第22話 湖の日々 1
竜と出会った次の日の朝。
僕は叱られた。主君をお守りすべき立場で、同じベッドに入っていながら先に眠ってしまうとは何事だと。
ちょ……っ、いえ僕眠ったつもりはありませんでしたが?!
いや、実は気づかなかっただけで居眠りをしていたんだろうか。
セディ様だが、ネガティブなご様子が嘘だったかのようにその後は落ち着いている。
うん、もしかしたらあれは本当に夢だったのかもしれない。
思い返してみれば、僕の思考がひどい。なんなんだ、頭を撫でていいって。普通そういうことは考えもしないだろうが。
そうか、勝手に先に寝てしまっていたか……うう、護衛のプロフェッショナルとして反省しないと。対象者を残して寝たりしちゃダメだ。
――だからきっと、あのセディ様の独白もまぼろしだ。
そんな感じでレイクウッドへと向かう旅の間。日中はメンバーがほどよくシャッフルされ、僕とセディ様がご一緒する回数は三日に一度くらいだったけど、夜はいつも一緒になった。
ベッドの幅が狭すぎる問題。宿によっては二人並べば寝返りも打てないほど狭い。
なので必然的に僕がパートナーに選ばれ……僕とセディ様は寝る前のひとときに、たわいもない話をするようになった。
もう聞き耳を立てている敵はいないからね。
天井裏に潜んでいる暗部先輩は気にしないでください。僕たち、誰かかそこに潜んでいないと落ち着かない
そうして話しあった、たわいもない夢。
いつかセディ様は海に行きたいらしい。まだ実物を見たことがないそうだ。
……そういえばセディ様が王都の外に出られたことって、ほとんどありませんでしたよね。領地持ち貴族は自分の治める領地に戻ったりするけれど、実家と縁が薄く後ろ盾もまともに機能していなかったセディ様にその経験はない。
仮にも婚約していたんだから、建前でも実家に誘えよ、悪役令嬢。
あなたが実家でシャンプーリンスをきゃっきゃと開発していた頃、セディ様は王都の正妃様の元で毒入りの茶を飲んでいたんだぞ。
あ、海は見たことありますよ僕。前世は覚えてないけど、王国南部に港町があるんです。そこで下っ端研修を。
新鮮な海の幸は美味しいですよー。いつか皆でバーベキューしましょうね。
その前に山でバーベキューですけどね。
大きな湖の畔でキャンプファイヤー、きっと楽しいですよ。釣りに狩猟に天体観測も。
隣に横になりながらそう語ると、セディ様はうれしそうに微笑む。
――もう、彼の方に冷徹王子の面影はない。年相応……もしくはそれより若く見える反応に、これまでお支えしてきた配下一同は喜びを禁じえません。
お仕えする幸薄い王子がね、幸せになられるようにとずっと願ってきたんですよ。
万感の思いを込めてセディ様を見つめているイアン様なんて見てると、こっちも笑顔を浮かべつつ泣きそうになりますから。
初日に受けた竜のおまじないが効いたかは分からない。
その後襲撃を受けることもなく、予定していた日程で旅を続けていた一行は、王都を出て二十数日。
ようやく目的の場所がある山に到着した。
ちなみに山の名はレイクマウンテン。
ゲーム会社、仕事して。そう思うほど安直な名前の山の名だと思う。
高さ千メートルにも届こうかという円錐形の活火山。どことなくシルエットは富士山に似ている。
ここ数千年は噴火活動がなく、陥没した火口には森が広がり中央に真っ青なカルデラ湖が存在する。
風光明媚な場所だが、カルデラを取り囲む外縁部は竜の棲息地だ。そのため置かれた砦に駐屯する軍人以外は誰も住んでいない。
そんなレイクマウンテンの火口。
レイクウッドと呼ばれる地が、これからのセディ様の住まいです。
麓の町に到着し、別行動をとっていた仲間と合流して自動車から馬車に乗り換える。
車の排気音は竜を刺激する場合があるので。この山での移動手段は馬と馬車だ。
急な斜面に作られたつづら折りの道を、馬車を連ねてゆっくりと登っていく。
道を上がりきると、山体にはめ込むように造られた砦へと入る。
レイクウッドと外の世界を繋ぐ、唯一の門。元々、この地は王族の流刑地でもあった。
レイクマウンテンは隣国の国境と接しているので、砦は国境警備の兵が守っている。
砦の中を通り、反対側に出ると道は下り坂になる。カルデラの中へと降り、湖の畔にある王家の別荘へと続く。
そんな一本だけ伸びる道を、周囲を駐屯兵に警備されながら進む。
僕は連なって進む馬車の一番後ろに乗り(下っ端ですから)、窓から見える光景を堪能していた。
本当に、風光明媚としか言いようのない光景だ。
周囲を屏風のように取り囲む白い山肌。外輪山と呼ばれる、カルデラ地形特有のものだ。中は陥没して盆地になっている。
夏という季節のせいか、底に広がる針葉樹を主体とした緑の森はどこまでも濃く美しく、中央にある湖は波一つたてることなく湖面を輝かせている。
広さ的には直径五キロ。山手線の直径がだいたい十キロだったから、その半分くらい。
そんな広い地に、存在するのは湖畔にある王家の別荘のみ。
でも、住めば都だと思う。
僕たち従者は、望めば休みに麓の町まで下りられる訳だし。
店はそこそこ揃っていたし、娼館もあったっけ。僕に通う予定はないけど。
別荘には温泉があるそうだからねー。それだけでも幸せ。
誰にも気づかれずにあのつづら折りの坂を登り、兵の駐屯する砦を超えて、更に別荘まで近づくのは不可能だ。
さすがにもう正妃様の刺客は入り込めないだろう。
「……楽しそうだな、アレク」
窓の外に夢中な僕に、ヒューが苦笑しながら声をかけてきた。
「楽しみだよ、これからの生活が」
これまでが波乱万丈だったからね。セディ様の人生って。
安全なこの地で、しばらくゆっくりされるといいと思うのです。
僕もゆっくりさせてもらうぞ。元日本人念願の、温泉に浸かって!
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