第24話 消えた祝儀品
夏雲に続いた鈴音は驚く。
館へ先に向かった彼は、本来ならば主を使用人らで手厚く出迎える筈だ。
一体何があったのだろう。
使用人頭の剣幕を目の当たりにした侍女達の顔は皆青ざめており、ついには平伏し震える姿は鈴音の同情心を誘った。
「何事だ」
「! 夏雲様、ご帰還に気付かず――」
「いい。それよりも、事の次第を報告しろ」
主の前に跪いた麗孝の表情は、鈴音がこれまでに見た事の無い部類だった。鈴音の思う彼は、いつも自分よりも何十段も上から周囲を把握していて、相手の反応をゆっくりと観察して楽しんでいる。そのような印象を持つ男が苛立ちを隠せずにいたのだ。鈴音が見てもこれはただ事ではないと判る。
促され、麗孝はすぐに口を開いた。
「すでに夏雲様の婚儀の噂は各国に周知されております。今朝方に隣国
麗孝の視線を追うと、漆色の頑丈そうな大机が構えていた。その上には赤と金の織物が敷かれ、見るからに豪華な品々が置いてある。
玄関の大きな扉を開けたら、すぐに目が行く正面だ。婚儀に際してこの世界では、こういった飾り棚を設置するのかもしれない。
「はっきり言え。俺も帰還した事だしな、元より隠し立ても出来ぬだろう」
夏雲は大机の前まで行き腕組みをする。
「破損しました」
瞬間、冗談でなく場が凍った。
平伏したままの使用人達。跪き項垂れる麗孝と、その雰囲気に飲まれる鈴音達。この館の主人の表情はこちらからは見えず、言葉もそれきり無いので不安は募るばかりだ。
しびれを切らした麗孝は夏雲の前まで行くと、大机の上から一つの品を慎重に取り出した。触れる際には手袋をし、丁重に扱っている様子から、その品は大変に貴重なものであるのだろう。
「ほぅ。これはもしかして
「はい。届いた時には確かに音色を奏でました。しかし、先ほど再度確認した所、動かなくなっていたのです。私が朱陽関へ出向いている間に何かがあったとしか思えません」
「なるほどな。ん? 見たいのか」
首を伸ばしていたら、気付いた夏雲に手招きをされる。
「じめいきん」って何だろう。見せてもらえるんだと喜んだ鈴音だったが、隣に行った途端に夏雲に肩を掴まれクルリと身体を回されてしまった。
使用人達の視線が一手に集まってしまい、鈴音は固まる。
「俺の最愛だ。名をリンイン。ただし俺は鈴音と呼んでいる。他の者がその名を呼ぶのは禁忌とする。破る者は即刻クビだ。肝に銘じろ」
「……えっと、夏雲?」
「えげつない独占欲やで~」
「ちなみにあちらの者達は鈴音付きの女官だ。スゥトゥに仕えていた者を招いた。この地では不便もあろう。皆くれぐれも良くしてやってくれ」
しかし口調は何とも優し気だ。余計に不穏だ。
水を向けられた女官もどきは何とか笑顔を作った。
「夏雲サマよりご紹介預かりました。わたくし虎礼と言いますの! こちらの仏頂面は
王に帰還報告する義務を最後まで渋っていたけれど、「
鈴音は侍女に案内され、二階にある一室へ通された。部屋に着くまでの道中も驚きづめで、鈴音はきょろきょろするのを必死に堪えた。
スゥトゥもとても広かったが、それは神殿の役割上公的なものとしての意味合いもある。しかしこの邸宅は居住空間である。一体幾つ部屋があるのだろう。鈴音などにはおよそ想像もつかない金額がかかっていそうな豪華さと広さを兼ね備えた空間は、鈴音の部屋にまで及んだ。
焦茶色の扉には金鷹の彫り。十畳以上ある広い部屋だ。落ち着いた色合いの壁面と、大理石の床。金色の燭台が要所に備えられ、中には灯篭の様な照明器具も置かれてた。
中でも鈴音の目を惹いたのは天蓋付きの大きな寝台と、外へと通じる大窓だ。
侍女が布を開けると、明るい日の光が室内に射し込む。そこは室内続きのベランダになっているようだ。鈴音が駆け寄ると、気を利かせた侍女が大窓を開いてくれた。
「わぁ」
「こちらは陽台となっておりまして、庭園の四季折々、夜には星々をお楽しみ頂けます。隣の部屋との共有空間でありますので、夏雲様とも是非お過ごし下さいませ」
「あっ、夏雲が隣の部屋なんですね。そ、そっか」
虎礼が口笛を吹いた。
と思ったら
当たり前だ。女官は冷やかしなどしない。
「もう! 虎礼ったら。あんまりからかわないでよね」
「すんません。いやついつい……それにしても、ひっろいなぁ。俺らにも専用に部屋用意してくれるみたいやし、それはめちゃ助かるわ」
侍女には下がってもらい、鈴音達はようやく一息ついた。
貴族社会の上下関係の「される側」を味わった事の無い鈴音にとっては変に気を遣う。
長椅子に座った虎礼は虎礼で別の意味で疲労したのか、肩をポキポキ鳴らしている。鈴音は気になっている事を二人に聞いてみる事にした。
「ねぇ、さっき
鈴音は虎礼の向かいに腰を下ろす。
すると、タイミングよく茶器を手にした
「自鳴琴。表面に針を植えつけた円筒と円盤がゼンマイによって回転し、その針が音階の板に触れることで音を出す。小曲を奏でる小箱だ」
茶を注ぎながら玥が答える。
スゥトゥにいた頃も玥は色々な事を鈴音に教えてくれた。獣神子は碌影が創り出した人形。人には及ばない領域を生きる彼らは正に生き字引なのだ。
「それって、オルゴールね。あんなに大きくて立派なものを贈ってもらったんだ」
「アレな。チラっと見といたけど、壊れてるっていうのも違うかもしれんで」
鈴音の椀を上げる手が止まる。
その眼差しの前で、虎礼は一気に茶を飲み干すと襟元を開け、ふーと長い息を吐き出した。
「ほら、俺って一応白虎族やん? 金属の加工やらが生業やから自鳴琴の設計図を見た事あるねん。あの祝儀品は壊れてると言うよりも一部の部品が欠けてるんやと思った」
「そうなんだ! でもどうしてあの時に言ってくれなかったの?」
鈴音の問い掛けに虎礼は小さく笑った。
「夏雲の兄貴が俺らに何も言わんかったからな。いち女官ふぜいがしゃしゃり出るのはマズイと思うで」
「あ、そっか」
夏雲に毒ずいたりは別物なのだろうか。
喉元過ぎれば何とやら、まぁいっかと思う鈴音も大概だった。とにもかくにも虎礼からの情報は有益だ。
夏雲の実家には着いたけれど、婚儀はまだ少し先らしいし、何よりトラブルが発生したのだからこのまますんなりと事が運ぶとも思えない。
その間、自分はここでもてなされているだけでいいのだろうか?
いや、良くない!
「よしっ! ここは思い切った行動あるのみよ!」
『?』
拳を固く握り締め闘志を燃やしている鈴音を、虎礼と玥はただただ見守るしかなかった。
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