第21話 旅の宿にて 2
「よろしくお願いします」
「ああ」
シャワーを浴びてパジャマも着替えて準備万端。
セディ様に割り振られた部屋を訪れ、頭を下げた僕を部屋の主は鷹揚に迎え入れられた。
ちょうどシャワーを浴び終えたばかりだったのか。パジャマに着替えたセディ様が、部屋に備え付けた椅子に座ってタオルを手にしていた。
しっとりと水分を含んだ短い黒髪は、飾り気のない照明の下で普段以上に麗しく輝いている。
拭かれている途中の髪に、僕は乾かす手伝いを申し出た。
頼むと、優雅に頷かれて受け入れるセディ様。動作の一つ一つに見惚れてしまいそうになる。
見惚れないけれどね。
それよりも大事なことが従者にはある。お役に立つことだ。
ふわふわのタオルは宿の備品ではなく、王都から持ってきたものだった。
しずくが落ちて濡れないようにまず肩にかけ、重ねて置かれていた新しい一枚を手に取ると髪に押し当てる。
背すじを伸ばして椅子に座り、目を閉じたセディ様は僕の好きにさせている。
ドライヤーもタオルの横に置かれていたので、後で使おうっと。季節はこれから夏に向かうとは言え、髪を乾かさずに寝て風邪でも引いたら大変だ。
セディ様の髪を乾かしながら、僕は室内を確認する。
天井に気配を隠した先輩の存在、よーし。
事前に部屋を使うのはわかっていたから、天井裏も多少掃除をされているだろう。
まず危険はないと思うが、暗部が天井裏に潜むのは既に様式美。邪魔をせずだまって受け入れなければならない。
隣室、階下の気配よーし。詰めるべき者が所定の位置に詰めていて、特に異常は感じ取れない。
窓の外の気配は……よくわからん。
気配を消すのが上手すぎるよ、先輩方。おそらく万全に警備をされているんだろうと信じておこう。
「……今日は助かった。ありがとうアレク」
「いえいえ!」
セディ様からの、突然の礼の言葉にあわてて反応する。
「あれは助けに来てくれた竜のおかげ。義兄が持っていた竜笛のおかげですから。
皆、ケガもなく無事でよかったです」
追っ手は無事じゃなかったけどな。
まあ自業自得。
「竜と……ああして心を通わすことが出来るものなのだな」
感動した様子で呟かれるセディ様。閉じられた目の周囲が上気している。
たしかに伝説の世界のような光景でしたね。
当事者なので、ちょっとそう表現するのは恥ずかしいのですが。
「途中でアレクが竜と会話しているように聞こえたのだが、あれはやはり念話を交わしていたのか?」
「はい。
声に出す言葉も、心の中だけで声に出さない言葉も、竜は聞き取ることが出来るのだそうです。
竜の言葉は、心の中に直接伝わってきていました」
「そうだろうな……!」
はしゃぐセディ様の反応が年相応だ。
これまでずっと、いろんなことを我慢されていたのだろうな。
もう王族をドロップアウトしてしまったんだから、これからは大公として存分に楽しい人生を送っていただきたい!
あ、正式に公位を継がれるのはレイクウッドに到着してからだけど。
早く着くといいですね、レイクウッド!
どうやらセディ様は竜にものすごく興味をお持ちの方だったらしい。
髪の毛を乾かしてからも質問や感想の言葉は続いていて、明日の旅程に響くからと部屋の外からクレームが入って、ようやくベッドに二人で潜り込む。
確かに狭い。学園寮のベッドサイズと比べちゃいけないのはわかっているが。
襲撃があるかもしれないから、宿で一番良い部屋にセディ様が泊まることはない。そこには囮がいて、セディ様は他の部下に紛れて一般客室を使っている。
明かりを消せば、薄いカーテンでも外の灯りを通さなくなる。それだけ王都の外の夜は暗い。
立ち寄った町は既に静まり返っていて、外から夜行性の動物の鳴き声がたまに聞こえてくる。
「……外は星が綺麗に見えるのかもしれないな……」
「レイクウッドでしたら、さらに美しく見えるはずですから。それまでは我慢ですね」
出ていくなんて言わないでね?
にっこり笑いながら告げれば、隣から苦笑する気配がした。
……王都を出ただけなのに、なんだかこれまで以上にセディ様を身近に感じてしまう。
乙女ゲームからドロップアウトされて、それから時々お茶をご一緒したり、話し相手になっているから?
僕とセディ様の距離は間違いなく近くなっている気がする!
しばらく無音の時間が流れた。
これはもう、セディ様も眠られるつもりか?、と判断する。
僕も今日は疲れた。ジョシュと再会して、正妃様の嫌がらせ部隊に襲撃されて、竜に助けられて。
しかし本当に僕なんかが”竜の聖女”と呼ばれていいんだろうか?
いやだってこの称号っぽいの、竜さえ怖がらなければ未婚の貴族女性は該当し放題だろ?
それともイアン様や他の暗部の先輩方の反応を見る限り、竜って無条件に恐怖の対象っぽいから、恐怖感をはねのける胆力も必要なのか?
僕、転生者特典(?)で竜がポケットなモンスターにしか見えないからな……まったく怖くない。
そんな気持ちが必須条件?
「……こまでなぜ、恨まれなくてはならないのか……」
それは独り言だった。
誰も聞いてはいけない台詞だった。だから僕は眠ったふりをする……本当はダメなんだけどね!
でもきっと、今日の僕は疲れ切っているから、そんなこともある。
「王妃となるべく生まれ育ったのに、愛する婚約者は彼女をないがしろにして他の女を選んだ。
同情すべき余地はある。その女の息子だというのなら、憎みもするだろう。
だが、その息子は元凶の母に抱かれたこともないぞ。
そんな子に、ぬくもりも知らない母の罪を背負わせ、陛下に向ける憎しみや恨みまでぶつけられて……今はもう、それを楽しんでさえいる……」
淡々と、他人事のように乾いた声で呟かれる言葉。
「現国王夫妻の仲は破綻している。いや最初から陛下にとってはあの方に愛情などなかった。
夫に愛されることを諦め、あの方にはもう愛する息子しかいない。
己を慕う息子を、己のすべてである息子を玉座に就けたいと願っているのならばと、受け入れる気になったのに。
もう決してこちらに手を出さないと誓ったから、すべてを捨てたのに……」
――魔法契約は破られた。
低く小さな声で、セディ様が告げた。
「へくちっ!!」
どりゃ!
暗部直伝、『いやー、寒いから寝ているはずなのに思わずくしゃみしちゃった』的その場の空気ぶった切りテクニック!!
ちょっと今の僕のくしゃみ、可愛すぎたかもしれない。
ごそごそと動いて、丸めた体を近づけてセディ様の安眠(してないけど)妨害だ。
温かい体が近くにあったらね、そんなネガティブなことは考えなくなりますよ!
こっそり撫でてもいいですよ、頭!
僕、もぞもぞ動いたけど実は寝てますからね!(寝てません)
くすりと笑う気配がしたけれど、セディ様が僕に触れることはなかった。
ただ、しばらくの時を置いて優しい声が呟く。
「――――おやすみ、アレク」
おやすみなさい、セディ様。
心から祈ります。どうかあなたに良い夢が訪れますように。
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