第26話
退院当日、私は、早く帰りたくて、朝起きてすぐ私服に着替えた。ハルが車で迎えに来てくれる事になっている。
朝食を終えハルを待っていると、精神科の先生が病室に顔を出してくれた。
「仲原さん、退院おめでとう」
「ありがとうございます」
「通院日は、来週の月曜ね」
「はい。それまでの薬はさっき、貰いました」
「入院中は、発作とか無くて良かった」
「はい」
私は頷くと、続けて
「先生。私、彼との子どもが欲しいと思ってます」
「そう。それなら薬の事少し考えないとね」
「その前に結婚ですけど」
私が笑うと、先生も、
「そうね」
と笑った。
「それじゃあ、月曜に待ってます」
先生が言うと、私は、
「よろしくお願いします」
と言った。
しばらくすると、ハルが病室に現れた。
「ゆりおはよう、さあ帰ろう」
「おはよう、待ってたよ」
私は言い、着替えを入れたバッグを持つと、ハルがそのバッグを持ってくれた。
「ありがとう」
私が言うと、
「どういたしまして」
とハルは言い、病室をあとにした。
ナースステーションに寄って、看護師さん達に挨拶してから、病院を出た。
ハルは、私を助手席に乗せると、車を発車させて、私の部屋に向かった。
「ゆり、今夜は二人で、退院祝いしよう?」
ハルは、運転しながら、言った。
「うん、いいよ」
私が頷くと、
「ゆり事故に遭った日に行こうとしてた店、予約してるから」
「何のお店?」
「イタリアン」
「楽しみ」
「美味しいとこだから、期待してて」
「うん」
私の部屋に着くと、ハルは車を置きに一度家に戻った。
久しぶりの自分の部屋は、冷えきっていた。私は、ストーブをつけ、病院から持ってきたバッグを開け、衣類の洗濯を始めた。
そして、もうすぐお昼だったので、温かいうどんを作り始めた。
少ししてハルが戻ってくると、珍しくハルはスーツに着替えていた。一緒にお昼を食べながら私が、
「イタリアンのお店、何時に予約?」
とハルに聞くと、
「6時。5時半過ぎたらタクシーで行こう」
と言った。
「ハルがスーツなら、私も少しおしゃれしないとね」
食事を片付けると、私はクローゼットを開け、今夜着ていく服を選んでいた。何着か選ぶと、
「どれがいい?」
ハルに、選んでもらう事にした。
「その、ワインカラーのワンピースがいい」
ハルは、1着を指差して選んで言った。
「はい、決まり」
私が言うと、洗濯機の終了音がなったので、洗濯物を干した。ハルも一緒に干してくれたので、あっという間に終わった。
私が病院から持ってきたバッグに残っていた、洗面道具や雑貨を片付け、ワインカラーのワンピースに着替えて、メイクを終えると5時過ぎになっていた。
「ゆり、今日は一段と可愛いな」
ハルが、ボソッと言った。
「ハルのスーツ姿初めて見たけど、カッコいいよ」
と、私が言うと、久しぶりにハルの両耳が赤くなるのを見た。
「そろそろ出ようか、タクシー呼ぶね」
ハルがスマホを出して、タクシーを呼んだ。
タクシーに乗り込み、15分くらいでイタリアンのお店に着きハルがドアを開けると、
「いらっしゃいませ」
とお店の人が来た。
「予約してた、近藤です」
ハルが言うと、予約席に案内された。
二人で席に着くと、シャンパンが運ばれて来た。
「乾杯しよう」
ハルが言うと、私は頷き、
「退院おめでとう」
とハルが言って、グラスを合わせた。
「ありがとう」
二人でシャンパンを一口飲んだ。
「コース、もう頼んであるから」
とハルが言った。
料理が運ばれて来て、食べたが、どれも美味しかった。ハルに、
「美味しいね」
と言うと、ニコっと頷くだけだった。
最後のドルチェとコーヒーが運ばれて来た時、ハルの両耳が赤くなってきたので、どうしたんだろう?と思っていた。ハルが、
「ゆり」
と言ったので、
「何?」
と答えると、ポケットから、小さな箱を取り出した。すると、
「俺と結婚してください」
と、言って、小さな箱の蓋を開け、指輪を見せた。
私が驚いていると、ハルは、
「左手出して?」
と言った。
私が言われた通り、左手を出すと、ハルは薬指に指輪をはめた。そして、その手を握ると、
「わあ、ぴったりだ、良かった」
と言って、もう一度、
「俺と結婚してくれる?」
と聞いた。
「はい」
と私は、答えた。
「良かった」
ハルは、手を握ったまま言った。
「ハル、ありがとう、私嬉しい」
「俺も嬉しい」
ハルは言うと、続けて、
「うちの親父には、今日プロポーズする事言った。結婚も許してもらった。どうだろう、今度の土曜にでも、ゆりのご両親の都合がよかったら、札幌にご挨拶に行かない?」
と言った。今日は、木曜日だった。
「私の部屋に帰ったら電話で、聞いてみよう」
食事が終わり、タクシーで私の部屋に帰ると、早速私の実家に電話した。すると、父が出た。
「もしもし、ゆりです。今日退院しました」
私が言うと、
「おう、そうか、良かった。一安心だ」
父が言った。
「お父さん、今度の土曜日にハルと会って欲しいんだけど、予定ありますか?」
私が言うと、少し間があって、
「そうか。うちは何時でも大丈夫だぞ」
と言ってくれた。
「それじゃあ、お昼に家に着くように行きます」
私が言うと、
「わかった。一緒に昼を食べよう」
と父が言った。
「よろしくお願いします。お母さんにも、よろしく言っておいてください」
「わかった」
「おやすみなさい」
私が電話を切ると、ハルが、
「お父さん、何て?」
と聞いたので、
「うん、お昼一緒に食べようって」
と答えた。
「うわあ、緊張するな」
とハルが言った。
「大丈夫じゃない?もう会った事あるし」
私が言うと、ハルが、
「病院とは、違うよ。結婚の許しをもらいに行くんだよ?」
「ハルさっき、指輪出す前、耳真っ赤だった」
私が言うと、ハルは、
「だからちょっと笑ってたのか」
と両耳を押さえていた。
「ハル、今日は帰るよね?」
「うん、その方がいいよね。親父に報告する」
「ハルのご両親にも、きちんと挨拶行かないとね」
「ゆりのご両親の了解を得てからね」
ハルは、そう言うと、私にキスをした。
「ハル?」
「何?」
「幸せになろうね」
私が言うと、
「もちろん、幸せになるよ」
と言った。
ハルが帰ると、私は着替えて、メイクを落とし、歯を磨いて、薬を飲み、ベッドに潜った。
今日は、すぐに眠れそうな気がした。
明日は職場に行って、退院した報告と、これからのシフトを確認に行く予定だった。うとうとしながら、左手の薬指の指輪を触って眠りについた。
6時のアラームで目覚めると、ハルからLINEに、
"親父に報告した。喜んでくれたよ"
と、私が寝付いたくらいの時間にメッセージが来ていた。私は、
"おはよう!良かった"
とメッセージを送った。
朝の準備を始めて、職場に向かった。
事務所で主任に、昨日退院した事を伝えて、
「ご迷惑をおかけしました」
と、用意していたお菓子の詰め合わせを渡した。
「仲原さんが、悪い訳じゃないんだから、大丈夫ですよ」
と主任は言ってくれた。
そして、シフトは、今まで通りでいいという事になった。
「ありがとうございます」
私が、お辞儀をすると、
「それじゃあ、来週の火曜日から、またよろしくお願いします」
と主任が言った。
すると、佐藤さんが事務所に入ってきて、私に気付くと
「仲原さん!退院おめでとうございます」
と言ってくれた。私は、
「ありがとうございます、またよろしくお願いします」
と言った。すると、佐藤さんが、
「仲原さん、結婚するんですか?」
と言った。薬指の指輪を見たんだろう。主任は、え?という顔で、私達を見ていた。
「はい、明日、札幌の両親に会いに行きます」
「そうですか、主任、おめでたいですね」
と佐藤さんが主任に言った。主任は頷き、
「おめでとうございます」
と拍手していた。私は、
「ありがとうございます」
と、お辞儀をした。そして、佐藤さんは、
「また一緒にエルフ行きましょうね」
と言って、仕事に戻っていった。
「仲原さん、良かったですね。事故の時に連絡くれた方ですか?」
「はい、そうです」
「お幸せに」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」
と言って、職場をあとにした。
そのまま家に帰り、久しぶりに歩いたせいか、疲れて寝てしまっていた。
目が覚めると、5時だった。ぐっすり寝てしまった。
何度か、ハルから電話が来ていたが、全く気付かなかった。私が電話に出ないので、諦めたのか、LINEにメッセージを残していた。
"明日の9時のJRで、札幌向かおう"
"連絡ちょうだい"
と来ていて、私は、
"6時過ぎたら電話するね"
とLINEのメッセージを送った。
お店が閉まる6時を過ぎたら、ハルに電話しようと思いながら、洗濯物を片付けていた。
すると6時10分くらいに、ハルから電話が来た。
「ハル、ごめんね、何回も電話もらってたのに、寝てた」
「良かった、ちょっと具合悪いのかと思ってた」
「うん、大丈夫。職場も行ってきたから、ちょっと疲れてたかも」
「これからゆりんち、泊まりに行ってもいい?明日一緒に札幌向かおう」
「うん。わかった」
「7時くらいには、着くと思う」
「うん。夕食用意するね」
私が言うと、ハルが
「ありがとう、じゃあね」
「はい」
電話を切ると、夕食の準備を始めた。
ハルと夕食を食べ終わり、明日の準備を始めた。
「多分泊まるよね、着替え持ってきた」
ハルは、スーツとリュックと、お菓子の紙袋を持ってきていた。
「うん、実家に泊まらせてくれると思うけど、ハル無理だったら、どこかホテル泊まろう」
私が言うと、ハルは、
「うん大丈夫、ありがとう」
と言った。
私も、バッグに着替え等を詰め終えると、ハルとお風呂に入り、アラームを7時にセットして、ベッドに潜った。
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