第23話 鳥人族の都




 鳥人族の都、炎覇璃えんはり。四季を通して温暖な気候と実り豊かな大地の中心にそれはあった。

 朱色の高い塀を見上げた鈴音は思わず「わぁ」と声を上げる。

 門兵が先頭にいた麗孝リキョウに気付き、大きな門を開いた。

 一同、馬に乗ったまま、ついに炎覇璃えんはりに足を踏み入れたのだった。

 赤茶けたレンガの道だ。両脇には露店が広がっている。果物売りに花売り、あのこんもり盛られた赤や、黄色の砂は何なのだろう。

 目新しいモノばかりだ。今も夏雲シアユンの馬に乗せてもらっているので、鈴音はじっくりと街中を観察する事が出来た。

 街人が幾人も行き交い、とても賑わっている。

 見渡すと他にも馬に乗っている人もいた。


 ――なるほど。街中はこうやって馬に乗ったまま移動しても良いわけね。


 鈴音が感心していると、露店に動きがあった。

 目の合った店主がぎょっとした顔をした。途端、それまで騒がしかった街中が瞬く間に静まり返った。

 あまりのことに、鈴音は困惑する。

 しかし夏雲シアユンが手を上げるとともに、それは一気に弾けた。


夏雲シアユン皇子!」

夏雲シアユン様だ!」

「おかえりなさいませ!」

「宝剣の儀を無事終えられたんだ!」

夏雲シアユン様!」


 入口付近から街の奥へ声は広がっていく。鈴音には街中の人が彼の名を叫んでいる様に思えた。何という熱狂なのだろう。

 皆、皇子の帰還を心より喜んでいる。夏雲シアユンが国の人々に愛されている事を知り、鈴音は胸の中が一杯になった。なんだか目元がウルウルする。


「このまま街中を抜ける」


 夏雲シアユンが鈴音に囁いた。

 黒馬はゆっくりと動き出す。利き腕は手綱を操り、もう片方は人々の歓呼に応えながら、夏雲シアユンはゆっくりと黒馬を進めた。


「びっくりしたろう。あとしばらくだ」

「うん。ごめんね、なんか感動しちゃって」

「もしかして、泣いているのか? 俺以外に涙を見せるな。鈴音はそのままベールを被っていてくれ」

「へっ?」


 ベールを深く掛け直される。疑問に思っていると、ふと鈴音はある事に気が付いた。

 何やら視線を感じる気がする。

 民衆の視線は皇子に集まっている。無論であり、それはつまり皇子の胸に抱かれ同じ馬に乗っている鈴音にも注がれていたわけで――。

 気付いた瞬間、鈴音の腹の底から顔面に向けて血流がぐんと上がった。追い打ちをかけるが如く、耳はガヤの内容までも拾い出す。


「おい、もしや夏雲シアユン様と同乗している女性は噂の奥方ではないか?」

「スゥトゥに仕える神子様と噂の? ついにお連れになられたのかしら!」

「ということは、ついに夏雲シアユン様がご結婚なさるのだな」


――ひゃああぁっ!


「おお、何も言わぬのに事実が伝わっているぞ。流石は鳥人族の民だ」

「は、恥ずかしい、ぃ居たたまれないよぅっ!」


 鈴音はさらにベールを深々とかぶり俯いた。

 花嫁の肩を夏雲シアユンは愛おしそうに支える。

 それは何とも仲睦まじい様子に映ったのだろう。

 民衆の熱がさらに沸き立った事は言うまでもない。


 



 夏雲シアユンの言った通り、暫くすると店がひしめいていた街中を抜けた。人々からの声や視線から解放され、ようやっと鈴音は肩の力を抜く。

 すると前方に塀に囲まれた建物が目に飛び込んできた。一見して神社仏閣にある様な建物は見えるだけで三つあり、そのほとんどが朱色をしている。


 ――もしかして、あれって。


「後宮だ。この国の王やその后妃、嫡出子。あとは王の寵愛する女性達が暮らす場所だな。男はほとんどいない」

「聞いた事は、ある、けど。えっと、じゃあ夏雲シアユンも他に奥さんがいたりするの?」


 鈴音は何気なく口にしただけだったが、夏雲シアユンは思いきり咳き込んだ。


「……すまん。先に話すと、今はもうそういった制度的なものは無いんだ。あの建物は俺の父の名残というか。だから俺には兄が二人、弟が一人いる。みな母親が違うんだ」

「そうだったんだ」


 鈴音は関心を示したが、眉間に深く皺を刻んだ夏雲シアユンの耳には入っていなかった。


「話を戻すが、皇子の妃候補がたとえ何人いたとしてもだ。俺は鈴音以外を妻に娶る気は一切ない!」

「う、うん」


 気圧され鈴音は頷くしかなかった。間近でいるせいか、夏雲シアユンの体温が上がっているのが判る。


「お熱いなやんな~、兄さんは」


 嗅ぎつけた虎礼フーリィがやって来た。馬の頭を並べ、楽し気にニマリと笑う。お目付け役の麗孝リキョウは用事があると先に行ってしまったのだ。ほっとしたのだろうが、相手が悪い。案の定、夏雲シアユンは何とも言えない表情をしている。いや、感情を堪えていると言うべきか。


「誰がお前の兄だ」


 夏雲シアユンの眉が寄った。

 相変わらず夏雲シアユンには虎礼フーリィ特有の用語は通じない。


「親父呼びも嫌って他にどないせーっちゅうねん。なぁリンイン姐さ――ぃ! いだだだだだだだ!」

ユェ、えっと、それくらいに」


 無言で虎礼フーリィの耳を引っ張る馬上のユェはそのまま行ってしまった。自動的について行くしかない、という二人の女官の図に、とうとう鈴音はふき出した。

 

「まったく。何なんだ、あいつは」

虎礼フーリィなりの信愛を込めた呼び方なんだと思うよ?」

「それは特有のものなのか? 白虎族に対する見方が変わった」


 夏雲シアユンの呟きに、鈴音は目を剥いた。


「えっ! いや、その、ほら虎礼フーリィは色々旅していたわけだし、それで方々の訛りが混ざっちゃったとか」

「……なるほど。それはあるかもしれないな。まぁ俺達の前でだけならば目を瞑ろう」


 危うく白虎族にあらぬ嫌疑がかかる所だった。

 再び、先頭に立った夏雲シアユンは、ゆっくりと馬を走らせた。

 後宮内は思ったよりも広く、見える範囲で鈴音の通っていた高校の敷地の三倍はくだらないだろう。

 夏雲シアユンの話だと、ここを抜けた先に鳥人族の王が住む城と、その敷地内に皇子達に割り当てられた敷地があるらしい。

 途方もない話だ。眼前に構える大きく優美な城は朱塗りに金の装飾がなされ、一際輝いている。そこへ向かっている自分にいまいち現実味が沸かない。


 そしてこんなにも鈴音の心が曇ってしまっているのは、先ほどから感じている視線のせいだ。

 後宮で働いている者達だろう。すれ違う侍女や女官のほとんどが袖で口を隠しこちらを見ていた。

 民衆が鈴音に向けていた好奇とも違う。

 あれは蔑みの目だ。

 お前などが何故選ばれた。どうしてここへ来たと言われているようで、心がしぼんでしまいそうになる。

 そしてそれは杞憂ではなく、現実に形となって鈴音の前に現れる事となった。


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