第22話 戦闘服を着て
「沐浴後はこちらのお召し物をと、
風呂から上がると、侍女たちは素早く鈴音の身体を拭い、新たな衣を着せてくれた。
「わぁ、綺麗!」
鎖骨の見えるデザインの膝丈装束と動きやすそうなズボン。最後に羽織った衣は羽の様に軽い。どれも紫系の淡い色合いで揃えてあり、一目で上等と判る。先の丸い革靴には爪先に小さな金飾りが付いていて、とても履き心地が良かった。
これを夏雲が自分の為に揃えてくれたのだ。そう自覚するだけで気恥ずかしく、誰に見られているわけでも無いというのに、鈴音は赤面してしまう。
「とてもよくお似合いです。では参りましょう」
促され建物の外へ出ると、繋ぎ場に案内される。
夏雲は馬の様子を見ていたらしい。まだこちらには気付いていない。
きちんとお礼を言わなければならない。こんなに素敵な装束を準備してくれていたなんて。
あの夏雲がと、今の今まで思っていた。しかし今、少し離れて改めて見た彼の姿に、鈴音は足を止めていた。
宝剣の儀で纏っていた装束を着替えたのだろう。ノースリーブの黒の上に
すると、鈴音の先導をしていた侍女が「まぁ」と吐息を漏らした。よく見ると、周囲の侍女たちも熱っぽい目で夏雲を見つめている気すらしてきてしまう。
でも、自分も同じなのだ。
会わない間にスラリと伸びた身長。容姿は言わずもがな。そして、ただ男前というわけではなく、
しかも女性相手にこんな贈り物を考える位に、そっち方面も成長していた。
あの日、まだ幼かった夏雲向けに講義した甲斐あってなのかなど、もはや微塵も自信が無い。
夏雲の話だと、初めて会ってから十年は経っている。つまり、あの時が十歳だったとしたらもう二十歳だ。彼はその間に様々な事柄を学んだに違いないのだから。
再会からこれまで、色々がありすぎてゆっくり考える時間も無かった。
改めて、大人の夏雲に膝抱っこされたこと、抱き締められたこと、そして口づけをされ、求婚までされたことを走馬灯の様に思い出し、鈴音は今すぐ布団をかぶって隠れたい衝動に駆られていた。
じっと見つめていると、こちらに気付いた夏雲が近付いて来た。
「風呂から上がったのか。よく似合っている。俺の見立て通りだ」
「し、夏雲も着替えたんだね。あ、もしかして頬っぺたも治療したの?」
自然と声が上擦ってしまう。違う。そういうことではない。
まずはちゃんとお礼を言おうと思っていたのに。
「ああ、朱家の敷地に入る前に都の中を通るんだ。体面上、民衆の前に立つならきちんと治せと言われた。それに、花嫁もいる。軽くお披露目になるのだからと
「ううん! 違うの。その、こんなに素敵な服を有難う夏雲。会ってすぐ言いたかったのに……」
「なんだ、そんなことだったか。気にしなくていい」
夏雲はほっとした表情を浮かべる。そのまま前髪を梳かれ、鈴音は肩を揺らした。
瞬間、何かがこめかみを掠って揺れた。この細く軽やかな音は一体何なのだろう。
夏雲の触った箇所に手を添えると、何かが付けられているのが判った。
「その髪飾りも、鈴音のものだ」
「もしかしてこれ、鈴が付いているの? すごく綺麗な音がする」
「ああ。鈴音のことを考えていたら思い付いたんだ。名にちなんだ品を贈りたかった」
「……有難う」
そっと取られた手からは、まるで夏雲の気持ちが伝わってくる様だった。
温かくて大きな手だ。自分と違い指が長くて骨ばってもいる。大人の夏雲との触れ合いは、最初は戸惑ったけれど今では嬉しい。
きっと昔の自分は気付いていなかっただけで、彼の事を好いていたのだ。自覚して恥ずかしさもある。でもそれ以上に気持ちが溢れている。
気後れも遠慮も要らない。だって夏雲なのだから。
夏雲から『男』の部分を感じる度に、胸の奥をこそばゆく撫でる違和感はきっと、これから経験するだろう未知に対する恐れだ。
でもそれも、彼が望むのなら受け入れられる。彼となら安らげる時間となるだろうから。
鈴音は微笑み、夏雲の手を握り返した。
「どうしたの~?
「触りたかったんだ。いけないか?」
「ううん、いいよ。こんなに甘えただったんだなって。昔の夏雲からは想像もつかないね」
鈴音が軽口をたたくと、へそを曲げると思った夏雲は意外にも胸を張って鼻を鳴らした。
「嬉しいからな。やっと朱家へ連れ帰れるんだ。鈴音の他には何も要らぬ。それよりも、聞き捨てならないな――」
「えっ」
熱烈な告白を頭の中で反芻していると、手を引かれた。
そのまま引き寄せられ、鈴音はあっという間に夏雲の胸の中に納まっていた。
「俺はもう子供じゃないぞ」
耳元で囁かれ、そのまま顔が近付いてくる。
「ぅおっほん!」
口付けされると思った瞬間、中々に大きな咳払いが耳に飛び込んで来た。
腕の隙間から見ると、部下を引き連れた
鈴音は慌てて離れた。
邪魔者に向け顎をしゃくった夏雲は不満を露わだ。
「なんだ」
「なんだじゃないですよ。すぐこちらに全員集まると伝えておいたでしょう。都までもうすぐなんですから、戯れ合うのは我慢して下さい。ねぇ、鈴音様!」
話している最中に夏雲の眼つきがヤバくなったのを目ざとく察知し、麗孝は鈴音に話を振った。
「え! ええ、そ、そそうですね! 往来の面前ではちょっと!」
鈴音はコクコクと高速で頷いた。
そういえば、すぐ側には侍女たちもいたのだ。口付けをもし見られていたら顔から火が出そうである。
「まぁいい。恥じらう鈴音も見られたことだしな」
さっきまでの形相はどこへやら、鬼から仏へと表情を和らげた夏雲に見つめられ、さらに鈴音は居たたまれなくなった。
――ううう、
すると天に願いが通じたのか、すぐに名の人物がやって来た。ただ一つ違ったのは、虎礼と玥、二人共に見慣れない恰好をしている事だった。
華麗なる変身を遂げた人物は鈴音の前まで来ると、一人はガン切れ顔でそっぽを向き、もう一人はいつもの表情で会釈をした。
鈴音は言葉を失う。
なんと
「ほぅ。なかなか似合ってるじゃないか」
二人を見た
「はぁっ!? なんなんこれは!」
「言ったろう。俺達に付いてくるのか? 鈴音に仕えての鳥人族での暮らしは決して楽ではないと。覚悟も問ったが?」
「ぐぬぬ……」
虎礼の顔には「なんでやねん!」と書かれている。しかし今後自分の直属の上司となる麗孝が側に居るので口汚くはなれないのだろう。せいぜい威嚇するくらいだ。
直接虎礼と対峙し、ある程度の事を許している夏雲とは違う。恐らく麗孝は主に対する不敬を許さないだろう。
だから頬の怪我の事を夏雲は言わなかったのだと鈴音は思っている。
「本気だぞ。なぁ
「えええ、私ですか? ちょっと聞き捨てならないですが、そうですね~。二人共元々の容姿は整っていますしガタイが良いわけでもないので、潜入するには十二分の出来じゃないですか」
「ふんぬー!」
「どーせ俺は細っこいわぃっ!」と、ドスドスと虎礼はガニ股で歩いて行ってしまう。
でも確かに夏雲の言う通り、先入観を取り払って見ればちゃんと女性に見えるし、二人共に美少女だ。
――こんなことを言ったら、虎礼はまた怒っちゃうかな?
すると、
女官姿となった玥は山吹色の装束と、兎耳には小さな金の飾りを付けている。
「玥、すっごく似合うね」
「そうなのか。自分ではわからない」
明るい色を身に纏うと、獣神子の持つ無機質さが薄らぐ気がしたのだ。唇に紅をさしていたり、化粧の効果もある。とても素敵だと鈴音は思った。
玥に比べると虎礼はやんちゃなお姉さんに見えるけど、これは本人には言わないでおこう。
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