第17話 赴く者
「きゃああっ!」
ついに鈴音達は落下した。
瞬間、そのまま腕を引かれ抱き寄せられる。
「
「あいつも助けたいのなら、信じろ」
「クソがあああぁぁぁっ!」
恐怖に身が竦み、鈴音はぎゅっと目を閉じた。
夏雲は信じろと言った。夏雲は自分の羽があるから飛べる。でも大人二人を抱えては流石に無理なんじゃないか。じゃあ信じろって何? 嗚呼、
色々が脳内を駆け巡っていた。人間死を前にすると走馬灯現象が起こると言うが、今まさに自分はそれを体感しているのかもしれない。
などと鈴音が脳内で頭を抱えていると、不思議と身体が軽くなっているのに気が付いた。
夏雲の胸から顔を上げると、自分を中心に淡く発光しており、周囲の景色がゆっくりと上昇しているのが見える。
「なんやこれ! 俺が、宙に浮いてる?」
「えっえっ! 夏雲が飛んでるわけじゃないの?」
これは落下しているというよりも、緩やかに降りているという方が正しいのかもしれない。それにしても、この光といい、一体どういう事なのだろう。
「宝剣に祈りを捧げた。持ち主を守護すると言われているが、このような事も成しえるとは驚きだ」
「もしかして、夏雲も初めて体験したって事?」
鈴音と
「『信じろ』と言ったろう? 鈴音と俺、双剣が合わさり、三人を支えるまでの力を発揮したのかもしれない。二人で成しえたのだと、俺としては嬉しかった。それにもしもの時は鈴音だけを抱えて飛べば済む話だ」
「ちょーっとコワい話が聞こえたんやけどーーー?」
虎礼がツッコむも、表情からは安堵が読み取れる。
崖下に降り立った途端、身体を包んでいた浮遊感は消え去っていた。鈴音は自分の宝剣を取り出して試しに跳ねてみたが、案の定浮かびもしないし飛べもしない。
改めて見回した辺りは川が流れており、向こう側には森が広がっている。
鳥の鳴き声と、虫の音。さっきまでの激しさが嘘の様な静けさは、僅かな心細さを鈴音の胸に抱かせた。
でも今は独りではない。虎礼は無事だ。夏雲が助けてくれたのだ。
全員が生きている。それが何よりだと、言葉では言い表せない嬉しさが込み上げている。
「ちょっと! 何してるの夏雲!」
しかし、振り返った先で繰り広げられていた光景に、鈴音は思わず声を上げた。
伸びた刃の切っ先は虎礼の喉元を捉えている。鈴音の呼び掛けにも、夏雲は眉一つ動かさなかった。
「答えろ。お前は鈴音と行動を共にしていた。敵ではないのだな?」
夏雲に真っ向から見据えられ、明らかに虎礼は固まっていたが、コクコクと頷く事は忘れない。鈴音は慌てて二人の間に割って入った。
「虎礼は悪い人じゃないよ。森の中で捕まって――えっと、つまり(牢屋で)一晩過ごした仲なの!」
「ほぅ。つまりなんだ、こいつと二人きりで一緒の部屋にいたということか」
「うん! 虎礼は私が目覚めるまでちゃんと側にいてくれた」
色々と端折ったが、内容は合っている。
こめかみがピクリとした夏雲と、気付かず一生懸命に説明しようとする鈴音を交互に見やり、虎礼は冷や汗を垂らした。
「それでね! 馬車から落ちちゃった私を怪我しない様に抱き留めて助けてくれたの。命の恩人なんだから! 剣なんて向けないで。ねっ?」
不穏な空気は広がり始めている。絶対この人話半分以上聞いてないで? などと虎礼は思ったが、口を開こうにも嫉妬の塊男が恐ろしくて出来ない。
いやでもそれもイカンだろう。意を決して、ソロっと虎礼は呟いた。
「えーーーっと、姐さん、どうかその辺で」
「誰がお前の姉だ!」
「ヒイィッ!」
「もう! 夏雲! おっきな声出さないでよ!」
理不尽に怒鳴り散らされ、耳と尻尾が飛び出した虎礼はさらに小さくなった。
「全く興味もないが獣人だったか。で、何をどうしくじったら格下の小鬼児ごときの罠に引っ掛かるんだ?」
「俺ら初対面ですけど塩過ぎません?」
夏雲は依然として素っ気ない。
それは出会った頃、少年であった彼を思い起こさせ、鈴音としては微笑ましくも思えた。しかし、即座に考えを改める。
虎礼は自分の命の恩人である。ここはしっかりとフォローしておきたい。
「夏雲、虎礼だって好きで罠に掛かったんじゃないと思うの。怪我が痛かったからすぐに外せなかったりもしたけど、彼なりに精一杯頑張ったんだよ」
「塩に塩を擦り込んでもーてんねーーーん!」
虎礼は嘆き、鈴音は首を傾げ、夏雲は未だ不機嫌だ。
その三者三葉を一歩引いた画角から
鈴音達はあれから川辺に拠点を張り、休憩をとっていた。
途中、玥も合流し、やっと全員が顔を合わせたのだ。
離れている間の出来事を話し、表面上は夏雲も納得してくれたように思われた。
が、虎礼に対しての態度は変わらず、見ている鈴音はハラハラしっぱなしだ。
「ほんじゃま、俺はもう行かせてもらうで。おたくら全員揃ったみたいやし」
「えっ、夜明けまで休んで行かないの?」
虎礼は片手を上げ、そのまま身を翻した。
いきなりの事に驚く。牢屋で見た時から虎礼は荷物も武器も何も持たず、その身一つだった。
獣人なので夜目はきくのかもしれないが、ここはただの森ではない。丸腰の上、独りではあまりに危険過ぎる。
夏雲の話だと、シャウユイの森は
「単独行動は駄目だよ、虎礼」
焚火の側を離れると、間近であってもうっかり見逃しそうになるほど、この世界の闇は深い。
鈴音は灯りを手に慌てて虎礼を追い掛けた。
「用事のある場所まで、一緒に行くから。待ってってば」
「なーに言うてん。危険は避けて通るから大丈夫やし、こう見えて生体の感知能力には自信あんねん。だから心配せんとって、リンイン姐さん」
「怪我をしていたでしょう? ちゃんとした手当ても出来ていないし、せめてもう少し休んでから動かないと倒れちゃうよ」
虎礼の後を追い、鈴音は食い下がった。
「回復力だけはいっちょ前やから平気やって。もう治ってる」
歩みを止めようとしない虎礼を鈴音はついに追い越した。
仁王立ちになって睨みつけると、彼は目に見えて身体を硬直させる。
「罠に掛かって気絶してた人が何言ってるの!」
「ぅぐっ! そ、そりゃあ俺もたまにはですね――うひゃあ!」
虎礼が飛び上がった途端、その足元に細長い棒が突き刺さった。寸での所で避けた虎礼の反射神経に感心していると、闇の中から落ち葉を踏む音が近付いて来た。
「武器も持たずでは心許ないだろう。それを持って行け」
身の丈はある矛は、夏雲が予備の武器として馬に積んでいたものだ。
虎礼は地面に刺さった長い棒を抜くと、その人物を恨みがましく見上げる。
「いや、持って行けて。刃物は持たん主義なんで、まぁコレだけ貰っときますわ」
「……これだけ?」
夏雲は怪訝そうに眉をひそめる。
不思議な事に、虎礼の持つ矛には刃の部分が無かったのだ。
足元に落ちていた穂部を拾い上げた夏雲が再び口を開いた、その時。
「シ~ア~ユ~ン~~……」
ゆらり。
夏雲は虎礼共々身を竦ませる事態に陥る。
「今のは武人として正しい行いなのかしら?」
鈴音は怒りをあらわに言った。
「い、いや、その、す、すまなかった。つい――」
お化けでも見たかの様な顔をした夏雲は、さらに焦りちらした。
「ほっ、ほな俺はこれで~。
「一緒に行くって言ってるでしょーが!」
「そーーーでしたっ! はいぃっ!」
そそくさとその場を後にしようとした虎礼の首根っこを掴まえたのは、意外にも夏雲だった。
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