第2話 婚約破棄 2

 乙女ゲーム『愛のプレリュード~ロマンシア学園へようこそ~』。

 その舞台となる王立ロマンシア学園の生徒会室に、三人の主要登場人物が集まっていた。




 一人はカニンガム王国の第一王子、セドリック・カニンガム。セカンドネームなどは長いので省略する。

 三年制のロマンシア学園の、最上級生に本日なったばかり。午前中は始業式だったので、生徒会長である彼は全校生徒を前に、体育館で祝辞を述べていた。

 短く切られた艶やかな黒髪に、王家の色彩である金色の瞳。長身の立ち姿も堂々として美しい、非の付け所のない男前だ。


 乙女ゲームの攻略対象としての分類は、テンプレな俺様系王子。

 だけどさすがに、一人称は『俺様』じゃなくて『俺』だ。

 アニメの俺様王子とは違う部分。さすがに王子の一人称が『俺様』はダメだと思う。


 そんなセドリック王子の正面。

 生徒会室の隅に置かれた応接ソファーの、テーブルを挟んで座るのは、幼少時から彼の婚約者であるウェナム公爵令嬢ベアトリス。


 年齢は王子より一つ下の二年生。

 華やかで勝気な美貌。少しつり目のアメジストの瞳。かっちり着た制服でもわかるグラマラスな肢体。きらめく長い銀髪をハーフアップに編み込んで、金の髪飾りで留めている。


 ――僕が彼女を前世持ちのアニメ版悪役令嬢だと判断しているのは、この髪型が理由だったりする。

 だって原作乙女ゲームでは、ベアトリスは悪役令嬢らしく、銀髪を縦ロールにしていたらしいから。

 アニメで主役だった前世持ち悪役令嬢は、断罪の運命を回避しようと、わざと髪型を縦ロールにしていなかった。


 ついでにこのベアトリス嬢。アニメの設定そのままに、現代日本知識を使ってウェナム公爵領を発展させている。

 シャンプーリンスが彼女の作った商会で、近年王都でも売られはじめたので間違いない。

 ……たまーに学園内の奥庭や図書館で、日本語で書かれたノートを広げてぶつぶつ言っているのも確認済だ。

 やはりここは、アニメ『愛ロマ』の世界で間違いないんだろう。


 アニメヒロインの悪役令嬢、ベアトリスの横に腰かけているのは第二王子デイビット・カニンガム。

 セドリック王子の、一つ年下の異母弟だ。

 母は元側妃で現正妃。セドリック王子の母上が出産で命を落とし、身ごもっていた側妃はそのまま正妃へと上がったんだが今は閑話休題。


 デイビット王子は長い金髪を紫のリボンで一つに結んだ、王家の金瞳を持つハンサムなチャラ男。

 女好きに見えるように振舞ってはいるが、実は兄の婚約者であるベアトリス嬢のことが好きだというのがアニメの設定だ。

 前世持ちの悪役令嬢も、攻略対象内の推しがこの第二王子という設定だったっけ。



 原作ゲームは、ピンク髪ヒロインと攻略対象ごとのベストバットを含めたマルチエンディング。

 アニメは悪役令嬢とデイビット第二王子とのハッピーエンド、ざまあを添えて。

 それが前世日本の『愛ロマ』だった。


 だけど、僕がモブとして転生したこの世界は、両方の原作ストーリーとの乖離が生まれている。

 ゲームの開始前、ピンク髪ゲームヒロインが転入する前に、セドリック王子が婚約破棄イベントを起こすなんて。




「――――ああ、

 ”婚約破棄”ではなく、”解消”と表現するべきか。ウェナム公爵令嬢に表立った瑕疵はないからな」


 目の前に並んで座っている異母弟と婚約者を前に、自分の発言を訂正するセドリック王子。

 長い足を組み替え、彼は悠然と笑った。


「寝耳に水の話で驚いただろう、二人とも」


 ……セディ様、それは壁際に控えている僕たちもです。

 僕、先ほどから隣に並ぶ同僚の第三騎士団長の息子(攻略対象にあらず)と視線を交わしまくりです。


『……アレク、婚約解消って知ってた?』

『いえ、初めて聞きました。そちらは?』

『初耳!』


「だが既に正妃殿下から内諾はいただいている。

 ウェナム公爵令嬢は、俺との婚約を解消して新たに第二王子デイビットと婚約を結ぶ」

「何をおっしゃっているのですか、兄上! 兄上の婚約者をベアトリスと定めたのは父陛下です!!」

「陛下は、正妃殿下が説得すると請け負ってくださった。なにせ俺は、王位を継ぐ資格がないからな」

「あります!

 たとえ出生故に大貴族の後ろ盾がなくても、最愛の前正妃殿下の忘れ形見だから、なんとしてでも王位を継がせるのだと父陛下は常々公言されているではありませんか!」


 始まった兄弟の言い争いは、我が国――カニンガム王家の複雑な家庭の事情を語っていた。

 国民なら誰もが知っている、身分違いの恋物語。




 カニンガム国の国王は、望めば二人の妃を迎えることができる。

 正妃と側妃。本来なら正妃は国内の有力貴族や他国の姫を娶り、側妃に自ら選んだ愛妾を据える。

 だがそれが逆転した。現国王は正式な婚約者であった侯爵令嬢の現正妃を側妃に据え、真に愛する子爵令嬢を正妃に迎えた。


 子爵令嬢だった正妃は、セドリック第一王子を出産し、そのまま亡くなった。

 今のカニンガム国正妃は、デイビット第二王子の母である侯爵令嬢だ。


 最愛の女が命をかけて産んだ第一王子。王は周囲の反対を押しのけ、愛した女の忘れ形見である第一王子に次期王位を与えようとしている。

 第二王子デイビットに婚約者がおらず、第一王子の婚約者に公爵令嬢が選ばれているのは、国王の強い意向が働いている――とアニメでがっつり説明されていた!


 実母はおらず、継母に疎まれ。

 愛のない環境で傲慢に育った第一王子は、必死に自分を支えようとする悪役令嬢を身勝手に嫌い、幼い時にお忍びで出かけた王都でピンク髪ヒロインに出会う。

 そこで彼にとっての”真実の愛”を知り――って内容だった。アニメ『愛ロマ』は。


 こういう過去って、ラノベ界ではテンプレだったんだろうか?

 セドリック王子側に立つ僕としては、こんな悲惨な境遇で育ったのに、最終的にざまあされる王子が不憫でならないんだが……と、しまった。

 目の前の修羅場に意識を戻さないと。


「俺に王位を継ぐのは無理だ」


 異母弟と元婚約者の前で、黒髪の男前王子ははっきり告げた。


「女を愛せない。男しか愛せない。

 なので、ウェナム公爵令嬢だけではなく、誰との間にも世継ぎは作れないだろう」

「「――――え?」」






 ――――え?

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