第20話 望んだ未来
「
自分は
今しがたまで見たそれとは少し違うが、地形や建物から
程なくしてそれが誰なのかが判明する。
現れた少女に
説明もつかない不可思議な事が自分の身に起こっている。
取り乱すもどうにも出来ず、鈴音はただただ過去の虎礼と共に在った。
彼の記憶を追体験し、そして今、自分は返って来たのだった。
「姐さん、どないしたん。血相変えて」
「明鈴さんが、見せてくれたの」
虎礼の瞳が見開かれる。彼の側に立ち竦んでいた夏雲は、鈴音から小さな土山へと視線を移した。
過去視をした鈴音には、それが明鈴の墓であることがすぐに判った。
「スゥトゥの神子さんはすごいんやな。そぉか。なら知ってるんや。そうやねん。俺が荷物を届けたかった相手はここに眠ってる。ちょうど今、鳥人族の皇子さんにも話し終わったとこ」
夏雲は未だ口を閉ざしていた。虎礼からこの村にあった事を、自らにも関わる過去を知り何を思うのだろう。そして虎礼の今の言葉から導き出される答えは明白だ。虎礼は気付いたのだ。夏雲が誰なのかを。
過去の虎礼と共に追体験をした鈴音は激しく動揺していた。
彼の慟哭。その怒りの矛先が夏雲に向くのではないかと。
「心配せんで。姐さんに出会ったんも、二人が凋の村を訪れたのも偶然やん。ここへは、明鈴に約束の物を持って来ただけや」
「しかし、お前は話しただろう。そこに他意が無いとでも言うのか。俺がお前の立場だったしたら――」
夏雲の言葉が遮られる。
虎礼が夏雲に掴みかかり、場は一気に緊張した。
「立場やったら何やねん! 姐さん人質にでも取って、お前を殺すんか!」
「……そうだな。事件の元凶とも言って違わない相手だろう俺達鳥人族は。
鈴音は動けなかった。怒りとも哀しみともつかない重苦しい空気がそうさせたのだ。
夏雲を睨み上げる
「はっ、信じるんや? 貴族様が俺なんかの言葉を。ただの狂言かもしれへんで」
「お前は鈴音の命を守った。人の死を利用する者には思えん」
夏雲の声は落ち着いていた。
されるがままを受け入れている、鈴音にはそう思えた。
「当時の俺が知らされたのは、あの事件は凋の者の仕業という事だけだった。俺はただその事実を受け入れていただけの無能だ。そこに至るまでを、起こる未来の可能性を考えもしなかった」
「……」
何処か遠くを見るような目をした夏雲は淡々としていた。しかしその真の言葉に嘘偽りはない。虎礼を見据えた夏雲の瞳は静かな輝きを湛えている。
虎礼の手から力が抜けた。項垂れる彼の表情は見えなかったが、その背に言いようの無い感情を覚え、鈴音は歯を食いしばった。
「なんだ、もう仕舞いか。俺ならば理不尽を理解はしても、認めたくはない。目の前にそいつが現れたのなら拳の一発もくれてやらねば気が済まないがな。……さっき言い損じた事だ」
「……もう煽らんとってくれ」
虎礼は立ち上がり、明鈴の墓の前に屈んだ。
暫くごそごそと服の中をあさっていたが、ぺたぺたと胸に手を当てる段になると飛び上がった。
血相を変えて辺りを探し回っている様子からは、さっきまであった険が感じられない気がする。
もしかしたら虎礼自身、気持ちの切り替えをしたかったのかもしれない。
すると、目を丸くしていた鈴音達を置いて前へと進み出たのは
「お前が探している、これか? そこに落ちていた」
「これやこれ! 明鈴への届け物の薬! ありがとうさん!」
玥から小さな革袋を受け取る虎礼は何とも安らいだ表情をしている。
続けて玥は革袋を指さした。
「中身を検めたが、それは薬ではない。作物の種だ」
「……へっ」
たっぷり二呼吸分は置いて、虎礼は声を漏らした。
「わたしはスゥトゥの獣神子。神殿にある書物で読んだ。間違いない」
「そんな……だってこれ、数年ずっと探してやっと見つけて……ただの、種やったん?」
虎礼にとって少女の願いは、拠り所、生きる力の源と言えるようなものだったに違いない。
そのまま墓の前でへたり込んでしまった虎礼に、鈴音は言葉が無かった。自分はなんと幼いのだろうか。このような時、掛ける言葉も見つからない。
けれども戸惑いに逡巡するだけは嫌だった。虎礼と過ごしたのはたった数日だ。しかし僅かであったとしても確かに断言出来る。
彼はすでに鈴音の中で、とても大きな存在だ。大切な仲間だ。
「
鈴音は彼の隣に屈んだ。彼の気持ち、十年に至る彼の生きざまを推し量るなど出来よう筈も無い。しかし漠然と地面を見つめ続けている虎礼に、せめて寄り添いたかった。
すると続いて
「黒麦の種は痩せた土地でも根付く稀少な古代種だ。
鈴音は言葉を失った。玥はいつもと変わらぬ表情で鈴音を見ている。
真意に気付いた鈴音はついに涙を流した。
薬では無かった。けれど嘆くなと天に言われた気がした。
明鈴が願ったのは
虎礼は黒虎となりて野山を駆け巡り、鼻をきかせ、夜をも見通す眼できっと探し出すだろう。明鈴は、他ならぬ彼に託したのだと思った。
そして虎礼は十年余りの歳月をかけて、それを叶えてみせた。
手にした希望の種は枯れた地に芽吹く。きっとそうに違いない。
「古代種て……こんな干からびた土地にいくらなんでも――」
「
虎礼が顔を上げた。
「おんなじ様なこと言うんやな」
金色の瞳が郷愁に滲む。そう零した虎礼の手を鈴音は強く握った。
「一緒にやろう、
虎礼の目に涙が盛り上がる。
短く嗚咽を漏らす彼は今何を想うのだろう。
その者の何を視たとしても、胸中までは知りようも無い。鈴音には想像しか出来ない。
ただ思う。これはきっと願いなのだと。一つ束ねた約束は託された。
だから、それをちゃんと受け取って繋いでいきたい。
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