第25話 消えた祝儀品:二






 さっそく鈴音は作戦を夏雲シアユン麗孝リキョウに話すことにした。

 それは鈴音、虎礼フーリィユェの三人で、無くなった自鳴琴じめいきんの部品を探す事。行動を起こす前に、その許可をこの邸宅の主に取る必要があった。

 まず第一に、ここは未知に近い場所で、情報も無しに勝手に動き回るにはリスクが高すぎる。第二に極端に秘密裏に動く必要は無い、という事が上げられる。嫁入りしてきた鈴音が屋敷内の事を知ろうとしたり、あちこち動き回るのも不自然ではない。

 そして夏雲には何よりも先に話した方が良いと玥は言った。

 確かに、夏雲の信頼を損うことになりかねない。


 ――実際にこうして話すのは、少し勇気が要ったのだけれど。


 というのは、自鳴琴事件が夏雲に仕える人間が犯人であることの可能性を示唆しているからだ。身内を疑う事について夏雲がどういった反応をするのか。

 しかし迷っている時間はない。彼らをまとめる使用人頭の麗孝の協力を仰ぐ意味でも、早急に主人の意向を確認しておくべきだ。


 というのが、いつでも冷静沈着なユェのお言葉だった。


 朝食後、一通り鈴音から説明を受けた麗孝は暫し沈黙を守っていた。考えを巡らせているのか、口元に拳を当て机上を見つめている。

 ちなみに、主人である夏雲の返事は「俺は構わん。麗孝に任せる」だった。鈴音は向かいに座る夏雲の瞳の奥を探ってみたが、存外面白がっていたのかもしれない。


「なるほど。君は白虎族でしたか。それにしても、僅かな時間で部品の有無に気付くとは中々有能です。私とて、そこまで専門知識があるわけではないですからね。正直助かりましたよ。いいでしょう。リンイン様のご提案を受け入れます」

「いやに殊勝なことを言う」


 夏雲はようやく鈴音から視線を外した。

 知ってか知らずか。いや、目ざとい麗孝が気付いていないわけがない。致し方ないといった表情をされてしまい、何となく鈴音は恥ずかしい思いをした。

 まったく。夏雲という男は、鈴音の一挙手一投足に気を配り過ぎるのだ。

 主からの視線を受け、麗孝は含み笑いをおさめた。


「私も好き好んで拷問じみた真似はしたくありませんし、婚儀の日程が延びるというのも、各国の要人招待に差し支えますからね」

 

 麗孝の薄水色の瞳には、真ん中に黒い瞳孔が浮かんでいる。それはまるで野生の獣のそれと同じだ。ゆえに初めて見た時に、鈴音は怖さを覚えた。

 しかし、その本質はけっして目に見える部分だけでは無かったのだ。

 彼の声音と雰囲気は、何も特別な事ではないと語っている。それが鈴音には、ひどく恐ろしいものに思えた。


「婚儀の日程が何故延びる」


 夏雲からも先ほどまであった雰囲気がすっかり消えていた。

 

「完璧でない状態の祝儀品を公然に晒せません。婚儀に参加した際に確認でもされたら事ですからね。下手をうてばお国問題に発展しかねない」


 麗孝は淡々と言った。

 夏雲の口元が歪む。


「同盟を結んだ国だぞ? それしきの事で不和が生まれるものか」 

「だからこそです。小さな綻びを突っつきたがる輩もいるのですよ。私が良い見本でしょう?」

「ああ、そういうことか」


 夏雲はあっさりと納得した。二人はいつもの様に会話をしていたのだろう。しかし鈴音達にとっては予想だにしない重さで何も言葉を出てこなかった。


 思い付きで行動しようとしていた自分がとても小さく、恥ずかしい。

 鈴音は俯きかけたが、麗孝の視線を感じ何とか踏み止まる。

 落ち込んではいられないのだ。結果的に鈴音の提案は麗孝のやろうとしていた事を思い留めさせたのだから。


「とにかく、そういうわけです。君達二人には後宮の敷地を通る都合上、女官の服装をさせていたわけですが、今となってはその姿が功を奏すでしょう。事の主軸となって動くのなら、朱雲宮しゅうんきゅうと後宮においてはもってこいな格好です。女性と思われていた方が、いざという時にも何とかなるでしょうからね」

「ここではもう脱いでも良かったんかい」


 虎礼フーリィはボソッと吐き捨てたが、麗孝に見据えられ固まった。狼に睨まれた子猫? いや虎か。

 

「朱雲宮には少数の宦官かんがんも出入りしているが、そちらの方が宜しいか?」

 

 麗孝は微笑を浮かべながら不機嫌な口調で言った。


「かんがん……?」


 聞き慣れない言葉だ。鈴音は首を傾げる。すると隣に座っていたユェがいつものように言った。


「宦官とは去勢を施した官吏のことをいう。麗孝殿は虎礼フーリィの男性器の必要性を問うている」

「男性器……」

「去勢……」


 揃って呟いた後、事の次第を理解した鈴音は真っ赤になり、虎礼は真っ青になって叫んだことは言うまでもない。



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