第29話 永遠の願い






 その日の内に、鈴音は自鳴琴じめいきんの部品を発見するに至る。同国から賜っていた祝儀品である赤馬の蹄の裏に、それは嵌り込んでいた。祝儀品を運ぶ際に零れ落ちた部品を馬が踏み、異物の感触に赤馬は暴れていたのだろう。

 自鳴琴、赤馬の祝儀品は滞りなく納められ、婚儀の場にもお披露目されたのだった。


 誰もが想像しえなかった。

 神のお告げか、お導きか。


 国家間の騒動に発展するやもしれぬ問題を、夏雲様の婚約者が解決したとの噂は鳥人族の民達の間に瞬く間に知れ渡った。

 スゥトゥの神力の力だと、その信望は隣国にも広く伝わったのだった。

  




「鈴音! 鈴音はいるか?」


 足早に歩く長身の青年在り。瞳の翡翠は野生の獣を思わせる輝きを放ち、炎の様な赤く長い髪は彼の持つ特有の背を撫で、たなびいていた。


 鳥人族王の第三皇子の位を持つ彼は、つい一ヶ月ほど前に婚礼をあげたばかりだ。


 その者は念の為自室も覗いた後に、小さく息をついた。彼の求める最愛は、今日もまた従者を率いて遠乗りに出掛けたらしい。

 

「夏雲様ではないですか。ああ、もしかしてまた放って行かれたんですか?」


 肩を落とす彼の背後から声が掛かった。

 男は紫色の詰襟服に腰布を巻き、色の付いた眼鏡を掛けている。見つかったと僅かばかり口元を歪めた夏雲は腕を組んで彼を迎えた。


麗孝リキョウか。わざとだろうが、お前はもう少し気を遣えんのか。それに置いて行かれたわけではないぞ。俺はさっきまで政務で籠っていたんだからな」

「ああしろこうしろと口煩く言い過ぎるからですよ。夏雲様はリンイン様に過保護すぎます」

「それは自分のことを言っているのか?」

「私が貴方様にしていることと同義にしないで下さい」


 麗孝はため息をつき、夏雲を促した。「せっかくですので休憩しましょうか」と部屋の大窓を開け放ち、ベランダで待つよう夏雲に伝える。

 暫くすると、麗孝自ら茶器を持って現れた。透き通るドングリ色の茶は香ばしい匂いを立てている。

 菓子皿の饅頭を口へ放り込んだ夏雲は、目の前に座る側近に向かって呟いた。


「俺には十分過保護に思える。お前がしていた事もな」

「どういう意味ですか」


 夏雲にしては珍しい、随分と含みがある言い方だ。いつもド直球な主の珍しい様子は麗孝の興味を引いた。

 

「なぁ、麗孝。こうして鈴音との今があるのも、裏でお前が手を回していたからだ。俺だって阿呆じゃないぞ」

「そうですねぇ。おっしゃる通りです。もしかしてリンイン様ですか」


 以外にも、麗孝はあっさりと認めた。存外に真面目な表情をした夏雲はそんな彼を見据えている。麗孝もまた視線を受け流さず、そっと眼鏡を外す事で応えた。

 麗孝の薄く青いビー玉が珍しく感情の色を湛えた。そう夏雲には思えた。


 いつも飄々とした態度と言葉で物事を俯瞰している。他人だけに止まらず夏雲に対しても心の内を晒さない。


 そんな彼が仕組んだ事。


 鈴音が自鳴琴じめいきんの部品を発見した。その時に夏雲は聞いたのだ。

 また過去視が起きた事。厩舎に麗孝の姿を見たと鈴音は語った。

 それが意味する所を夏雲は理解した。しかし、その心の内までは本人にしか判らないのだ。ゆえに夏雲は知りたかった。


「お前は今生きている。自分の口で語れる。だから憶測はしない。何を思ってしたのかを、お前の口から聞きたい」


 危うく麗孝は笑みを零しかけた。

 「話せ」ではなく「聞きたい」と夏雲は言った。主の甘さは、この饅頭と同レベルではないだろうかとさえ思った。

 甘味が苦手な麗孝は、自分の分の菓子皿を夏雲の前に置いた。


「一国の皇子が平民と結婚する事は出来ません。たとえ王が認めていても足りないのです。国は民から成る。すべてに、公然と受け入れられる必要があります」


 麗孝はにべもなく言った。


「鈴音の素性をお前に話したからなのか」


 尚も言い募ろうとした夏雲を制し、麗孝は彼の茶器に新たな茶を注いだ。


「話して頂いた事で思いつきました。未知な部分ではなく、スゥトゥに仕える神子である。というのは使えますから」

「では俺の婚約者がスゥトゥの神子だと噂を流したのもお前なのだな」


 麗孝は頷いた。


「スゥトゥはこの地において力のある神域。皆口には出さずとも崇めています。そこから招いた者が人知を超えた力で鳥人族の危機を救ったとしたら、誰も彼も皇子の相手として認めざるを得ないでしょう。また各国には神力に通ずる者が鳥人族にはいるのだと牽制にもなる」

「鈴音の力は、操作できるものでは無い。失敗した時の事を考えなかったのか?」

「その時はその時です。結果としてリンイン様は成し遂げた。いやはや私の姿まで見通しておられたとは、そこは想定外でしたが」

「つまりお前は鈴音を利用したわけだな」

「まぁ平たく言うなら、そうですね」


 夏雲は額を押さえ長い息を吐き出している。麗孝本人の口からすべて聞き終えたわけだが、妙にスッキリしなかった。オマケに「夏雲様的にはご結婚出来たわけですし、万々歳では?」などとのほほんとされ、怒る気にもなれない。

 

 すると、そのままの体勢で「くっくっく」と夏雲は笑い出した。「なんですか?」と言うのも憚られ、とりあえず麗孝は茶を口に含んだ。

 

「宝剣の儀の後に鈴音と二人の時間を取ったろう。その時に俺はお前を貶していたんだが」

「はぁ、そうですか」

「鈴音は何て返したと思う」

「?」

「『口煩いのかもしれないけど、麗孝さんはきっと鳥人族全体の事を考えている人なんだ』とな。俺よりも鈴音の方が、人を見る目があるらしい」


 麗孝が目を丸くするところなど、そうそうお目に掛かれるものでは無い。さらに笑みを零した夏雲に、麗孝は咳ばらいをし何とか己を保とうとした。


「とにかく、こうして晴れて夫婦となられ私も嬉しいです。それにしても、夏雲様に『麗孝さん』なんて言われる日が来るとは思いませんでしたよ。まったく薄ら寒いったらありませんね」


 機嫌を良くした夏雲は茶器を手に取り、精一杯の悪態をつく側近を労うべく、麗孝の椀に茶を注いだ。


 

 

 

 


 腰高の草木の生える高原に二頭の馬が軽快に駆けていた。

 先頭を走るのは鈴音の赤馬だ。その斜め後ろにユェが続く。

 気温の低い早朝から屋敷を出発し、昼過ぎには戻る。そのような事もほぼ日課となっていた。

 鈴音の操る馬は祝儀品騒動の渦中にあった赤馬だ。あれ以来すっかりなつかれてしまい、鈴音専用となっていた。

 動物と仲良くなれるのは素直に嬉しい。鈴音は隻英せきえいと名付け、毎日を共にしていた。


 今日は虎礼フーリィ ディアォの村から帰って来る日だ。

 あの日の約束通り、夏雲は各所に指示を出し、鳥人族と凋の絆は結ばれた。その橋渡し役である虎礼は、月に幾日か凋に出向く事になっている。今日は五日ぶりにこちらに帰ってくる日だ。

 いつもの待ち合わせ場所で待っていると黒い点だった影が徐々に近付いてくる。 

 鈴音は左腕をピンと伸ばし、大きく手を振った。


「虎礼ーーー! おかえりーーー!」

「た、ただいま。……いやぁ、盛大な歓迎やね」


 到着した虎礼はきちんと男装姿だ。仕立ててもらったという品は黒を基調とした旅装着で、流れるような特徴的な模様が銀糸で縫い込まれている。そして腰には細身の剣が差してあった。

 虎礼曰く「護身用」のそれは、勿論金属ではない。

 彼の金属を破壊するという特殊能力は使いようによって如何様にもなる。脅威だと麗孝は言っていた。

 しかし、虎礼はまだ使いこなせるには至っていない。

 でもそれでいいと鈴音は思っていた。彼の力が必要にならない、そんな平和な世界が続けばいいと願って止まないのだ。


「虎礼、頬っぺた赤いよ? そんなに急いで来たの?」


 毛色の違う色の混じった黒髪は風を切って、随分と乱れていた。 「大丈夫?」と馬を寄せ顔を覗き込むと、金色の瞳と目が合う。と思ったら逸らされた。


「どうしたの?」

「なんか照れた」

「へっ」

「こんなん、してもらったことないし」


 フイッと目を逸らしたままの虎礼は腕で汗を拭っている。すると悪戯心がムクムク。見る見るうちに鈴音の口元に笑みが広がった。


「虎礼、カワイイ! 今時こんなに素直な男の子珍しいよ。ねっユェ

「なっ!? お、男に可愛いて。玥さん、なんとか言うたって!」

「虎礼には、必要な要素だ。わたしは、そう思う」


 今の今まで沈黙を貫いていたユェがスッと何かを鈴音達の前に掲げた。

 一瞬にしてその風呂敷包みが何かを察した虎礼は、「うげっ」と声を上げる。

 

「あ~、また女の生活か」

「あ、そっか」

「まあでもしゃあないわ。自分の為やし」


 馬を降りた虎礼は、玥に手綱を渡すといそいそと着替え始めた。

 鈴音は慌てて後ろを向きながら、問う事も忘れない。


「自分の為って?」

「リンイン姐さんの傍にしっかりおって守りたいから、大事な事や。もう一人増えるしな!」

「!」


 今度は鈴音が赤くなる番だった。

 虎礼の言葉の意味する所は、つまり。確かに月のものが来ていないし、思い当たる節があるだけに言葉もない。

 俯いて黙っていると、着替え終えた虎礼が絡んで来た。


「えっ、マジなん? おめでた?」

「ま、まだ判らないもん! だから絶対内緒ね! 夏雲には私から、ちゃんと言いたいから!」

「肝に銘じるのだ、虎礼。その身と脳ミソを最大限使い、漏洩しないよう、徹しろ。さもないと、虎礼の命の保証はないだろう」

「せやな。あの人独占欲の塊やし」


 夏雲のことを語る二人の表情は明るく、それが鈴音は嬉しかった。


 この世界に来て、何年が経ったのだろう。

 ひとりぼっちで異世界に投げ出され、最初は混乱しかなかった。

 運命的に夏雲と出会い、碌影ろくえいにスゥトゥという居場所を与えられた。自分はそこで一生暮らしていくのだと思っていた。

 それが今は夏雲と家族になり、鳥人族の国で暮らしている。


 胸の中を満たすのはほとんどが温かな幸福感で、不安は僅かばかりがあるだけだ。

 されどこの世界の事を、鈴音はまだ何も知らないに等しい。

 覚りの力でも把握しきれない幾つもの瞬間、未来がこれからも待っているだろう事も容易に想像がついた。


 でもそれも不思議と「大丈夫だ」と、今の鈴音には思える。

 

 もう一人ではないのだ。

 傍らには最愛の人。これから生まれてくるだろう愛おしい命を共に喜んでくれる友がいる。

 取り巻く存在すべてが、きっと鈴音の心を強くしてくれるのだから。

 

「じゃあ都まで競争だよ!」


 この世界で出会えたかけがえのない人達と共に、私は「ここ」で生きてゆく。





 終







 ここまで読んで頂きまして有難うございました。

 最後まで連載を続けることが出来て安堵しています。

 評価やレビュー頂けますと、とっても嬉しいです。

 お読み頂きました皆さん本当に有難うございました! まきむら 唯人。


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覚り乙女と対の宝剣 ~皇子に告白された神殿神子は恋も冒険も忙しい!? まきむら 唯人 @From_Horowza

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