ越しに触れる筋肉はご立派だ。


 こころなしか対面に座るセディ様も、どこかうらやましそうな表情でこちらを見ている。


「――――では、撃ちます」


 窓の外に向かって寝転ぶような体勢で構え、東の空に向かって一射目。

 キュルルルと甲高い音を立てながら、弾丸ではなく赤い煙の柱が天に向かって伸びていく。


 発砲音と共に、後部座席のバックドアガラスに鋭い音を立てて蜘蛛の巣が出現した。いくつも増えていく弾痕に、空の薬きょうを床に落として次弾を装填する。


 悲鳴のような音を立てながら再び伸びていく赤い煙。


 狙うべき車を見定めたんだろう。

 集中する銃撃。装甲車のボディが銃弾を跳ね返す音が絶え間なく聞こえてくる。

 ビシリと、バックドアガラス一面にひび割れが広がった。最悪を想定してセディ様とイアン様、ジョシュの三人が頭の位置を低くするために身をかがめた。

 イアン様の顔が近い。イケオジだ。


 ひどく揺れる車内で最後の弾を装填し、失敗しないように気を使いながら腕を伸ばし、窓の外へと撃つ。

 まっすぐ東に向かって伸びていく赤い煙。遠くまで響く悲鳴にも似た音。




 東の空から、助けを望む悲鳴に応える咆哮が響いた。

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