第9話

気付くと、枕元の時計が7時を回っていた。いつの間にか寝ていたらしい。

 ベッドを出るといつものように、出掛ける準備をした。

 マスターに、相談したいと伝えたけれど、私は、何を話したいんだろう?自分のしたい事がわからなくなってきた。

 ただ、会いたいだけかもしれない。

 スマホを見ると、近藤くんから、

 "おはようございます!" と来ていた。私も、

 "おはようございます" と送ると、

 "今日、お仕事ですか?"

 と来たので、どうしようかと思ったが、

 "休みだけど、約束が入ってます"

 と送った。

 なんだか、しょぼんとしたキャラクターのスタンプが来て、

 "そうですか、残念"

 と返事が来た。

 約束の10時に間に合うように、9時半に部屋を出た。未来堂書店は、まだ開いてなかった。

 店に入る路地に、黒板の看板は、出ていなかった。まだ、開店準備中かな?と、少し不安になった。

 店のドアを恐る恐る開けると、カランコロンとベルが鳴った。

「おはようございます…」

 私が言って、入っていくと、コーヒーの薫りと共に、

「おはよう」

 と、マスターが、店の中央の席に座って、待っていてくれた。

「開店前ですか?」 

「いつも、2時くらいから開けてるからね」 「あ、すみません、わざわざ、開けてくれたんですね」

 私は、悪いことしてしまったような気がした。

「全然。はい、カフェオレ」

 マスターが、差し出してくれた。 

「ありがとうございます」

 私は、言った。

 マスターもコーヒーを飲んでいた。

「この街には慣れた?」 

「あんまり職場以外に出歩かないから、やっと、このお店見付けたくらいです。本屋さんも気付かなかったもの」 

「あのショッピングモールで、用事何でも済ませられそうだもんね」 

「はい」 

「結構、お客さん流れて行ってるしね」 

「あ、カフェ2軒入ってますね」 

「細々と、やってるよ」 

 と、マスターは、笑った。目尻にシワがよった。 

「私、マスターに話聞いてもらいたいって、言ったけど、実際、何から話せばいいか、わからなかったりしてます」 

「えー、そうなの?」 

「はい」 

「ハルの事でしょ?」 

「それもあるけど、本当に話し相手とかいなくて、でも、マスターとは、ゆっくりお話、してみたくて…」 

「僕の事話す?」 

「×1で、7年彼女居ないっていうのは、知ってます」

 私は、言った。 

「それで十分か」 

 マスターは、笑った。 

「お子さんは?」 

「居ないよ。ゆりちゃんは?」 

「居ないです」 

「そっか…」 

「ハタチで結婚したんですけど、ずっと、専業主婦でした」 

「結婚早かったんだね」 

「はい。専門学校出てすぐ」 

「僕は、25かな?」 

「え、じゃあ、結婚期間3年くらい?」 

「そう」 

「そうなんだ」 

「仕事人間だったからね」

 マスターは、頬をかきながら言った。 

「奥さんの事、愛してました?」

 私が急に言ったので、少し驚いた感じで、 「うん、多分ね」と言った。 

「私も、わからなかったです。最後、彼に聞かれて、ちゃんと答えられなかったです」 

「でも、大恋愛じゃなかったの?学校出てすぐなんて」 

「結婚って、こんなに大変な事だって、分かってなかったんだと思います」 

「なるほどね」

 私は、カフェオレを少し飲んでから、 

「私、流産しちゃって、それから、おかしくなっちゃったんです」

 と、頭を指差した。マスターも、同じように頭を指差し、首を傾げた。 

「うつになっちゃって」

 この人になら、言っても大丈夫かなと思った。 

「辛かったんだね」 

 マスターは、やさしく言った。 

「入退院繰り返して、彼の負担になってました」 

「そっか」 

「今も通院してます」 

「それでも、働いてるんだ。偉いね」 

 と言ってマスターは、右手で私の頭を撫でた。凄く自然な動作だった。 

「彼もよく、頭撫でてくれました」

 と言った。 

「あ、ごめん」

 と、マスターは言った。 

「私って、なんかそんな存在なんですよね?子どもみたい?」 

「いやいや、そんな事ないよ」

 マスターは、手を振った。 

「ハル昨日、ゆりちゃんの事ばっかり喋ってたよ」 

「えー、あんまり内容のない話でしたけど」 「パスタ食べるの、超絶可愛いって」 

「なんじゃそりゃ?」 

「あいつ、ああ見えて、真面目だからね。一途なんだよ」 

「凄いモテそう」 

「うん、うちでバイトしてた時、結構ハル目当ての娘、来てた」 

「そうなんだ」 

「店に来てた娘と付き合ったりしてた」 

「一目惚れ?」 

「そうそう。でもフラれる。ホント、真面目だから」 

「そうなんだ、見かけによらずって感じ」 

「いいヤツだよ、実家でもちゃんと働いてるし」 

「ちょっと、頼りない感じしますけど。若々しいっていうか」 

「そうかもね」 

「でも、暫く恋愛は、考えられないです」 

「いいんじゃない?ゆっくりしてれば。ハルだって、ああ見えても大人だし」

 マスターは、メガネを触った。 

「お昼食べてく?まかないみたいなのだけど」

 マスターが、時計を見て言った。もうすぐ、12時だった。 

「いいのかな?」 

「全然いいよ」

 とカウンターの中に入っていった。私も、カウンターに移動して、マスターが、調理しているのを見ていた。暫くしてマスターが、 

「スタミナ丼」

 と言って、丼を渡してくれた。カラフルな牛丼みたいだった。 

「美味しそう!」

 マスターも、自分の分を持って、私の横に座った。 

「いただきます」

 と言って、私は、食べ始めた。 

「美味しい!男の料理って感じですね」と言うと、

「まあね」

 マスターは、メガネを触って言った。 

「ランチとか、やってないんですか?」 

「ちょっとした食事は、出してるよ」 

とメニューを見せてくれた。

 メニューを見て、

「あ!オムライス食べたいな!」

 と私は、言った。 

「いつでも作るよ!」

 とマスターは、言ってくれた。

 私達は、暫く黙々と食べていた。 

「ごちそうさまでした」 

「お粗末様でした」

 とマスターが、言った。 

「なんか、お母さんみたい」

 と私は、笑い、 

「じゃあ、また、営業中にお邪魔します」

 と言って席を立った。 

「うん、ぜひお立ち寄りを」

 と言ってマスターは、私を送り出してくれた。

 店を出て、改めて帰り道のお店を見ていた。通勤中は、あまり気にして見ていなかったが、いろんなお店があった。

 未来堂書店の横を通ったが、見ないようにして、自宅に向かって歩いた。

 部屋に帰ると、ネットでレンタルしたDVDと何通か郵便物が届いていたので、DVDを観ようと思っていた。

 私の部屋には、テレビは無いので、ノートパソコンで映画を観ながら、ホットミルクを飲んでいた。

 期待していた映画だったけど、あまり、面白くなかった。「58点」 私は、呟いた。

 気付くとスマホにLINEのメッセージが、届いていた。眠れない友人からだった。

 "今日、旦那休みだったから、映画観てきた、これから食事~!"

 と、映画の半券の写真も送られてきた。

"面白かった?"

 と私は、送った。

 "難しい映画だったから、途中で寝ちゃった"

 と返事が来た。 

"そっか(笑)"

 と送った。

 "ゆりは?今日、休みだったんじゃない?"

 "私も、映画のDVD観てた"

 "何点?"

 "58点"

 "ダメだね、それは"

 "面白くなるかと思って観てたけど、終わっちゃった"

 "そっか、じゃあ、また観た映画の感想教えてね"

 "うん、じゃあね"

 手を振るキャラクターのスタンプを送った。

 私は、観た映画の点数を手帳につけている。タイトルと点数を書いて時計を見ると、6時半だった。部屋に照明を付けた。食事をとる気にならなくて、炭酸水を飲んだ。

 もう1枚のDVDも観てしまおうかなと思った時、LINEの受信音が鳴った。

 "ゆりさん、何してます?"

 近藤くんからだった。

 "映画のDVD観てた"

 と送った。

 "やっぱり映画、好きなんですか?"

 "うん、結構観るよ!"

 と送った。

 "今度は、映画一緒に行きましょう!"

 "そうだね"

 "お仕事休みって、いつですか?"

 "だいたい、月曜と金曜"

 "えー、じゃあ今度の月曜は、空いてますか?"

 月曜は、病院に行く日だった。

 "ごめんね、用事があるの"

 近藤くんには、病気の事を、言えない気がした。また、しょぼんとしたキャラクターのスタンプが来て、

 "じゃあ、金曜は?"

 と来た。

 私は、少し考えていた。

 "来週の月曜だったら、いいよ"

 と送った。

 "今、観たいの有りますか?"

 私は、考えて、タイトルを伝えた。本当に観に行きたいと思っていた映画だった。

 "じゃあ、時間とか調べておきます!"

 "うん、お願いします"

 "また、LINEします!"

 とバイバイしているキャラクターのスタンプが送られてきた。

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