第25話 古の儀式 1
王都から役人がやってきた。
レイクウッドに到着してすぐ、セディ様は臣籍降下に関する書類を持って訪れてほしいと一報を送っていた。速達で手配し、王都に到着してすぐに担当者が出立したんだろう。手紙を送ってから一月ほどでの到着だ。
神殿の神官も一緒にやってきた。こちらは婚約解消関係。
王族の冠婚葬祭は神殿の管轄だから、婚約の書類は神殿で保管されている。担当の神官が同じ馬車に乗ってきたが、貴族である役人が立会人も兼ねるんだろう。
そして何故か、悪役令嬢と第二王子も同行して来た。
いやなんで?!
世間は夏休み中。バカンスで訪れるのはたしかに可能だ。
だけどレイクウッドは貴族的な目で見るといわくつきの王族用保養地であり、気軽に訪問するような観光地じゃない。
「セドリック様にお願いがあって来ました」
ラベンダー色のサマードレスを着た悪役令嬢が、応接室でセディ様を前に頭を下げる。
同席している役人と神官が困惑している。
勝手についてきたっぽい悪役令嬢が、突然場を仕切り始めたんだ。そりゃあ困惑するだろう。何なら一緒にやってきたはずの第二王子も困惑している。
「――突然、約束もせずに保養地に押しかけてきて、体調を尋ねる訳でもなく一言目に要求とは物騒なものだな」
微笑むセディ様の、細めた金色の目はもちろん笑っていない。
悪役令嬢は頭を下げ続ける。
「無礼は承知の上です。
ですが、今この時でないと間に合わないと思いました。
――役人と神官様を下がらせていただけませんか? 私と殿下と、デイヴ様も交えて内密の話がしたいのです――」
「断る。
おまえの話を聞いたところで、俺にメリットは何一つない。
どうせ今から行う婚約解消についての要求なんだろう? この役人と神官の二人は手続き上必要な関係者だ。婚約解消の場に立ち会ってもらわなくてはならない」
ただし、と優雅に呟くセディ様。
「彼らには守秘義務がある。
この場にて行われる手続きの一切について、他者に伝えることは禁じられているから、ウェナム嬢が何を提案しようと彼らから漏れることはないだろう。
それで納得しないか」
セディ様の言葉に妥協を見出したのか。
ため息をつき、彼女は深く下げていた頭を上げる。銀髪のアニメヒロインが、ずっと己の婚約者だった第一王子を見据えた。
「セドリック様。
私との婚約解消に当たり、古の約定に従った手順を踏まないでいただきたいのです。
現代風に、サインだけで婚約を解消していただけないでしょうか」
「ああ!」
応接室の壁際で並んで立っていたヒューが、思わずといった風に声を上げた。
悪役令嬢と、意味が分からなかったらしい第二王子、役人と神官の注目を浴び、彼が口元を手で隠す。
だけど僕には見えていた。
ヒューの隠した口元が、楽しそうに
「……ウェナム公爵令嬢の言いたいことって、どういう意味?」
さりげなく小声で、でも周囲に響くように尋ねた僕に、ヒューが説明する。
「ほら、王族が婚約する際の儀式だよ。
王家の者とその婚約者はまず、身の純潔を明らかにする。神殿の聖別された純潔判定紙に血判を押すんだ。
純潔なら血判だけが残る。血判を押した、用紙の四角く区切られた判定スペース内に変化はない。
だけど純潔ではない場合。押した血判の周囲、判定スペースの中が寝た相手の髪の色に染まるんだ。
その儀式は婚約時だけでなく、成婚時や婚約の解消時にも行われる。どちらに非があるのかを確定するために」
たいていは女性側への救済目的だ。男が浮気性でスペースの色が変わっても、純潔を守った女は身を慎んでいたってアピールになる。
それが結婚後の立場を強くしたり、破談となっても
「――ウェナム公爵令嬢は貴族の娘でありながら、すでに純潔を失っている。
それを公にはしたくないんだろうなぁ」
「か、彼女の相手は僕だ!」
デイビット第二王子が立ち上がり、胸に手を当てて主張した。
「すでに彼女と僕は婚約が内定している!
愛し合う婚約者同士が、結婚を待つことが出来ずに結ばれただけだ!」
(いや、現時点ではその前段階の婚約解消をまだしていないから、ただのNTR――)
寝取られではなく、寝取りの方の略なNTR。
この王子、異母兄の現婚約者を寝取って不倫していることを堂々と自白した!
愕然とカップルを見つめる視線の中、僕は前世のアニメ『愛ロマ』のクライマックスを思い出していた。
アニメ内でも古の儀式は行われた。
ヒロインの悪役令嬢は未経験の処女で、王子の判定紙はピンク色に染まった。ピンク髪ヒロインと既に寝ていたんだ。
そしていやがるピンク髪ヒロインも儀式を行わされ、無理やり押した血判の周囲は何色もの汚いまだらに染まった。
男をとっかえひっかえ遊んでいると暴露されたあばずれヒロインは、俺様第一王子を騙した罪で王都を追放となる。第一王子も悪役令嬢を裏切った愚か者と、ピンク髪ヒロインと同じ場所に追放された。
そして悪役令嬢と第二王子はいつまでも幸せに暮らす――。
見事なざまぁエンドだったあのアニメのラストは、たしかこんな感じ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます