第20話 旅の宿にて 1

 本日の宿泊予定だった宿屋に無事(?)到着しました。


 日中にイレギュラーが起こっても、そう簡単に旅程を変えることはできない。

 妙に現代的で便利なこの世界だが、実は電話や無線の類はない。


 高さのある建造物は竜が襲撃するので、電波中継の為の塔が建てられないという理由からだそうだが。

 三階建てくらいなら、ぎりぎり目こぼしをしてもらえる。おかげでこの世界の王城もロマンシア学園も、すべて高さは三階までだ。

 ……ちなみにこの世界、テレビもラジオもない。娯楽を楽しむなら劇場で。レコードは普通に売っているから、自室でも気軽に音楽を楽しめる。(僕は持っていないけどね。蓄音機は高価だから)



 宿には別ルートを通っていた囮の二組から、鳥で連絡が届いていた。

 襲撃は受けたが、無事あちらも宿に到着したらしい。――こういう風に連絡をする必要があるので、旅程って予め決めておくんだよ。早馬や鳥の手配を事前に済ませておくために。

 まあ、万が一の時はもちろん、現場で臨機応変に対応するんだけど。




 そして宿について早々、ジョシュが王都に帰ってしまいました。


 竜の生体組織を手に入れたので。

 僕の頬にべったりとついた”よだれ”のことです。鮮度の良いうちに研究施設で分析するのだそうだ。


『お兄ちゃん、せっかく再会できたアレクと別れるのは寂しいけれど、すぐに戻れるようにがんばるよ。

 助手たちも連れてくる。レイクウッドで会おう!』


 手配したタクシーに乗って颯爽と戻っていったジョシュ。

 すっかり暗くなった田舎道を去っていく、ヘッドライトの照らす灯をヒューと共に見送った。


 あ、別の車に乗っていた彼とも無事合流できた。

 後から追いかけてきていた暗部の車に、無事回収されたらしい。軽い打ち身以外は特にケガもないようでよかった。

 竜の暴れた跡を通る時には、ヒューも事前に脱落して巻き込まれなかった幸運を神に感謝したらしい。




 そして宿の中に戻り。

 僕は本日の部屋割りで、セディ様と同室になることを伝えられた。

 というか以降、旅の間中、僕はセディ様と同室決定らしい。


「襲撃があったからな。

 これまでのパターンなら一度襲えば彼の方も満足されて、もう妨害はないと思うが念のため殿下にはダミーと一緒に寝ていただく。

 寮の部屋とは違い、旅先の宿のベッドは小さい。我々の中で一番小柄なアレクならご負担が少ないだろう」

「承知しました!」


 拒否権はない。返事は「はい、喜んで」一択だ。


 本来ならヒューと同室と聞いていたのだが、僕の身の回りの支度やシャワー、荷物を置くのはそのままヒューの部屋でいいらしい。

 まあね。セディ様の部屋を私用で使わせてもらうのはダメだよね。




 という訳で、急いで夕食の支度を手伝って、食堂で皆揃っての遅い夕食。

 宿は貸し切りにしているので、関係者以外はいないから気楽だ。あまりセディ様を待たせるわけにはいかないので、後片付けは他の者に任せてヒューの部屋に飛び込む。


「シャワー借りるね!」


 早く早くとベッドの上に置かれていた自分のカバンの中から着替えの下着を取り出す。そのまま今着ている服を脱いでいると、隣のベッドに転がって雑誌を見ていたヒューが顔を上げた。


「なぁ、アレク。

 つかぬことを聞くけれどおまえ、自分のケツの洗い方わかってる?」

「は?」


 毎日きちんと、ケツもケツ以外もきれいに洗っているつもりだが?!


「いやだから、

 あー、セディ様を奥までスムーズに受け入れるために、肛門の中を専用の薬剤で洗浄して、あらかじめ潤滑剤を仕込んでおくものなんだが、そのやり方はちゃんとわかってる?」

「――――」


 中途半端に脱いだ体勢で固まってしまった。


 え?、もしかしてご奉仕なの?!

 ついに性的ご奉仕が始まってしまうの?!


「ようやく監視でがんじがらめだった王都を脱出したからな。

 もうセディ様が性的に楽しむのをためらう理由はないだろう。という訳で、おまえに手を出される、と。

 気持ちいいぞー、男同士のセックスも。で、そのためには受け入れる側に準備が必要な訳だが、良かったら前準備、手伝おうか?」


 肛門に指を突っ込んでの薬剤の挿入、洗浄と潤滑剤の仕込み。

 ついでに先に達しておいた方が受け入れるのが楽だから、前もいじってやるが。


 にやにやと笑いながら提案してくるヒュー。ちょいちょいとこれみよがしき動かしている指先がかぎ型に曲がっている。

 ボタンをすべて外していたシャツの合わせをそっと閉じて肌を隠しながら(視線がちょっと怖かった)、僕は疑問を絞り出した。


「……その、実は今日、僕は竜の聖女っていう存在だったと判明した訳だけれど。

 今、処女じゃなくなったら、協力すると約束している義兄の研究ってどうなるんだろう……?」

「……ちょっとイアン様に確認してくる」



 ベッドから立ち上がったヒューが部屋を出ていく。


 そうか、ヒューは別の車に乗っていたっけ。

 夕食前の確認で僕が竜の聖女だったと、簡単にだけど報告はしたはずなんだけど。


 まさかその”聖女”と呼ばれる条件が、性的未経験者とまでは知らなかったんだろうな。


 ジョシュの研究を全面的にバックアップするとセディ様が約束した今、僕は童貞……だけじゃなく後ろの処女も死守しなくちゃいけない。

 だからもしセディ様に望まれても、流される訳にはいかないという認識のつもりなんだが。


 ちなみに、前準備のやり方はとうに知ってます。

 義父手配の王都高級娼館でのカリキュラムは伊達ではない。

 まさか今夜が実践日とかは思ってなかったので、準備道具一式持ってないけどさ。


 と、取り寄せしなきゃいけないのか……?




 肩を落としたヒューが戻ってきた。


 やはりセディ様が、僕を名指しにして性的に所望された訳ではなかったらしい。

 一番小柄なダミーということで、イアン様が事務的に割り振られたのだとか。


「気を回すのはまだ早いと叱られたー」


 ヒューはさめざめと泣き真似をしていたが、自業自得だと思う。


 そりゃあ、いつかはセディ様も奔放に楽しまれるかもしれない。

 でもさすがに王都を出て一日目、竜の襲撃を目の当たりにした今夜じゃないと思うよ……いや、命の危険を感じた者って、生存本能が燃え上がるんだったっけ?


 でもねぇ、相手をより取り見取りに選べるセディ様がねぇ。

 まさか僕なんて。ねぇ?



 ――でもちょっとドキドキした。

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