第28話

私の部屋に着くと、二人ともどっと疲れが襲ってきた。濃密な週末だった。

「引っ越し考えないとね」

 ハルが言った。

「そうだね」

「ゆりが良かったら、しばらくの間、俺この部屋に引っ越してきてもいい?」

「うん、いいよ。まだ、1年も住んでないし、契約は、2年更新」

「そうだよね。ゆり、いつ入籍する?」

 ハルが言った。

「うん、何か意味のある日にしたいな」

 私が言うと、

「でも、早い方が俺はいいな、明日とか」

「明日は、通院日」

 ハルは、私の部屋にあった卓上カレンダーを見ながら、

「ちょっと待って、1月23日いいんじゃない?ワンツースリー」

「忘れないかもね」

「よし決まり。土曜日、市役所に婚姻届出しに行こう」

「うん」

「週末にはゆり、俺の奥さんだよ」

「現実なんだね」

「俺明日、市役所行って、婚姻届貰ってくる」

「うん、お願いします」

 私が言うと、ハルは、

「おやすみ」

 と言ってキスをして、帰っていった。

 私は着替えて、ベッドに潜った。

 目を閉じるとハルと一緒にお酒を楽しそうに飲む、父の笑顔が浮かんできた。

 あんな嬉しそうな父の笑顔は、見た事がなかったかもしれない。全て、ハルのおかげだと思った。

 翌朝、7時に目覚めると、病院に行く準備をした。

 診察が終わり、自分の部屋に戻ると、ゆづきから、電話が来た。

「ゆり、元気?」

 思いの外、明るい口調だった。

「うん、ゆづきは、体調どう?」

 私が聞くと、

「結構元気なんだけど、まだ、入院してる」

 とゆづきが笑っていた。

「そう。連絡しなかったんだけど、先月交通事故に遭って入院してた。もう退院したけどね」

「え?なんで知らせてくれなかったの?」

 ゆづきの声の音量が上がった。

「ごめん。それからもう一つ報告がある」

 私が言うと、ゆづきが、

「ちょっと待って、次は何?」

 と聞いてきたので、私は、

「私、再婚する事になった」

 と言った。

「え?ホントに?ゆり!おめでとう」

「ありがとう」

 と私が、答えると、

「私、退院したら、ゆりのところに遊びに行こうかな?ご主人にも会ってみたいし」

 と言い、私が、

「うん、そうだね。私もゆづきに会いたいよ」

 と言った。

「なんか、嬉しい事聞いちゃったな」

「電話くれて、ありがとう」

「私、タイミングいいね」

「うん。ゆづき何か用があったんじゃないの?」

「ううん。ただゆりの声が聞きたくなっただけだよ」

「そう?いつでも電話して。LINEでも」

「うん、ありがとう。じゃあまた」

「はい、またね」

 と、電話を切った。私の事ばかり話してしまったな、と少し反省していた。本当は、ゆづきは、何を私に話したかったんだろう?と思っていた。

 6時半に、ハルが婚姻届を持って、私の部屋に来た。もうハルの記入欄は、書かれてあり、証人の欄には、ハルのご両親の名前が書いてあった。あとは、私が書けば、すぐ出せるようになっていた。

 私は、慎重に自分の記入欄に名前等を書いていき、押印も終えると、ハルが、

「よし!これで、大丈夫だ」

 と言い、婚姻届を封筒にしまった。

「土曜日、一緒に市役所行こう」

 ハルが言ったので、私は、頷いた。

「ゆりの部屋に、俺のテレビ持って来てもいい?そんなに画面大きくないけど」

「いいよ。Blu-rayのレコーダーも買おうか?」

「そうしよう!映画、たくさん観よう」

 ハルは、嬉しそうに言った。

「ハルは、もう土曜には、引っ越してくる?」

「うん。少しずつ、必要な物、俺ん家から運ぶね」

「うん、わかった」

「金曜日、休みだよね?」

「うん」

「指輪、見に行こう」

「うん、わかった。土曜は、仕事11時からだから、その前に市役所行ける」

「結婚式場も探さないと。俺、ゼクシィ見とく」

「式は、ゆっくりでもいいよ」

 私が言うと、ハルは、

「いや、なるべく早くする」

 と言い、帰っていった。

 次の日は、久しぶりの出勤だったので、寝坊しないように、自分に言い聞かせて眠りについた。

 18時に仕事が終わり、部屋に帰ると、早速ハルが、テレビを設置していた。他にも荷物と棚を持って来ていた。

「おかえり」

「ただいま」

「晩ごはんの支度も出来てるけど、食べる?」

 ハルは言うと、テレビをつけた。

「テレビ、久しぶりに観る。この部屋、やっと部屋らしくなってきたね」

 私が言うと、ハルが、台所で、夕食を用意しながら、

「実は、ノートパソコンで、映画観るのちょっとしんどかった」

 と告白した。

「ごめん、一人だったから、気にしてなかった」

 と、私達はテーブルにつくと、今日は、カレーライスを作ってくれていた。

 夕食を食べ終え片付けると、ハルが、

「ゆり、今日泊まってもいい?」

 と言い、スマホを出して、

「俺の高校の同級生で、ホテルで働いてるヤツいて、連絡取ってみたら、2月28日にキャンセルが入って、教会が空いてる時間があるって言われて、いちお押さえておいてもらってる。11時だって。こうゆう教会」

 と言って、スマホの画面に、ホテルのホームページに出ている教会の写真を見せてくれた。

「日曜だね?お父さんに、来れるか聞いてみる」

 すぐに、スマホで、実家に電話してみると、父が出た。

「もしもし、ゆりです。先日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう。どうした?」

「2月28日の11時に、結婚式を挙げられそうなんですけど、予定は、どうですか?」

 私が言うと、

「そうか、早いな。大丈夫だぞ」

「ありがとうございます」

「入籍は、いつにするんだ?」

「今週の土曜日に行く予定です」

「土曜か、23日か。わかった、お母さんに伝えておく」

「よろしくお願いします」

「じゃあ、ハルくんによろしく」

「はい、ありがとうございます」

 電話を切ると、ハルに、

「大丈夫だって、お父さんハルによろしくって、言ってた」

 と言うと、

「じゃあ、早速予約入れちゃうね」

 と、ハルが、友達に電話をして、予約を終えた。

「今度の月曜日、衣装合わせに行こう」

 ハルが言い、続けて、

「ゆりのウエディングドレス姿見れる」

 と嬉しそうにしていた。

 二人でお風呂に入って、眠りにつくと、今日は、なかなか寝付けなかった。ハルがどんどん結婚に向けて、動いてくれているのに、私は何もしていなくて、不安になっていた。

 ハルの寝顔を見ながら、子どもの事も考えていた。私の場合、自然に任せられない。薬を止めて、また、自傷してしまったらどうしようと、考えていた。涙が出てきた。

 ハルをぎゅっと抱きしめた。するとハルが珍しく目を覚まして、

「ゆり、眠れないの?」

 と聞いた。私は、涙が溢れてきた。

「どうした?」

 ハルは、私の涙を左手で、拭いた。

「私、何もしてないから、ハルばっかりに頼って、私、大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。俺は、ゆりと幸せになりたいから、ゆりもそうでしょ?」

 私が頷くと、ハルは、

「心配しなくていいよ。ゆり、愛してる」

 と言ってキスをした。

「私も、ハルを愛してる」

「ありがとう」

 ハルは言って、私をぎゅっと抱きしめた。

 私は、いつの間にか眠っていた。

 6時のアラームで目覚めると、ハルはやっぱり起きなかった。洗面台の鏡を見ると、瞼が少し腫れていた。冷蔵庫から、冷やしたアイマスクを出して、瞼を冷やしていた。

 出勤の準備をしていると、ハルが起きてきた。

「おはよう、カレー食べる?それ、どうした?」

 ハルが私のアイマスクを指差し言った。

「おはよう、食べる。ちょっと瞼晴れてた」

 と言うと、ハルが私に近付いて、アイマスクをずらして、

「少し腫れひいた?そんなに気にならないよ」

 と言いながら、カレーに火を入れ始めた。

「そうかな?腫れてるじゃん」

 私が、鏡をもう一度見たけれど、腫れていた。

「どれ?」

 ハルが、私のアイマスクを外し、遠目で見ると、

「近付かないとわからないと思うよ」

 と言って、私の頭を撫で、洗面台で自分の寝癖を直していた。

 朝食を終え、ハルと一緒に部屋を出て、出勤した。

 金曜日、ハルと約束していた、結婚指輪を見に行った。前に札幌で見て気に入った物に決めて、刻印も頼んだ。そのまま家電量販店に向かい、Blu-rayレコーダーを買い、ハルがテレビと繋ぎ設置すると、テレビでミッションインポッシブルを観ながら、夕食をとった。明日の朝、市役所に行く。

 土曜日、ハルと市役所に行き、婚姻届を提出して、受理された。私達は、夫婦になった。私は、近藤ゆりになった。ハルは、嬉しそうに、私を職場まで送ってくれた。

 夕食は、ハルがパスタを作ってくれて、持って来てくれたシャンパングラスにシャンパンを入れて、お祝いをした。そして、ハルが、ノートパソコンを出し、USBメモリを差して、

「これ、作ったんだ」

 と、『私達結婚しました』のハガキを見せてくれた。

「結婚式の時の写真、ココに入れて出来上がり」

 画面を指差し言った。

「ハル、ありがとう。私、全然考えてなかった」

「俺、早く、みんなに知らせたい。ゆりが送る人のリスト作っておいて。俺のはもう作った」

「いつの間に作ったの?」

「え?仕事の合間見て」

 私は、笑って、

「三代目、サボってるの?」

 と、いたずらっぽく言った。

「サボってはいないよ。休憩の時に作った」

 と、ハルは少し怒ったような顔で言った。

「ごめん。ありがとう」

 私が、言うと、

「うそ。結構サボってた」

 と、ハルが笑って言った。続けて、

「あさって、衣装合わせだね」

 と、言った。

「なんか、忙しいけど、楽しい」

 と私が言うと、

「俺今、めっちゃ、楽しい」

 ハルは、嬉しそうに言った。その笑顔を見て、私は、涙が出てきた。

「ゆり、泣かないで」

 ハルが、私の頬を撫でながら、言った。

「嬉し泣きだよ」

 私が言うと、ハルが抱きしめてくれて、

「俺も嬉しいよ」

 と、頭をポンポンしながら、言った。

「ゆりまた、瞼腫れちゃうよ」

 ハルが言うと、涙が止まらなくなった。

「よしよし」

 ハルが言って瞼に、キスをした。

「ゆり、少し酔ったかな?」

 ハルが、炭酸水を冷蔵庫から出して、グラスに注いで私に渡してくれた。

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