第8話

仕事が終わると、帰り道の途中で、コーヒーが飲みたくなって、表通りに黒板の看板が出ていたカフェに行ってみる事にした。

 名前は、"カフェエルフ"と書いてあった。

→(矢印)にしたがって路地を進むとやっと、店のドアが見えた。

 隠れ家的なお店だなと思った。

 ドアを開けると、ドアに付いたベルがカランコロンと鳴った。

「いらっしゃいませ」

 中は、思ったよりお客さんがいた。

「お一人ですか?よかったら、カウンターどうぞ」

 店のマスターらしいメガネをかけた男性が、カウンターの中で言った。

「カフェオレください」

 と私は、リュックを下ろしながら言った。

エルフなんて、可愛らしい名前だったが、内装は、そんなに装飾していない、カフェだった。

 カウンターの反対側の中央に、大きなテレビ画面が1つあった。今はサッカーの試合が流れている。

「お客さん、初めてですよね?」

 マスターが、話しかけてくれた。

 私は、どんな店内なのか、少しきょろきょろ見回していた。

「ええ」

 振り返ると、

「怪しい店だと、思ってる顔してますよ」

 と、マスターは、ニコニコしながら言った。

「妖精さんが居るんだと思いました」

 私も、笑顔になっていたと思う。

「それも正解だけど、ちょっと違うんだよね」

 マスターは、メガネを触りながら言った。

「へぇ、正解は何ですか?」

 私が言うと、

「ドイツ語で、11って意味があるんです」

「あ、だからサッカー流してるんですか?」

 と、私の後ろにあるテレビ画面を指差した。

「おお?勘がいいですね」

 と少し驚いた顔で、マスターは、言った。

「そういう人には…」

 と言って、カウンターの上にあった、名刺をくれた。

 "カフェエルフ 井川健治"と書いてあり、お店の電話番号と携帯の番号と裏にQRコードが出ていた。

「あ、裏は、僕のメアドです」

 と、言った。

「今、メール送ります」

 と、スマホでQRコードを読み取り、本文に、"仲原ゆりです。よろしくお願いします"と新しいスマホの番号を送った。

「そんなに簡単に教えていいの?お待たせしました」

 とマスターが、カフェオレを出しながら言った。

「この街に引っ越して来て、半年くらいなんですけど、近くに友達も居ないんで」

 と言った。

「そっか。じゃあ常連さんになりそうだね。働いてるのかな?職場は、どこ?」

 と、聞かれた。

「駅のショッピングモールの映画館です」

 と答えた。

「へぇー。じゃあ、すぐそこだ」

 とマスターは、指差した。

「LINEは?」

 と、私は、マスターに聞いた。

 そして、私達は、LINEのIDを交換した。

 カフェオレは、温かくて美味しかった。入ってみて、良かったなと思っていた。

「コーヒー飲むのも久しぶりです」

 私は、マスターに言った。

「好きなんだけど、すぐ胃潰瘍になっちゃって」

「なんか、お年寄りみたいな発言だね、何歳?」

 マスターは、笑顔で聞いた。

「27です、マスターは?」

「35」

「ちなみに、×1です」

「俺も」

 二人は、同時に笑った。

「なになに~!」

 奥の席にいた、若い男性が、一人カウンターに、乗り出してきた。

「マスター、お客さん口説いちゃダメだよ~!」

 と、私の顔を覗いた。

「わっ!タイプ!」

 と言った。その声は、お店中に響いた。

 可愛い顔をしてる。年下だなと思った。

「さっき、連絡先交換してましたよね!俺もいいですか?」

 と言いながら、スマホを出してきた。

「ずーずーしいぞ」

 マスターは言った。

「何でですか?マスターは良くて。俺ダメですか?」

 その彼は、自分の顔を指差し私に言った。

「マスター、名刺をくれたから」

 と、私は、言った。

「じゃあ、俺も!」

 と、自分の居た席に戻り、名刺入れを持ってきた。

「はい!コンドウハルです。よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げながら、私に名刺を差し出した。

 "未来堂書店 副店長 近藤悠"と書いてあった。

「あっ、ちょっと待って、マスター、ボールペン貸して!」

 と言うと、名刺の裏に携帯の番号と、メアドを書いていた。

「LINE交換しましょう!」

 近藤くんが、スマホを振った。

 私は、勢いに負けた感じで、スマホを出した。

「本屋さん?」

 私は、言った。

「そうです、すぐそこです」

 と近藤くんが、指を差した。

「本屋さんあるの、知らなかった」

 私は、言った。

「名前、教えてください」

「仲原ゆりです」

「ゆりさん。キレイな名前ですね」

 いつの間にか、近藤くんは、カウンターの隣に座っていた。

「仕事、何してるんですか?」

 と聞いてきた。私は、

「駅のショッピングモールの映画館で働いてる」

 と言った。

「へぇ、ここから近いですね」

 と近藤くんが、私の顔をまじまじ見ながら言った。

「ゆりさん、一緒にメシ行きません?」

 近藤くんが、突然言った。

「なんだよ、いきなり」

 マスターが、言った。

「だって、きっとまだでしょ?」

 とカウンター越しにある時計を指差した。6時10分だった。

「みんなで?」

 私は、奥の席に座っている人達を指差した。

「いや、俺と二人で」

と近藤くんは、言った。

「なんか、凄いな!必死だな」

 マスターが、呆れて言った。

「ごめんね、今日はダメだわ。お弁当買ってきたの」

 と私は、ショッピングモールで買った紙袋を指差して言った。

「俺、怪しいですか?」

 怪しいと言うか、突然過ぎで、動揺した。

「そんな事ないけど」

「わかりました。じゃあ、明日は?」

「ハルしつこい」

 と、マスターが、言ってくれた。

「近いうちに…」

 私は、曖昧な返事をした。

「じゃあ、LINEしますね!」

 と近藤くんは、可愛い笑顔で言った。

「昔、ここでバイトしてたんですよ、本屋は、実家」

 マスターが、言った。

「そうなんだ」

 私は、頷きながら言った。

 近藤くんのおかげで、カフェオレを飲むひまが無かったので、一気に飲み干した。

「ごちそうさま」

 と私は、マスターに言って、会計を済ませると、

「えー、もう帰っちゃうんですか?」

 まだ隣に座ってる近藤くんが、言った。

「うん、洗濯しなきゃ」

「そうですか…ちなみに彼氏いますか?」

 また、首を傾げて、可愛い顔をして、聞いてきた。

「居ないよ」

 私は、言った。

 近藤くんは、小さくガッツポーズをした。

「マスター、また来ます」

 と言って、手を振って店を出ようとした。

 近藤くんが、

「家まで、送りますよ」

 と言ったが、

「大丈夫」

 と言って、断った。

 そして、近藤くんにも手を振り、店を出た。

 私は、近藤くんより、マスターの方が、気になっていた。背が高くて、ちょっと猫背だった。喉仏に触れたいと思った。

 家に帰りスマホを見ると、早速、マスターと近藤くんからLINEが来ていた。

 私は、買ってきたお弁当を電子レンジで温めながら、メッセージを見ていた。

 マスターのアイコンは、コーヒーカップで、近藤くんは、犬だった。

 "またいつでも、ご来店ください!不定休なので、休む日は、ご連絡します"

 マスターから。

"ゆりさん、絶対近いうちに食事行きますよ!"

 近藤くんから。

 今は、あんまり恋愛の事は、考えてなかった。早く、自立したかった。一人で食事するのも、あまり寂しくなくなっていた。

 なんて返事しようかと思ってた時、また、近藤くんからメッセージが、来た。

 "明日の昼休みは、何時からですか?"

 気が早いなと思った。一緒にお昼ご飯って事だろうなと、思った。でも、夜の食事よりは、良いかなとも考えていた。

 "明日は、2時から"

 と送った。

 "じゃあ、ランチデートしましょう!迎えに行きます!"

 と近藤くんから、返事が来た。

 どうしようか、迷っていたけれど、なんだか、可笑しくなって、OKのスタンプを送信した。

 "楽しみです!"

 と返事が来た。

 "分かりました!じゃあ、明日の2時にまた!"

 了解をした、ウサギのスタンプが送られてきた。近藤くんの喉仏はどうだったかなと思っていた。

 私は、マスターに早く、返信したかった。

でも、なんて送ろう?

 まず、食事を終わらせようと、お弁当を食べ始めた。

 "いい雰囲気のお店ですね!またお伺いします"

 と、マスターに無難な返事をした。

 米津玄師クンを聴きながら眠りについた。

その日は珍しく、夜中目覚める事も夢を見る事も無かった。

 朝、携帯音楽プレイヤーで、ONE OK ROCKを聴きながら職場に向かった。

 未来堂書店は、通勤途中にあった。

 すでに、近藤くんから、

"おはようございます!ランチ楽しみです"

とメッセージが、来ていた。マメな子だなと思っていた。

 お昼1時半過ぎに、近藤くんは、映画館に現れた。思ったより、身長が高かったけど、猫背じゃなかった。

 私は、接客中だったので、知らないふりをしていたが、こちらに小さく手を振っていた。

 2時になり、私は、休憩に入った。近藤くんは、待ってました!という表情で、私に近づいてきた。

「ゆりさん、お疲れさまです!何、食べます?」

 と笑顔で言った。

「あんまり時間無いから、モール内で、済ませたいんだけど…」

「じゃあ、あそこにしましょう」

 近藤くんが、並んでる人が少なかった、パスタのお店を指さした。

「うん、決まり。前に食べたけど、結構美味しかったよ」

 と、私は、言った。

 お店に入って、それぞれのパスタを頼んで、来るのを待っていた。誰かとこうやって食事するのは、本当に久しぶりだなぁと考えていた。

「なんか、嬉しいな。ホントゆりさん、俺のタイプです」

 近藤くんが、言った。喉仏が上下する。

「彼女いそう。近藤くんモテるでしょ?」

 私は、少し意地悪気味に言った。

「居ないです!今、フリーです」

近藤くんは、真面目そうな顔で、言った。

「私、×1だよ」

「マジで?マスターと一緒だ!でも、関係ないでしょ?」

「そうかな?」

「結婚、早かったんですか?」

「うん、ハタチで結婚した」

「マジで!ちなみに、お子さんは?」

「居ないよ」

「なら、自由でいいじゃないですか!」

 自由か…と少し複雑な気持ちになった。

 しばらくすると、料理が運ばれてきた。

「いただきまーす」

 二人、同時に言ったのが可笑しくて笑った。

「俺、一目惚れって、信じてるんです」

「そうなんだ」

「久々に、一目惚れしました!」

「私は今まで、一目惚れは、ないかな?」

「あのー、今更なんですけど、歳聞いていいですか?」

「27」

「なんだ、2コしか変わんないんだ」

「そう?近藤くん若く見えるよ」

「ゆりさんも、若く見えますよ!ホントは、年下かなと思ってました」

「うん、あんまり歳、当てられた事無いな」

 食べ終わって、近藤くんは、アイスコーヒー、私は、アイスティーを飲んでいた。

「細いですよね。ちゃんと食べてます?」

「うん」と、私は、言った。

「私、もう、恋愛の仕方、忘れちゃった」

 ストローで、アイスティーを混ぜながら言った。

「そんな事あるのかな?きっと、好きな人が出来たら、大丈夫だと思いますけど」

 近藤くんが、言った。

「あ、まだ旦那さんの事、忘れられないとか?」

「うーん、よくわからないんだよね、その辺が」

「えっ、どうゆう意味ですか?」

「好きだったのか、わからない」

「政略結婚ですか?」

 近藤くんは、真面目な顔をして言ったので、私は、爆笑した。

「近藤くん、面白い!久々にウケた」

「えー!」

 近藤くんは、頭をかいた。

「もう、いいよ。近藤くんの事、教えてよ」

「俺?」

 自分の顔を指差している。

「本屋の息子です」

 と、真面目な顔をして言った。

「マスターに聞いた」

 私が言うと、うーん、と腕を組んで、何を話そうか迷っている様子だった。

「ゆりさんに、一目惚れしました!」

 膝に手をおいて、背筋を伸ばして言った。

「さっきも、そんな事言ってた」

「告ってるんですけど…」

「まだ、お互いの事、全然知らないじゃない?」

「これから色々、知っていけばいいじゃないですか?」

「あ、もうすぐ時間だ、戻らなきゃ」

 私は、近藤くんの言葉を遮るように言った。

「今日もエルフ行きます?」

 と近藤くんは言った。

「行かないと思う」

 会計を済ませて、じゃ、またねと近藤くんに手を振った。

「LINEしますから!」

 近藤くんは、手を振って、帰っていった。

 私は、ちょっと疲れた。近藤くんは、本気っぽい。

 でもまだ、恋愛する気にはなれなかった。

 仕事が終わり、家に帰ってすぐ、ベッドに横になった。

 そう言えばと思い、眠れない友人から、LINEのメッセージが無いか、スマホを見ていた。私がメッセージを送ったっきりになっていた。その代わり、近藤くんからは、来ていた。

 "昼は、楽しかったです。また一緒に、食事してください!"

 あんな感じで、本当に、楽しかったのかな?と私は、考えていた。

 少し迷ったけれど、マスターにLINEでメッセージを送ってみた。

 "こんばんは!マスターにちょっと相談なんですけど、良いですか?" 

 ”こんばんは、どんな事?”

 すぐ、返事が来た。 

 "近藤くんが、本気みたいなんですけど、私は、どうしたらいいと、思いますか?" 

 "昼一緒に食べたって、浮かれてるよ!結構一途なヤツだよ、ハルは" 

 "でも、3月に離婚したばっかりだし、恋愛なんて、どうしたらいいか、忘れちゃいました" 

 "そっか…少し時間が必要かもね。俺、離婚してからずっと。彼女居ない歴7年(笑)" 

 "マスター、モテそうなのに?" 

 "恋愛忘れたっていうの、分かるわ" 

 "分かってもらえます?" 

 "うん" 

 "近藤くん今、居るんですよね?" 

 "うん、どうして?" 

 私は、少し考えて、 

 "マスターと直接、話したいなと思って"

 と送ってみた。 

 "ハル、昼間は来ないから、来てみて" 

 "じゃあ、明日休みなんで、行って良いですか?" 

 "うん、いいよ"

 "お店、何時からですか?" 

 "僕は、何時でもいいよ" 

 "午前中でも良いですか?" 

 "うん、10時くらいなら" 

 "わかりました、明日10時にお店に伺います" 

 "わかったよ!" 

 "お願いします" 

 近藤くんと話すより、安心感があった。 近藤くんへのLINEの返事をどうしようかと、考えていた。 

 "今度は、もう少しゆっくり、話そうね"

 と打ってみたけれど、期待させるようで、悪い気がして、

 "急かせる感じでごめんなさい" 

 と打ち直した。

 暫くして、

 "また、一緒に食事してください" と返事が来た。 

 その夜は、マスターに話を聞いてもらう約束をした事で、少し緊張気味で、なかなか眠りにつけなかった。そんな時、近藤くんからLINEのメッセージが来た。

 "ゆりさん、何してます?"

 11時半だった。既読にならないように、そのままにした。ただ眠りたかった。

 眠りについたのは、1時半頃だった。 私は、夢を見た。

 どこか公園のベンチに座って、子ども達が遊んでいるのをずっと、見ている夢だった。

 あの子がもし、産まれてたら、2、3歳だったなと思っていた。泣きそうになったので、目を覚ました。2時だった。 もう、眠れそうに無かったので、また、米津玄師クンを聴きながら、近藤くんに、メッセージを送ってみた。

 "寝てます"

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