第21話
次の日、18時に仕事が終わると、ハルが車で迎えに来てくれて、そのままレンタルショップに向かった。
「今日は何観る?」
ハルは言うと、
「ボーンアイデンティティーって、アクション映画」
と私が答えた。
レンタルを終えると、
「映画って、面白いんだね。全然興味なかったからかな?」
ハルが車に乗り込みながら言うと、
「私、凄い好きな映画があって、ドイツ映画なんだけど、その人がボーンアイデンティティーに出てて、運命感じちゃった」
私は助手席に座ると、ハルが、
「それも観ようよ」
と言ったので、
「家にDVDあるから、いつでも観れるよ」
と答えた。
私の部屋に着くと、ハルが車を家に置きに帰っている間に、私は、夕食の野菜をたくさん乗せたそうめんを作っていた。
ハルが私の部屋に戻り、夕食を済ませ片付けると、二人でDVDを観始めた。
ハルは気に入ったらしく、一言もセリフを聞き逃さない感じで前のめりに観ていた。
その様子を見て、ハルは、素直でいい人だなと、改めて思っていた。観終わると、
「これも、続編ある?」
と聞いたので、私が頷くと、ハルは、
「今度、観よう!楽しみ」
と言った。
「ゆりの言ってたドイツ映画は?」
ハルが言ったので、CDやDVDを置いてある棚から、探して、
「コレ。ラン・ローラ・ラン」
と言って渡すと、そのままノートパソコンにセットして観始めようとした。
私は少し呆れ気味に、
「ハル、家に帰らなくていいの?」
と聞くと、
「今何時?」
と聞かれたので、
「9時半過ぎ」
と答えると、
「そっか、帰るか」
と言ってまだ、タイトルだけ出ていたDVDを止めた。
「うん、今は、あんまりしょっちゅう、泊まらない方がいいと思う」
私は言うと、
「わかった」
と少し肩を落として帰っていった。
ハルを玄関で見送ると、シャワーを浴び、薬を飲んで、眠りについた。
最近は、ハルと一緒にいる事が多かったので、一人で寝ているのに、いつものように、ベッドの壁側に寄って眠っていた。その方が安心して眠れるような気がした。
夢も見る事もなく眠れていた。
次の日の朝、職場へ向かうと、新しい社員の男性が来ていた。事務所で主任に紹介されて、挨拶をした。
「佐竹くんです」
主任が言うと、その佐竹さんは、
「よろしくお願いします」
と言いおじぎをした。
「仲原です」
私もおじぎをすると、主任が、
「仲原さんと同じ歳じゃないかな?」
と言い、
「27歳ですか?」
と佐竹さんに聞かれた。
「はい」
と答えると、続けて、
「出身は、旭川ですか?」
と聞かれたので、
「いえ、札幌です」
と答えた。佐竹さんは、
「え、僕も札幌です。実家は、宮の森です」
と言った。
「私は、福住の方です」
と、地名を言いあった。佐竹さんは、
「そうですか。前の職場は、江別でした」
と言い、私は、
「宮の森から、通ってたんですか?」
と聞いた。
「いえ、新札幌で一人暮らししてました」
と佐竹さんが言った。すると主任が、
「バイトさん、急に二人辞める事になって来てもらいました」
と言った。
「そうなんですか?」
私が驚いて聞くと、主任は、困った顔で、
「仲原さんは、辞めないでくださいね」
と言った。
「私は、辞めないです」
と言うと主任は、
「良かった。じゃあ今日もよろしくお願いします」
と言っておじぎをした。
今日の私は、パンフレットやグッズ売場と、入場時のチケットを切る係だった。
各スクリーンへの入場時間は、アナウンスもしなければならないので、慌ただしい。
昼の休憩時間になったので、事務所に戻ると、佐竹さんも休憩のようだった。
「仲原さん、お弁当ですか?」
そう聞かれて私は、
「いえ、持ってきてないです」
と答えた。
「じゃあ、一緒に食べに行きませんか?」
と言われ、特に断る理由もなかったので、頷くと、
「行きましょう」
と言って、映画館を出て、エスカレーターでフードコートに向かった。
私達は、それぞれうどんを頼み、空いている席に向かい合わせで座った。
「仲原さんは、ここ、いつからですか?」
佐竹さんに聞かれた。
「6月からです」
「そうですか、旭川来たのも6月?」
「いえ、3月です」
「なんで、札幌出身なのに、札幌で働かないんですか?」
そう言うと、うどんを食べ始めた。
「まあ、いろいろあって…」
私も、いただきますをして、食べ始めた。
「聞いちゃダメな事でしたか?」
「そうですね、初対面の人にはなかなか言えないですね」
私が牽制すると、
「同じ職場で、同じ歳で実家が同じだったら、共通点もあっていいじゃないですか」
と佐竹さんは言った。
「はあ」
私は、ちょっと佐竹さんと一緒に食事するのは、失敗したなと、思っていた。
旭川に来て、今まで、いい人にしか出会っていない。主任にしろ、マスターにしろ、ハルだって、みんな優しく接してくれる。いつも、居心地が良かった。佐竹さんがどうゆう人か、まだわからない。そう考えていた時、佐竹さんが、私の目を見て、
「仲原さん、きっと僕の事好きになりますよ」
とはっきり言った。
「え?」
その言葉の真意が、わからなかった。
「そうゆう瞳をしてる」
そう続けていたが、私は、きょとんとしていたと思う。何も言えずにいると、
「僕が、ここに来たのも運命ですよ」
と言っていた。
「私、彼氏います」
私は、そう言ったが、佐竹さんは怯まず、
「関係ないでしょ、彼氏の事より好きになりますよ」
と言った。私は、呆れ気味に、
「自信あるんですね」
と、言った。
確かに佐竹さんは、イケメンだった。今の佐竹さんの言葉は、普通の女の子には、通用するのかも知れないけれど、私には、何も響かなかった。この短い間に、この程度の会話と言葉で、女の子の事を、たくさん泣かせてそう、とまで思ってしまった。
「私は、彼氏一筋なので」
そう言うと、うどんを食べ終え水を飲んだ。
「さあ、戻りますよ」
私が佐竹さんに言うと、まだ、
「絶対彼氏より好きになりますよ」
と言っていた。
食器を片付け、映画館のフロアに戻ると、佐竹さんが懲りずに、
「今夜も一緒に食事しませんか?」
と言ってきたので、私は、
「彼氏と予定があります」
と言い捨てた。それでも懲りず、
「明日は?」
と聞いてきたので、
「彼氏と会います」
と言ったら、まだ、
「空いてる日デートしましょう!」
とまで言ってきた。私は、少しこわくなった。
仕事に戻ったが、佐竹さんの事でかなりモヤモヤしてしまって、頭が爆発しそうだった。普通にこわかった。
18時に仕事が終わり、帰る時にまだ佐竹さんは仕事をしていたので、ホッとした。一緒に帰ると言われそうだったから。
すぐハルに、
"今仕事終わった"
とLINEを送った。続けて、
"新しい社員の人がこわい"
と送った。
しばらくして、返事が来ないので、帰り道を急いだ。
ハルから返事が来たのは、エルフの近くに着いた時だった。
"どうした?大丈夫?今どこ?今から、ゆりの部屋行くね"
"エルフの近く。もうすぐ家に着くよ"
とハルに送り、足早に帰り道を歩いた。
部屋に着くと、ハルが台所で、調理を始めていたので、
「ただいま」
と言いながら、部屋に入っていった。
「おかえり、今、晩飯作ってるから、手洗っておいで」
ハルが言うと、続けて、
「こわい人ってどうした?」
と聞いた。私は、洗面台で手を洗うと、
「うん、今日から来た社員の人」
と言った。
ハルは、パスタを作ってくれた。テーブルについて、食べ始めると、今朝から1日、佐竹さんに言われた事をハルに話した。
「は?何それ」
ハルは言うと、パスタを食べ終えて、お水を飲みながら、
「俺、その人に会うわ」
と怒った口調で言った。
「うん、まず主任に相談しようかな?って思ってた。明日話してみる」
「そっか、その方がいいか」
ハルは頷くと、
「でも、俺も会って話す」
と言った。
その夜は、ハルは泊まっていたが、私は、少し不安で寝付く事が出来なかった。
あんな人に会ったのは、今までで初めてかもしれない。自信満々の顔だった。ハルも突然話しかけて来たけれど、こんな不快感やこわさは、なかった。ハルは横で、スースー眠っていた。
よく眠れず朝、6時に起きると、朝食の準備をしていた。
ハルと一緒に部屋を出て、少し早めに職場へ向かうと主任に、
「相談があるんですが、少しお時間いいですか?」
と聞いた。主任は、
「はい」
と言って、事務所の個室になっているところに案内された。
「佐竹さんなんですけど…」
私が言うと、
「何か、言われましたか?」
と、私が話す前に言われた。そして、
「はい」
と昨日佐竹さんに言われた事を主任に伝えた。主任は、
「そうですか。噂はあったんですが、彼の悪い癖ですね」
「え?」
「前の職場でもあったみたいです。少し気に入ったら既婚者にも、言ってたみたいですね」
「そうですか」
「私から、上手く言いますので、仲原さんは、普通にしていてください」
と言われた。
「わかりました。私のお付き合いしている人が、佐竹さんと話したいと言ってるんですが、どうしたらいいと思いますか?」
私が言うと、
「そうですか。私が言ってもダメだったら、また考えますか」
と主任が言った。私は、頷くと仕事を始めた。今日は、スクリーンの清掃とゴミ集めをメインに仕事をしていた。
シフトを見ると、佐竹さんは、14時からだった。
昼食の休憩時間、一人でお昼を食べながらハルに、LINEで主任と話した事を伝えた。
"ゆり、大丈夫?"
ハルからメッセージが来た。
"うん、大丈夫。今日は、あまり同じ時間働かないから"
私が送ると、
"今日、迎えに行くね"
と、返事が来た。
"わかった、ありがとう"
と私が送ると、
"また後で"
と返事が来た。
休憩の後、職場に戻ると、佐竹さんが来ていた。一度目が合ったが、
「お疲れさまです」
と言うだけで、他は何も言われなかった。主任が話してくれたのかな?と思っていた。
18時に仕事が終わり、事務所から出ると、映画館のロビーに、ハルが迎えに来ていた。その時、佐竹さんが、ロビーで掃除をしていた。ハルが、
「あの人?」
と言うと、私は、頷き、
「帰ろ」
と言った。
佐竹さんが私達に気付くと、
「お疲れさまでした」
と言って頭を下げたので、私も、
「お先に失礼します」
と言って頭を下げた。
ハルが、
「なんかモヤモヤするな」
とエスカレーターに乗りながら言った。
「多分、主任がちゃんと言ってくれたと思う」
私が言うと、
「やっぱりゆり、うちで働けば?」
と言ってきた。
「ううん、そんな簡単には辞められないよ」
と言った。
「そうか」
「うん、バイトさん二人急に辞める事になったんだって」
「そうか」
ハルは、黙ってしまった。
モール内の食料品売場で、夕食の買い物をすると、ハルと近道を通って、家路についた。
今日は、二人でハッシュドビーフを作った。夕食を終えると、二人でお風呂に入り、のぼせて、バスタオルのまま炭酸水を飲んでいた。
「あの人、凄くモテそうだったな」
ハルが言った。佐竹さんの事だと思った。
「自信ありそうだよね」
私は、言うと、二人でパジャマに着替えた。そして、
「ハルも最初は、自信満々だったけど、佐竹さんと雰囲気が違った、第一印象が」
「俺?そんな自信無かったけど」
「嫌な感じは、無かったよ、こわいとかね」
私は、言うと、ハルが私の髪をドライヤーで乾かし始め、乾かし終わると、
「ゆりは、特別だった」
と言った。
「特別?」
「うん。あの時、今すぐに好きな気持ち伝えないとゆり、どっか行っちゃいそうな感じがした」
ハルはそう言うと、座った私を後ろから抱きしめた。
「私、どこにも行かないよ」
私が言うと、ハルは、
「わかるんだけど、仕事に送り出してもそのまま、帰って来ないんじゃないかって思う事がある」
と言って、私をくるりと回して自分の方に向かせると、
「どうしたら、この気持ち払拭出来る?」
と私に聞いた。
「ハル、私、ハルの事をとても大切に思ってる、愛してる。だから安心して、どこにも行かないから」
私がそう言うと、ハルは私にキスをした。
「俺も、愛してる」
と、ハルが言い、もう一度キスをした。
明日は、仕事が休みだった。ベッドでハルに抱きしめられながら、珍しく深い眠りについた。
6時のアラームを設定したままにしていたので、その音で目覚めるとハルは、相変わらず起きなかった。
少し眠たかったけれど、顔を洗うためにベッドから出た。
「ゆり?」
ハルは、寝ぼけながら、私を呼んだ。
「何?」
「今何時?」
起き上がりながら、ハルが聞いた。
「6時」
「今日休みだったよね?」
「うん、目覚めちゃったから」
「実は俺も休み」
「ホントに?」
「休み取ったから、もう少し寝よう」
私がベッドに戻ると、ハルは布団をかぶり、私の顔中あちこちにキスをした。
「ハルって、この部屋に他に誰もいないのに、隠れてキスするよね」
私が言うと、
「いいじゃん、キスする時のゆりの顔は、俺だけが見る。誰にも見せない」
私が笑うと、
「ゆり、ずっと一緒にいよう」
と言って私を抱きしめた。
気付くと私は、少し眠っていた。ベッドにハルはいなくて、朝食を作っているようで、部屋には、トーストとコーヒーの薫りがした。
「おはようゆり、今日どっか行きたいとこある?」
私が起きた事に気づいたハルが言った。
「うーん、そろそろ自転車欲しいかな?」
と私が言うと、
「そうだ、言ってたね」
とハルが、コーヒーの入ったマグカップに牛乳を入れながら言った。
「近くで自転車売ってるとこある?」
私が聞くと、
「ホームセンターかリサイクルショップかな?歩いてホームセンター行って、自転車乗って持って帰る?」
と、ハルが言った。
「それいいかも」
私が言うと、
「よし!決まり!じゃあ、準備して行こう」
私達は着替えて、ホームセンターへ行く準備をした。
ハルと二人で歩いて、駅を越えて、ホームセンターに着くと、赤い自転車を選び、整備してもらっている間に、ホームセンター内を見て歩いた。シャンプーの詰め替え等を購入して会計を終えると、整備が終わっていた。
自転車のカゴに、買い物した物を入れ、ハルが自転車を押しながら帰った。
「結構近くで良かった」
私が言うと、ハルが、
「そうだね、いい運動になった」
と言った。
途中、駅前のモール内で豚カツサンドをお昼用に買い、私の部屋に帰った。
お昼を食べ終わり、テーブルを片付けると、この前観なかった、ラン・ローラ・ランのDVDを観た。ノートパソコンを持って来て、観終わると、
「面白かった。俺あんなに走れるかな?」
ハルは言うと、私が、
「わかんない。ハルも気に入ってくれて、良かった」
と言い立ち上がり、ハルに内緒で買っておいた、ミッションインポッシブルのシリーズ6作が入ったDVDBOXを見せた。
「面白い映画?観る観る!」
と言って、ノートパソコンにDVDを入れ、観始めると、
「この曲聴いた事ある」
とハルが言って、私が、
「カッコいいよね」
と言った。
ハルがすっかりトム・クルーズにハマってしまい、2作目を観ようとしたけれど、私が、
「目が疲れるよ、また今度にしよう」
と言ったので、ちょっとガッカリしながら、DVDとノートパソコンを片付けていた。
ハルが冷蔵庫を開け、
「夜どうする?」
と聞いてきたので、私は、
「ハル、家に帰らなくていいの?」
と聞いた。
「明日の朝帰る」
とハルが言うと、続けて、
「何か丼物作ろうか?」
と言ったので、私が炊飯器でご飯を炊いて、ハルが牛丼を作ってくれて夕食にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます