第7話

それから、1ヶ月経ち、私は、無理をして、毎日3食残さず食べ、泣く事もせず、健康になっているんだというように、過ごした。

 そして、やっと外泊が、許された。

 彼が迎えに来てくれた。でも、表情は、固かった。

 いつものように、助手席に私を乗せシートベルトをしてくれた。

「カラオケに、行きたい」

 彼が、車に乗り込むと、私は、言った。

「凄い久しぶりだな。よし行こう!」

 彼の表情は、少し緩んだ。

 彼は、殆ど歌わず、私ばかりが歌っていた。ニコニコ私の歌う姿を見ていた。

 2時間程、歌い続け、家に帰った。

「ゆり、太った?」

 寝室で、彼が言った。

「うん、ちゃんとご飯、食べられるようになったからね」

 と、お腹のお肉をつまんだ。

と言っても、やっと、38kgになったくらいだった。

 久しぶりに抱き締めあって、寝た。

 私は、深い眠りに落ちていた。

 彼は、眠れなかったらしく、私が目を覚ますと、ベッドには、居なかった。

 この頃から、二人の関係は、おかしくなっていった気がする。

 入院5ヶ月目。

 医師との話で、そろそろ退院出来るような話が出てきた。

 その夜、お見舞いに来てくれた彼に話すと、

「やっと、二人に戻れるね!」

 と喜んでくれた。私も高揚していた。

 退院する日が迫り、荷物も片付け始めていた。季節も変わり、もうそろそろ、上着も必要になっていた。

 退院した日、二人で退院祝いをした。

 二人で、ケーキを食べていた時、彼が、

「ケーキ食べながら、プロポーズしたよね」  

 と言った。

「そうだね、嬉しかった」

 と私は、言った。

「もう、子ども、無理だよね…」

 と彼がぼそっと言った。

「大丈夫だよ、薬止めれば」

 と私は、言った。彼は、何も言わなかった。

 私達は、ほぼ1年くらい前のような生活を送っていた。

 変わった事と言えば、病院には、2週間に1回通っている事くらいだった。

 そして、結婚6年目のお祝いをした。

 ちょっとお洒落をして、イタリアンレストランで、食事をした。

 他愛のない話をしながら、食事をしていたが、

「ゆり、やっぱり俺、ゆりの子どもが欲しい」

 彼が、最後のコーヒーの時に言った。

 私は、頷き、

「先生に、相談してみよう」

 と言った。

 次の病院受診日は、彼と一緒に行った。

 そして、子どもの事を告げると、少し考えて、

「今の青木さんだったら、大丈夫かもしれません」

 と言われた。

 そして、私は、薬を飲むのを止める事になった。

 しかし通院は、続けるように、言われた。

 薬を止めて、一人で、家にいる時に、少し症状が出る事があったか、コントロール出来るようになっていた。

 今度の私達は、慎重だったと思う。もう二度と流産はしたくない。

 けれど、私は、妊娠することはなかった。

 薬を止めて5ヶ月目、毎日殆ど眠れない日々を送っていた私は、今度は、本当に自殺未遂をしてしまった。

 突発的だった。

 なぜ、そんな事をしてしまったのか自分でも分からない。

 発見した彼は、どう思っただろう?

 夜中に、首をハサミで、切っていた。幸い、傷は深くなかった。

 病院のベッドで目覚めた私を彼は、ボーッと見ていた。

「ゆり、ごめんな」

 彼は、そう言って、泣いた。

 彼の涙を見たのは、初めてだった。彼を泣かせてしまうなんて、取り返しのつかないことをしてしまったと思った。

 医師が、もう少し慎重にしていればと、謝っていたそうだ。

 服薬を再開し、私は、また入院になった。

 彼には、毎日来てくれなくてもいいと告げた。でも彼は、毎日仕事帰りに寄ってくれていた。

 また、5ヶ月程、入院生活を送った。

 家に帰ると、部屋は、キレイに整頓されていた。定期的に、お義母さんが、来てくれていたそうだ。

 私は、もう限界だなと、思った。二人の世界が、壊されて行くような気がした。

 そして、彼に、

「新しい人、探して」

 と離婚届を渡した。

 彼は、それを目の前で破り、

「ゆりの居ない人生は、考えられない」と言ってくれた。

 でも、私の意思は固かった。泣いてしまったけれど、

「もう、無理だよ。子どもも産めないよ」

 と言った。

「ゆりと一緒に暮らしたいんだ」

 それでも彼は、応じなかった。

 私は、離婚届と結婚指輪を置いて、二人の部屋を出た。

 いつまでも、二人で笑って過ごしていたかった。

 何が悪かったんだろう?

 何故?が、頭の中を渦巻いていた。

 何度も彼から電話やメールが届いていたが、私は、それらを拒否して、携帯の電源を切っていた。

 部屋を出て1ヶ月、彼からのメールを見た。

"会って話したい"と、二人で暮らした部屋に、来てほしいという内容だった。

 私は、躊躇したが、了承し、二人の部屋に向かった。

 私が、部屋に着くと靴を脱ぐ間もなく、抱き締められた。

 彼は、ずっと、

「ゆり、ごめん」

 と言っていた。

 私達は、テーブルの上の離婚届を見ながら、向い合わせで座った。

「俺、本当は、ゆりの事知ってた。財布見付けるより前に」

 彼が先に口を開いた。

「私も、名前は知らなかったけど、知ってたよ。凄い背が高いなって、先生と仲良くしてて、羨ましく思ってた」

 彼は、少し笑った。

「あの教室にゆりが現れた時、びっくりした」

「なんで?」

「いつ、どうやって告るか、考えてたから」

「うん」

「ゆりは、ずっと俺を愛してくれてた?」

 と聞かれた。

 私は、頷くだけだった。

「ゆりから、愛してるって、言われた事が無かった気がするんだ」

 彼は、言った。

「ずっと、俺の片思いだったのかもな…」

 と言った。

 私は、何も言えなかった。

 彼の愛情は、言葉や行動で深い物だと、痛いくらい感じていた。私の人生に彼が居ない事は、考えられなかった。かけがえのない存在だった。

 けれど、私は、どうだったんだろう?

 愛が、わからなくなっていた。

 今考えても、答えは出なかった。

 堪えきれず、涙が溢れた。

 私は、

「本当に、幸せだったよ。ありがとうございました」

 とだけ言った。

 私達は、離婚した。

 私は、彼にもう会うことが無いように、携帯をスマホに変え、札幌から少し離れた街、旭川に引っ越した。

 両親には、一緒に暮らすように言われたが、拒否した。もう、誰かに依存するのは、やめようと思っていた。

 今も1ヶ月に1回、仕事が休みの月曜日に通院している。

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