第13話 牢屋の中で
一息ついた鈴音は事の経緯を
「どうにかしてここから脱出しましょう! 私は急いでシャウユイの森に戻らなきゃいけないの」
「言うても、そう簡単にここからは出られへんで。使えそうな武器は没収されてもうてるしな。俺の方で残ってるのはコレだけや。金目になりそうに無いから盗らんかったんやろな、助かったわ」
人間の姿に戻った
懐から取り出した小さな革袋を、彼は優し気な眼差しで見ていた。
「私も、あるのは結界に使う守り砂だけみたい。……だけみたい?……うそっ、嘘! 無い!」
話しながら気付き、鈴音は自分の服の中を忙しなく手で探った。
しかし、無い。無いものは無い。
「な、なんやどないしたんですか」
「どうしよう……」
胸元に後生大事に仕舞っていた宝剣が無くなっている。
へなへなとへたり込んだ鈴音はがくりと項垂れた。
「なんやよう判らんけど、盗られたんやな。ご愁傷様です」
「ってそれで済むわけないでしょーがぁっ!」
ガンッ!
「何やねん!」
「いったあぁ~~~! くっそー!」
「いきなり岩を素手で殴る人初めてみたわ。あんたオモロイな~」
憎っくきツララ格子を睨みつける鈴音はそれどころでは無い。
これは本当にとんでもない事だ。
鈴音の脳裏にはスゥトゥならびに碌影、
取り乱して岩をぶん殴ってしまったのは想定外だったが、きっとそれほどに今の自分は混乱しているのだろう。いやはやそれにしても痛い。ふええええぇぇんっ!
そのコロコロ変わる面を眺めていた
「というわけで私は諦めません。先鋒が駄目だったのなら次鋒よ。
「へっ?」
いきなりお鉢が回って来た
「
「その無責任な自信はどっからくるんです?」
悲観的状況の中でも鈴音は諦めなかった。あーだこーだと提案を続ける鈴音を
すると、ふいに彼の大きな丸い瞳孔がスッと小さくなった。指を口元に持って来て、鈴音に合図をする。
「……」
暫く経つと、何やら音が聞こえた。
ツララ格子から覗いてみるに、この牢獄は横一列の二番目。突き当りには上階へと続く階段の様な段差が見えた。
光と共に漏れ聞こえるのは人の声だ。くわえて金属の擦れるような物騒な音が、鈴音達のいる洞穴にどんどんと近づいて来ている。
「こ、小人?」
「
ついに現れたのは、鈴音の腰丈ほどの小人だった。小鬼児は今見えるだけで五人。でこぼこした顔と魔女みたいに長い鼻をしている。くぼみに埋没している瞳には光が無く真っ黒で、瞬間的に鈴音の背筋は凍えた。
皆ボロボロに薄汚れた服の上に、統一性の無い小手や肩当てをくっつけた様な恰好をしている。そしてそのどれもが酷く臭う。
恐らく自分を見て笑ったのだろう。半開きの口からは赤錆みたいなギザギザの歯が見えた。
「オキタ! ウリモノ! ヒトゾク、オンナ!」
「ギャハハハハ!」
外見に反して何と高い声なのだろう。ギャップに驚いていると、鼻先に何かを突き付けられる。
「オマエ! コレ、オシエロ!」
「……私の宝剣!」
なんと小鬼児が差し出したのは鈴音の宝剣だった。やはり気を失っている間に抜き取られていたのだ。
鈴音は唇を噛む。
しかしその鈴音の目は、それに気づいた瞬間からゆっくりと見開かれていった。
肉体とは時に不思議なものだ。己の内が信号を伝えていた。何かが、鈴音のすべての動きを止めていた。
ソレが、叫んでいた。
「オマエ、シッテル! オマエ、ドウニカ、シロ!」
「うわっ、えげつな……」
それは絶句している鈴音達の前で、止まる事無く続いている。
宝剣からの拒否は凄まじく、熱は血肉を焼き、そのツンとした刺激は鼻腔を通り、鈴音の中へと侵入し始めた。
思わず鈴音は鼻と口元を手で覆った。独特の不快な臭いが鼻をつき、吐き気を促している。
しかし鈴音の意に反してその手を掴まれ、無理矢理宝剣の上に乗せられてしまう。
「きゃっ!」
予想だにしない現象が鈴音の目の前で起こっていた。
宝剣を乗せている小鬼児の手は未だ熱に焼かれている。しかし鈴音の手にはひんやりと、その佇まいは隔離された静けさをもたらした。
一瞬熱いと感じたのは、目の当たりにした惨状による鈴音の思い込みに過ぎなかったのだ。
――冷たい。でも、あったかい……――。
『宝剣は持ち主を守護してくれる』
傷つけはしない。
「オマエ、ナニモオコラナイ?」
「レイグ! タカイ、レイグ!」
感傷に浸る間もなく、再び宝剣を奪われてしまう。小鬼児には痛みや恐れは無いとでも言うのだろうか。もう骨まで見える程に皮膚は損傷している。もはや宝剣を握るというよりも、乗せているだけに等しい。
「返してっ!」
鈴音は弾かれた様に叫び、鉄格子の中から手を伸ばした。
「オレノモノ!」
「レイグダ! レイグ!」
「ギャーハッハッハ!」
小鬼児の手からは滑り落ちたものの、鈴音が拾う前にそれは阻まれてしまう。蹴飛ばされた宝剣はクルクルクルと小さな円を何度も描きながら、岩壁にぶつかってようやく停止した。
「あーあ。せっかくの宝剣が、ぞんざいに扱って傷でもついたら売値下がるんちゃう?」
「売るって、宝剣を? 嘘でしょ、返して!」
「まぁ、さっきからこいつらそれっぽい事言うてるし」
鈴音はツララ格子から必死に手を伸ばすも、当たり前だが届かない。
「オマエラモ、ウリモノ! ヒトゾク、ウリモノ!」
「ワレラ、モウカル!」
「モウカル! モウカル!」
小鬼児はずっと楽し気に笑っている。鈴音は牢屋の中で、ただただ自分の無力さを噛み締めるしかなかった。
しかし異議を唱える者もいたのだ。今まで眺めていただけだった
「ハア? 『お前ら』って、もしかしてその中に俺も入ってるんとちゃうやろな」
「ソウダ!」
「俺、ただの獣人やで」
「アンシン、シロ。ケモノノオマエ、ケガワ、ハグッ! ウレルゾ!」
確かな間の後、真っ青になった
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