第13話 牢屋の中で





 一息ついた鈴音は事の経緯を虎礼フーリィに話した。こんな状況だ。色々と端折った気がしないでもないが、とりあえず良しとしよう。


「どうにかしてここから脱出しましょう! 私は急いでシャウユイの森に戻らなきゃいけないの」

「言うても、そう簡単にここからは出られへんで。使えそうな武器は没収されてもうてるしな。俺の方で残ってるのはコレだけや。金目になりそうに無いから盗らんかったんやろな、助かったわ」


 人間の姿に戻った虎礼フーリィは胡坐をかいて座っている。

 懐から取り出した小さな革袋を、彼は優し気な眼差しで見ていた。


「私も、あるのは結界に使う守り砂だけみたい。……だけみたい?……うそっ、嘘! 無い!」


 話しながら気付き、鈴音は自分の服の中を忙しなく手で探った。

 しかし、無い。無いものは無い。


「な、なんやどないしたんですか」

「どうしよう……」


 胸元に後生大事に仕舞っていた宝剣が無くなっている。

 へなへなとへたり込んだ鈴音はがくりと項垂れた。


「なんやよう判らんけど、盗られたんやな。ご愁傷様です」

「ってそれで済むわけないでしょーがぁっ!」


 ガンッ!


「何やねん!」

「いったあぁ~~~! くっそー!」

「いきなり岩を素手で殴る人初めてみたわ。あんたオモロイな~」


 憎っくきツララ格子を睨みつける鈴音はそれどころでは無い。

虎礼フーリィはケラケラと笑いながら楽しそうにしているが、事は重要かつ状況は切迫しているのだ。


 夏雲シアユンから譲り受けた宝剣が、自分達を襲った盗賊に盗まれてしまった。と、その前には夏雲の忠告を聞かず単独行動したことでこんな事やあんな事になってしまっているのだ。

 これは本当にとんでもない事だ。

 鈴音の脳裏にはスゥトゥならびに碌影、麗孝リキョウから夏雲、ユェまで累々たる情景と面々が浮かび消えていった。

 取り乱して岩をぶん殴ってしまったのは想定外だったが、きっとそれほどに今の自分は混乱しているのだろう。いやはやそれにしても痛い。ふええええぇぇんっ!

 そのコロコロ変わる面を眺めていた虎礼フーリィは「これいつまで続くんやろう」と思っていたが後が怖いので黙っていた。


「というわけで私は諦めません。先鋒が駄目だったのなら次鋒よ。虎礼フーリィ、前へ!」

「へっ?」


 いきなりお鉢が回って来た虎礼フーリィは、呆けて誤魔化そうとしている。


虎礼フーリィなら、この岩を壊せる筈! はいどうぞ!」

「その無責任な自信はどっからくるんです?」

 

 悲観的状況の中でも鈴音は諦めなかった。あーだこーだと提案を続ける鈴音を虎礼フーリィは面白そうに眺める。

 すると、ふいに彼の大きな丸い瞳孔がスッと小さくなった。指を口元に持って来て、鈴音に合図をする。

 

「……」


 暫く経つと、何やら音が聞こえた。

 ツララ格子から覗いてみるに、この牢獄は横一列の二番目。突き当りには上階へと続く階段の様な段差が見えた。

 光と共に漏れ聞こえるのは人の声だ。くわえて金属の擦れるような物騒な音が、鈴音達のいる洞穴にどんどんと近づいて来ている。


「こ、小人?」

小鬼児こきじか。あ~面倒やな。知能は低いけど、しつこい質やねん」


 ついに現れたのは、鈴音の腰丈ほどの小人だった。小鬼児は今見えるだけで五人。でこぼこした顔と魔女みたいに長い鼻をしている。くぼみに埋没している瞳には光が無く真っ黒で、瞬間的に鈴音の背筋は凍えた。

 皆ボロボロに薄汚れた服の上に、統一性の無い小手や肩当てをくっつけた様な恰好をしている。そしてそのどれもが酷く臭う。 

 恐らく自分を見て笑ったのだろう。半開きの口からは赤錆みたいなギザギザの歯が見えた。


「オキタ! ウリモノ! ヒトゾク、オンナ!」

「ギャハハハハ!」


 外見に反して何と高い声なのだろう。ギャップに驚いていると、鼻先に何かを突き付けられる。


「オマエ! コレ、オシエロ!」

「……私の宝剣!」

 

 なんと小鬼児が差し出したのは鈴音の宝剣だった。やはり気を失っている間に抜き取られていたのだ。

 鈴音は唇を噛む。

 しかしその鈴音の目は、それに気づいた瞬間からゆっくりと見開かれていった。

 肉体とは時に不思議なものだ。己の内が信号を伝えていた。何かが、鈴音のすべての動きを止めていた。


 ソレが、叫んでいた。

 

「オマエ、シッテル! オマエ、ドウニカ、シロ!」

「うわっ、えげつな……」


 虎礼フーリィが顔を顰めるのも無理はない。宝剣を握り締めている小鬼児の手がただれ、どろどろになった皮膚がボタボタと地面に落ちていたのだ。

 それは絶句している鈴音達の前で、止まる事無く続いている。

 宝剣からの拒否は凄まじく、熱は血肉を焼き、そのツンとした刺激は鼻腔を通り、鈴音の中へと侵入し始めた。

 思わず鈴音は鼻と口元を手で覆った。独特の不快な臭いが鼻をつき、吐き気を促している。

 しかし鈴音の意に反してその手を掴まれ、無理矢理宝剣の上に乗せられてしまう。


「きゃっ!」


 予想だにしない現象が鈴音の目の前で起こっていた。

 宝剣を乗せている小鬼児の手は未だ熱に焼かれている。しかし鈴音の手にはひんやりと、その佇まいは隔離された静けさをもたらした。

 一瞬熱いと感じたのは、目の当たりにした惨状による鈴音の思い込みに過ぎなかったのだ。


 ――冷たい。でも、あったかい……――。


『宝剣は持ち主を守護してくれる』


 傷つけはしない。

 夏雲シアユンの声が聞こえた気がした。


「オマエ、ナニモオコラナイ?」

「レイグ! タカイ、レイグ!」


 感傷に浸る間もなく、再び宝剣を奪われてしまう。小鬼児には痛みや恐れは無いとでも言うのだろうか。もう骨まで見える程に皮膚は損傷している。もはや宝剣を握るというよりも、乗せているだけに等しい。


「返してっ!」


 鈴音は弾かれた様に叫び、鉄格子の中から手を伸ばした。


「オレノモノ!」 

「レイグダ! レイグ!」

「ギャーハッハッハ!」


 小鬼児の手からは滑り落ちたものの、鈴音が拾う前にそれは阻まれてしまう。蹴飛ばされた宝剣はクルクルクルと小さな円を何度も描きながら、岩壁にぶつかってようやく停止した。


「あーあ。せっかくの宝剣が、ぞんざいに扱って傷でもついたら売値下がるんちゃう?」


 虎礼フーリィはひたすらに呑気だが、鈴音はまともに顔色を変えた。

 

「売るって、宝剣を? 嘘でしょ、返して!」

「まぁ、さっきからこいつらそれっぽい事言うてるし」


 鈴音はツララ格子から必死に手を伸ばすも、当たり前だが届かない。


「オマエラモ、ウリモノ! ヒトゾク、ウリモノ!」 

「ワレラ、モウカル!」

「モウカル! モウカル!」


 小鬼児はずっと楽し気に笑っている。鈴音は牢屋の中で、ただただ自分の無力さを噛み締めるしかなかった。

 しかし異議を唱える者もいたのだ。今まで眺めていただけだった虎礼フーリィである。


「ハア? 『お前ら』って、もしかしてその中に俺も入ってるんとちゃうやろな」

「ソウダ!」

「俺、ただの獣人やで」

「アンシン、シロ。ケモノノオマエ、ケガワ、ハグッ! ウレルゾ!」


 確かな間の後、真っ青になった虎礼フーリィは鈴音と同じくツララ格子に飛びついたのだった。

  

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