第27話 古の儀式 3

 ……スノーホワイト……。


 いや、ツッコミどころはそこじゃない。

 ネーミングセンスは、レイクウッドの地名から『レイク』と名付けてしまった僕たちも大概だ。


 口元に手を当て、混乱している悪役令嬢がはっと僕を見た。

 ようやくその他大勢モブとしてスルーするのではなく、”僕”と視線を合わせた。


「そのピンク色の髪。

 まさかあなた、アリス・クロフォード……?」


 違います。


 引き止める第二王子を振り切り、銀髪の美少女が僕の前に立った。

 紫の瞳がカッと見開き、迫力がすごい。

 鬼気迫る表情を浮かべたまま、乙女ゲーム『愛のプレリュード~ロマンシア学園へようこそ~』の悪役令嬢が詰め寄ってくる。


「――ずっと探していたのよ。アニメヒロインの私を陥れて、ざまぁを仕掛けようとするあなたを。

 でも王都のどの孤児院にもピンク色の髪の少女はいなかった。クロフォード男爵家も結局養女を迎えなかった。

 まさか男装をして、俺様第一王子にすでに囲われていたなんて……」

「あの」


 どうしても訂正したくて、レイクを抱えたまま僕は否定した。


「発言失礼いたします。

 僕はアリスという名前ではありません。姓も違います。クロフォードという男爵家に縁はありません。

 そして女性ではありません。生まれた時から僕の性別は男です」

「はァ?!」


 怒鳴られた。血走った紫の瞳が怖い。


「ヒロインでしょう?!

 そのピンク髪、『愛ロマ』のヒロイン以外ありえないじゃない!!」


 ち、違うと思いますぅ……だって、


 性別は男です。

 女性にお見せすることは出来ませんが、股間にしっかりついています。


 それに『愛ロマ』のピンク髪ヒロインと言えば、しっかり乙女ゲームならではの過去設定があった。

 乙女ゲームのヒロインすべてに共通するだろう過去設定が。それに僕が当てはまるなんてそんなこと……、




 まず、乙女ゲームのヒロインは孤児院出身。

 尊い身分の落とし種だったり、亡国の王族だったりする。

 ……貴い身分や亡国なんかは知らないが、孤児院出身ではありますね。


 そして、幼い頃に下町で迷子になっていた攻略対象を助ける。

 ……やばい。迷子を助けた数は半端じゃないぞ。

 一応、転生した中身の影響で気持ちは大人だったからな。困っている子どもたちは助けた助けた。

 しかし誰がどの攻略対象だったかまったく覚えていない。

 いや、待て。髪の毛まで黒く汚れた少年を助けたことがあったな。


 怪我をしていたから”おまじない”で治して、大通りまで連れていった。

 そこで少年を探していた保護者を探し出すことが出来て。

 珍しい緑の髪だった大人の男性は、少年と再会できて号泣していた。良かったねとほんわりした気分になっていたが……まさかあれ、緑髪の男ってイアン様だった?!

 じゃない、


 助けたのってセディ様だった?!

 まったく今まで、思い出しもしていなかったんだがそんなエピソード!!


 そしてそして、ヒロインは男爵家の養子となり、末端とはいえ貴族の仲間入りをする。

 なったね。クロフォード家じゃなくてアーヴィング家だったけど。

 暗部の肉壁Hとして、血反吐を吐き散らかす訓練を受けた。養女をかわいがる年老いた養父母なんていなくて、新兵をかわいがるマッチョな軍人ならいた。


 そしてそしてそして、

 乙女ゲームの舞台となる学園で、ヒロインと攻略対象は運命の再会を果たす……果たした。

 出会いは覚えていなかったけど再会していた。護衛対象と、その護衛Aもしくは従者AもしくはクラスメイトAとして。


 ……他にもいろいろあるかもしれないけれどラスト。

 乙女ゲームのヒロインは、神の祝福ギフトを持っていたり聖女と呼ばれたり……する……。


 (生活の知恵の延長で)持ってるギフト! (不本意だけど)呼ばれてる聖女!




 と、途中でものすごくねじ曲がっているけれど、たしかにヒロインの条件は満たしている――気がする!!




「嘘……この世界はアニメ版『愛ロマ』のはずだわ。

 だって私が悪役令嬢に転生してるんだもの。途中まではアニメ版通りに物語は進行してた。ゲーム版であるはずがない。

 ゲーム版のセドリック王子トゥルーエンドは……ヒロインは竜の聖女に選ばれて、竜の住処レイクウッドで王位継承権を捨てた第一王子と幸せに暮らす……あら?」


 『愛ロマ』で”悪役令嬢”と呼ばれる彼女、ベアトリス・ウェナムの頭の横に幻の電球が点いたのが見えた気がした。


「ど、どうしたんだ、トリシー。

 また例の予言が降ってきたのかい?」


 恋人の突然の奇行に、心配そうに第二王子デイビットが尋ねる。

 微笑みを浮かべ、悪役令嬢が首を振った。


「いいえ、デイヴ。

 ……このままでも、私たちのハッピーエンドは変わらないって気づいたのよ。何も心配する必要はなかったの……」


 そうか、ハッピーエンドなのか。

 うれしそうに笑っているアニメヒロインに、僕はうっすらと乙女ゲームのお約束的ラストについて思い浮かべる。


 第一王子トゥルーエンド。

 それはマルチエンディング形式のゲームの中で、彼女に不幸が降りかからないラストなのだろう。


 おそらく、

 第一王子はゲームの主人公であるピンク髪のヒロインを選び、悪役令嬢との婚約を解消する。

 そして竜の聖女に選ばれたゲームヒロインは、王位継承権を捨てて自由になった第一王子と共に、レイクウッドで幸せに暮らすのだ。


 今、セディ様がそうであるように。

 悪役令嬢と婚約を解消し、自ら王位継承権を捨て、今後は竜の棲むレイクウッドに封じられて暮らす。

 彼の側にはピンク髪ヒロインも(本人に自覚は全くないんですけど!)いる。


 幸せなゲームのラスト。

 そのラストに悪役令嬢は関係ない。


「――セドリック様。竜の聖女と共に、いつまでもお幸せに」


 巻かずにハーフアップにして背中に流した銀色の髪。

 アニメヒロインの容姿を持つ彼女は、元婚約者に見事なカーテシーを披露し、運命の恋人と共にレイクウッドを去った。






 オープニングが始まらなかったアニメ『愛のプレリュード~ロマンシア学園へようこそ~』は、こうしてエンディングを迎えた。


 あ、何故か僕も純潔判定をさせられました。

 念のためにって。(何が念のため?)

 もちろん血判を押したスペースの周囲はそのままで、僕の童貞(処女)は公式に認定された。

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