第11話

部屋着兼パジャマに着替えて、歯を磨いていたら、LINEの受信音がなった。

 近藤くんからだった。

 "ゆりさん、今、オフィシャルHP見たら、旭川にcoldrainが来ますよ!一緒に行きませんか?"

 と、来た。

 私も、すぐcoldrainのHPをチェックしてみると、年末に来る事が、出ていた。

 "行きたい!チケット取れるかな?"

 "発売中ですよ!俺ちょっと、コンビニ行ってきます!"

 "うん、気をつけて" と送った。

 これは、なかなか無い事だと思った。チケットが取れたら、ラッキーだ。かなり、高揚していた。でも、こんなに簡単に一緒に行ってもいいものか?とも少し考えた。

 暫くすると、近藤くんからLINEで、2枚のチケットの写真が送られて来た。すると、LINEの電話が鳴った。近藤くんには、携帯の番号を教えていなかった事を思い出した。 

「チケット取れました!」 

「凄い!嬉しい!久々のLIVEだわ」 

「俺も、嬉しいです!今夜から、coldrain聴きまくります!」 

「私も、そうする!」

 二人共、興奮気味だった。 

「今日、寝れないかもしれないです」 

「私も」 

「俺と行くから?」 

「あ、それはどうかな?」

 と、ちょっと困ってしまった。 

「coldrainのLIVEのDVDも観る?」 

「持ってるんですか?」 

「うん、取り揃えてる」 

「えー、今度、一緒に観ましょう!」 

「う~ん、私、隙だらけだからな」

 さっきのおでこ事件を思い出していた。 

「もう、しませんって」 

「ホントに?」 

「彼女になっちゃったら別ですよ!」 

「ごめんね、今は、ちょっと」 

「ゆっくりで、良いですよ!」 

「少し怖い…」 

「俺が?」 

「近藤くんは、きっといい人だと思うけど…心の準備が出来てない」

 ここで、病気の話をしようか、悩んだ。マスターは、励ましてくれたけど、近藤くんは、まだ、若いと思う。ただ、見た目だけの私しか見てないと思った。

 すると、 

「大丈夫ですよ!俺たちまだ、若いんだから!」

 と言った。元夫と同じ言葉を言った。何かが、私の中で、起きた。あ、また苦しみが襲ってくる、と思った。自分の顔が青ざめていくのがわかった。 

「近藤くん…」

 私は、息苦しく呟いた。

 その様子を察知したのか、 

「ゆりさん、大丈夫ですか?」

 と、心配そうな声で言った。 

「ごめんね、ちょっと、具合悪い」 

「今、行きますから、そのままでいてください!」

 と言って、電話を切った。

 私は、息苦しくて、頓服の薬を急いで飲んで、ベッドに横になった。目をつぶって、自分の鼓動を聞いていた。明日は、仕事だ。こんなに動揺してしまった。早く寝てしまわないと。部屋の時計を見るとまだ、8時だった。荒い息で、めざましのタイマーをセットして、自分に明日は、早起きするんだと、言い聞かせ、ベッドに潜り込んで、自分の鼓動を聞いていた。

 なぜ、あんな些細な言葉で、動揺してしまったのか。

 暫くして、部屋のドアホンが鳴った。本当に近藤くんが、来たんだと思った。 

「ゆりさん!大丈夫ですか?」

 近藤くんの冷静な声が聞こえた。

 もういい、近藤くんは、私の事を嫌いになるだろう。ベッドから、動けずにいた。

 今度は、近藤くんが、ドアを叩いた。 

「開けてください!」

 近藤くんが、強い口調で言っている。私は、やっとの思いで、玄関のドアまできた。荒い息で、 

「大丈夫だから」 とドア越しに言った。 

「ほっとけません、開けてください、何もしませんから!」

 でも、これで、近藤くんは、諦めてくれるかもしれないと思った。ドアを開けると、顔にいっぱい汗をかいた、近藤くんがいた。 

「大丈夫ですか?」

 近藤くんは、スマホを右手で握りしめ、左手で汗を拭きながら言った。私は、頷いた。 

「ご…めん…ね」

 何か言いたかったが、やっと、言えた言葉だった。 

「入っていいですか?」

 近藤くんは、ただならぬ私の状態を、この時どう感じたんだろう?私は、頷いた。そして、近藤くんに、タオルを渡した。

 私は、床にペタンと座ると、泣いていた。 「大丈夫じゃないですね」

 と近藤くんは、私の目の前に座った。 

「近藤くん…彼と…同じ事言った……」

 泣きながら私は、言った。 

「彼って、旦那さん?」

 私は、頷いた。 

「辛い事、思い出させちゃいましたね?ごめんなさい」

 近藤くんは、正座をして言った。 

「私…私…」 

「大丈夫です、俺、側にいますから」 

「ごめ…んね、ちょっと…上手く…喋れない…」 

「落ち着いて」

 と、近藤くんは、背中をさすってくれた。

 私は、暫く泣き続けていたのに、近藤くんは、何も言わず、ずっと背中をさすってくれていた。

 どれくらいそうしていたのか、分からなかった。やっと、涙が落ち着いて、私は、話し始めた。 

「流産したの、その時彼が、言ったの。まだ、俺達若いんだから、大丈夫!って」

 近藤くんは、私を見つめていた。 

「そうだったんですか…」 

「多分、それが原因で、病気になっちゃったの」 

「病気?」 

「うん、うつ。今日も病院行ってきたの」 

「そうだったんですか…」

 これで、私の事を諦めてくれるかもしれないと思った。 

「辛かったですね」

 と近藤くんが、言った。そして、 

「俺と一緒に乗り越えましょう!」

 と言った。 

「えっ?」

 と私は、言った。 

「言いづらかったんですね、きっと俺には。ゆりさんの魅力って、なんか、とらえどころが無いとこだったんです、俺にとって。やっと惹かれた理由がわかりました。病気だから、何となく遠ざけようとしてたんでしょ?」

 私は、頷いた。 

「何でも、ゆりさんの事教えてください!何でも、知りたいです。俺、どんな事でも受け入れます!」

 と言った。そして、 

「明日仕事ですよね?寝付くまで、一緒にいますから、もう、眠ってください」

 と言った。時計を見ると11時を回っていた。 

「私が、何かやっちゃいそうで心配?」 

「寝坊とかね」

 近藤くんは、笑った。私も、ひきつっているであろう笑顔で、頷いた。

 「さあ、ベッドに入って」

 近藤くんは、私の左手をとって、ベッドのところまで歩かせた。私が、ベッドに潜り込むと、 

「襲わないですから、そんなにかぶらなくても大丈夫ですよ」

 と、言った。

 私は、掛け布団から少し顔を出して、 

「こうしないと、寝付けないの」

 と言った。 

「息、苦しくないんですか?」

 私は、また少し顔を出して言った。 

「うん、きっと寝てる間に顔は出すと思う」 「そうですか」

 と言って、近藤くんは、笑った。

 私は、自分の鼓動を聞きながら、いつの間にか、眠りについていた。その日は、どうしても職場にたどり着けない夢を見た。そして、目が覚めた。時計を見ると2時20分だった。

 近藤くんは、ベッドを枕にして、座った体勢でスースー寝ていた。近藤くんに、迷惑をかけてしまった。と反省した。私のネガティブな部分を見られてしまった。いや、本当の自分の姿だ。でも、彼は、冷静だった。

 "俺と一緒に乗り越えましょう!"と言ってくれた。付き合ってもいないのに。

 私は、天井を見ていた。近藤くんは、私の事、本当に好きなんだ。でも、私は、どうかわからない。彼の時と、同じになってるんじゃないか?と思った。

 出逢って、1日で恋に堕ちた。愛していたか、聞かれて答えられなかった。でも、間違いなく、彼は私の全てだった。もう、同じような思いはしたくなくて、躊躇しているだけかもしれない。でも、もう少し時間をください。と近藤くんの寝顔に、心の中で言った。     

 しかし、近藤くんをこのままにもしておけないと思った。

 私は、近藤くんを起こさないように、静かにベッドを出て、近藤くんに毛布をかけた。

 眠れるかどうか分からなかったが、また、静かにベッドに潜り込んだ。近藤くんは、熟睡しているようだった。男の人なのに、睫毛が長いなぁと思っていた。

 めざましが鳴った。私は、いつの間にか寝ていた。近藤くんは、まだ寝ていた。これじゃあ、私が何かしでかしても、起きなかっただろうなと思った。

 私は、近藤くんが、起きないように、ベッドから、出た。 

「ゆりさん…」

 と、寝言のように呟いた。起きたようだった。

 私は、困った。この状況では、朝の支度が、出来ない。部屋はワンルームだったからだ。 

「おはよう。昨日はごめんね。側に居てくれてありがとう」

 と、私は、言った。 

「おはようございます。俺、熟睡してました」

 と目をこすりながら近藤くんが言った。 

「朝の支度したいんだけど…」 

「あ!俺、邪魔ですね」 

「いや、そうゆうわけじゃないけど…」 

「帰ります!」

 と言って、立ち上がると、テーブルに足をぶつけて、コケた。 

「いてっ!」

 近藤くんは、足をおさえて、もがいていた。 

「だ、大丈夫?」

 私は、近藤くんに近付いて言った。 

「大丈夫です!お邪魔しました!」

 と、言って、凄い勢いで、帰って行った。

 嵐の後の静けさとは、このような事だなと思った。

 私は、支度を終え、家を出た。今朝は、coldrainを聴きながら出勤した。

 職場に着いてから、近藤くんに、LINEで、

 "昨日はありがとう。足、大丈夫?"

 とメッセージを送った。すぐに返事は来なかった。

 お昼の休憩になって、食事をしていると、近藤くんからメッセージが来ていた。 "今朝は、お騒がせしました。青アザになってました(笑)" 

 昨日の事は、何も無かったような、返信だった。 

"笑えないよ!ごめんね、部屋狭くて"

 と返信した。 

"いえいえ。二人で、coldrain行きましょうね!"

 と返事が来た。 

 "絶対行こうね!"

 と送った。

 "超楽しみです!"

 とクラッカーを鳴らしているようなスタンプが送られてきた。

 近藤くんは、昨日の私をどう思っただろう?と、ずっと考えていた。でも、私が思っているより、大人なのかもしれないとも、思い始めていた。

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